第79話 散歩

 今日も散歩に出かけよう。いつも決まった道だけれど、ぼくはこの風景を眺めて回るのが大好きなんだ。お気に入りの風景をじっくり眺めながら歩く。ぼくの散歩の話を聞いてください。


 3421170679番地。それは家を出てからちょうど100番目あたりの目印だ。だらだらとした坂の両脇には古いお屋敷のレンガ塀が並んでいる。


 9465764078番地。目印にして2000番目を過ぎたあたりから風景は一変する。階段の多い急坂を上り切ると畑地が広がり突然視界が開けて来る。


 4750番目の目印を過ぎてすぐの風景。8888007869番地は、通りかかるたびに、にこにこしてしまう。なんだかちょっとコミカルな印象を受けるのだ。


 11110番目の目印を通り過ぎてからの 7866285612番地には特別な思い入れがあるんだ。まずそこには昔心から愛した女性の電話番号が含まれている。え? 笑ってしまうって? まあそう言わないで。


 だって誰もが認めるぞろ目の11111番目の数字7は、多くの人にとってそうであるようにぼくにとっても大事な数字だ。だから一番短い散歩でもぼくはこのあたりまでは来ることにしている。


 7はとても個人的で重要な意味をもっている。ぼくの誕生日に関係があるし、家族に良いことが起こる日はいつも7に彩られているんだ。しかも電話番号がなんと9桁も一致している。すごいだろう?


 がんばって足を伸ばして、もっと先までいくこともある。


 32730番目の目印付近。 8189303110番地はぼくの心を不安にさせる。庭先に花を咲かせた邸宅の並ぶ通りで、小綺麗だし、別に嫌いなわけじゃない。けれど、そこにはなぜかぼくを落ち着かなくさせる何かがある。だからここまで来る時は足早にここを通り過ぎるようにしているんだ。


 138700番目の目印あたりはお茶目な景色が潜んでいる。2345670001番地。壮麗な建築。手のこんだ細工と堂々たる伽藍。でも建築家の悪戯なのか遊び心なのか、ちょっとした仕掛けがある。わかりますか? 234567と並んでいて、足りない1がはずれのほうに隠れている。おもわずくすっと笑ってしまうでしょう?


 452070番目の目印を通り過ぎると奇跡のような景色にさしかかる。


 7777775086番地。息をのむ圧倒的な眺望。遥かな断崖と渓谷。奇岩。見渡す限りのパノラマ。そこにはぼくの大好きな7がなんと6つも並ぶ。


 7が4つ並んだり、5つ並んだりする場所はもっと前にもあるんだけど、ここでは6つも並ぶ。本当は7つ並ぶところがあれば一番すごいんだけど、ぼくがいままでたどりつけた1000000番目の目印までの間には残念ながら、ない。


 でもやっぱり落ち着けるのは何と言っても1415926535番地だ。それはおなじみの景色。初めてこの世界に踏み出した時に見た風景。一番近所の風景。最初の一歩で見える風景。


 ぼくには生まれつき手も足もないし、言葉を上手に喋ることもできない。お日様というとても明るい照明に当たるのも身体に良くないらしい。だからみんなのように外に出ることができない。円周率がぼくにとっての散歩コースなんだ。本やテレビで見たすごい景色をそこに重ねる。


 散歩に乗り出す時、ぼくはいつも最初に「円周率3.14-----」とつけて踏み出す。これはもう習慣だ。とても素晴らしい風景がそこから始まる。しかも無限に続くんだ。素晴らしいでしょう? みんなの散歩はどんな感じなのかな。よかったら今度教えてください。


(「円周率3.14-----」ordered by さんぽ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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