第16話 呼び込み係
「めっちゃ見てる」
「え?」
「めっちゃ見てるて」
「何がいな」
「ほら、あそこ」
「どこ」
「あの、いてるやん、ごっつ小さい」
「おう……ああ、あの、子泣き爺」
「こっ子泣き爺て! あかん。うけてまうやん」
「似てるやんか」
「あかんて、笑かさんといてえな。あの人、めっちゃ見てるのに。うわ。来た! こっち来た!」
見世物小屋の前にいた小人は、おれたちに向かってよたよたと近づいてきた。体型のせいなのかどこか具合が悪いのか小人の歩き方は妙に不安定で、見ていて落ち着かない気分になってくる。よたよたというのが的確なのかどうかもわからない。ひょこひょこというのでもない、どたどたというほど重々しくもない。不規則に上体を揺らしながら、後ろに砂埃をたてるように地面をてってっと蹴っている。
小人はおれの目をひたと見据えていたし、おれもそういうので負けるのは癪なので目をそらさず見返していた。メンチの切り合いだ。改めて「ああ、ほんまにめっちゃ見てるな、このおっさん」と思った。そういう顔つきなのだ。目をカッと見ひらき、びっくりしたような表情を浮かべていたが、それは別におれを見つけてびっくりしているからではなく、ただ地の顔がそういう顔つきなのだろう。
これまた小人だからなのかどうなのかわからないが、年齢不詳だ。若くはないことがわかるが、中年なのか老人なのか見当がつかない。そんな男がてってっと地面を蹴りながらおれに向かって突き進んでくる。ツタコはいまさらになって別な方を見てごまかそうとしているが、ごまかせるわけがない。もうそこまで来た。背の高さはどのくらいだろう。おれの臍くらいだろうか。小人はおれの前に立つとびっくり顔のまま言った。
「タダシやんか。びっくりしたわ!」本当にびっくりしていたらしい。「何してんねん、こんなところで」
「あ。ドーマエのおっちゃん!」おれもびっくりした。「ドーマエのおっちゃんやんか!」
「彼女か? え? 彼女と韓国までコンゼンリョコウか?」
コンゼンリョコウというのが婚前旅行のことだとわかるまで時間がかかった。おっちゃん、いつの時代の言葉使こてんねん。
ドーマエのおっちゃんこと堂前のおっちゃんは、おれがほんとにまだ小さいころよく遊んでくれた近所のおじさんで、ちょっとした工夫でよく知っている遊びを破壊的に面白くしてくれるので、おれたち悪ガキたちのヒーローだった。何でもない鬼ごっこやかくれんぼが、堂前のおっちゃんと一緒にやると、チビリそうにスリル満点なことになるのだ。実際恐怖のあまりチビったこともある。とにかく遊びの天才だった。
「こんなところで立ち話も何やから、ちょっと入ってかへんか?」
堂前のおっちゃんは顔中をしわくちゃにして、これぞ「満面の笑み」という表情を浮かべておれたちを見世物小屋の中に誘った。
「いや、でも。中で話もでけへんやろ」
「ちゃうねんちゃうねん」おっちゃんがウィンクをした。ウィンク?「おれの部屋があんねん、この中に!」
「ここに住んでんのかいな」おれはツタコを振り向いた。「ええか? おれの知り合いやねん」
ツタコはこういう展開が嫌いじゃない。好奇心丸出しでうんうんとうなずく。
「おっしゃ、ほんなら2名様ごあんな〜い。ちゃうわ」
と言って、韓国語で何やら叫び直しながら中に入っていった。
縄のれんみたいに上からじゃらじゃらと垂れ下がるものをかき分けて中に入ると、異様に暗くて足がすくんだ。ツタコが手を伸ばしてきておれの腕をしっかりつかんだ。右手前方がうっすら明るいのでそっちに一歩踏み出すと、左下の方から堂前のおっちゃんの声が聞こえた。
「ちゃうちゃう。そっちはステージやで」
「あ、そうなん」おれは何だか間抜けな返事をしてしまった。「ステージって何やの?」
「『鰻姉妹』や」
「ウナギシマイ」
「ごっつ身体の柔らかい二人のねーちゃんがぬっるぬるの」それからふっと口をつぐんでおっちゃんは含み笑いした。「いや、これはカップルで見るもんやないで」
「何やねんな」
不意に明かりがついて、おれたちは天井の低い小部屋の中にいた。部屋には天井に頭のつきそうなごつい大男が4人もいて、みんなピストルを持っていた。
「ごめんなタダシ」堂前のおっちゃんは昔を懐かしむような微笑みを浮かべて言った。「恨まんといてや」
「へ?」
「おれがな、ここにいること知られると困んねん」
「お、おっちゃん、何を」
「おれも必死なんや」堂前のおっちゃんは寂しそうな顔をした。「せやから堪忍な。諦めてや」
冗談やろう?と言いたかったが、4人の男たちの表情を見ればそこには冗談のかけらもなかった。ツタコが悲鳴を上げた。おれの足が震えた。
(「鰻姉妹」ordered by たけちゃん-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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