第17話 掟破り
子ども時代の遊びで「ドロジュン」というのがあった。泥棒と巡査に別れてやる鬼ごっこだ。地方によっては泥棒と刑事のおいかけっこということで「ドロケイ」とか「ケイドロ」とか呼ばれているらしいが、おれたちの地方ではドロジュンだった。泥棒と巡査の分け方はシンプルで、みんなが丸くなって中央に握りこぶしを突き出す。その場の仕切り役が自分から(あるいは好きな所から)数え始める。
「いち、に、さん、し、強盗。ろく、しち、はち、くー、巡査」
といった調子で5番目は強盗、10番目は巡査になっていくわけだ。だったら「ゴウジュン」とか「ジュンゴウ」とかいう名前にしたってよさそうなものだが、とにかくおれたちの所ではドロジュンだった。逃げ回る泥棒を巡査たちが追い回し、タッチすれば逮捕。つかまった泥棒は牢屋に入れられるのだが、自由な身の泥棒が牢屋につかまっている仲間にタッチすれば彼らも自由になって逃げ出してしまう。この辺は「缶蹴り」のバリエーションのようなルールだ。
おれたちの遊び方はさらに改良を加えたものだった。まず宝物。おれたちはみんな家からメンコやビー玉など宝物を持ってこなくてはならない。そして巡査に決まった者は泥棒側に持って来た一品渡さなくてはならないのだ。それを盗品とみなすわけだ。しかも、遊びの終わりまで逃げ延びられた泥棒は、その宝物を本当にもらうことができる。巡査は自分の宝物を奪い返すことが目的となり、俄然、真剣味が違ってくる。
次に牢屋。下水溝の上に鉄格子の枠がはめられていたのだが、その上が牢屋だった。鉄格子も牢屋っぽかったが、それだけではない。そこは考えられないくらいひどい場所だった。下水溝は淀んでいて、糞尿なのか生活排水なのか、とにかくとんでもない匂いを放っていたのだ。上に立っているだけで頭ががんがん痛くなり、吐き気を催すほどだった。
さらにこの鉄格子がせいぜい1メートル四方くらいしかなかったので、5人も乗ればいっぱいになってしまったのだ。そこで持ち込まれたのが「仮釈放」というルールだ。牢屋に捕まっている泥棒の中で、他の泥棒の隠れ場所を教えたり、解放に来た仲間を巡査側に教えたりして一番協力的だった囚人を「仮釈放」と称して外に出し、代わりに新しい囚人を収容するのである。
こうなると遊びの焦点は、誰を牢屋に長く閉じ込めるかという罰ゲーム的な要素が強くなる。そしてその罰と来たら、気絶しそうな悪臭という本物のヘヴィな苦痛をともなう牢屋なのだ。仮釈放中の泥棒は宝物こそ持っていないが、自由な泥棒からこっそり宝物をあずかることができる。預けた泥棒は万一捕まっても、宝物を持っていないと言うことで現行犯逮捕ができなくなる。逆に誰かの宝物を預かっていることが判明すると、仮釈放の元泥棒は牢屋に戻り、鉄格子の上に正座しなくてはならないという強烈な罰を与えられる。
おれたちはまさしく命がけで逃げ、追いかけ、つかまえ、駆け引きをした。牢屋に引きずられていく時は本当に恐怖を覚え、正座させられることになって泣き出す子もいた。その全てのルールを持ち込んだのが堂前のおっちゃんだった。おまけにおっちゃんは自分でつくったルールを平気で破ってこう言ってのけた。「あほか、ルールなんて破るためにあるようなもんや。守らんやつがおるからルールを作るんや。みんな守るんやったらルールなんていらへん」
* * *
その教えは強烈で、おそらく当時一緒に遊んでいた悪ガキの仲間たちはみんなその考えに染まっていただろうし、おれのようにいまでもそう考えている者もいるはずだ。堂前のおっちゃんはおれたちのヒーローだったし、精神的指導者だったと言ってもいい。それなのに、いまおれはおっちゃんに消されそうになっている。おっちゃんが口を開いた。
「おれはなほんまは海外に出たらあかんねん」
「なんで」
「保護観察中なんや」
「おれ言わへんて、誰にも」
「それだけやない。組の連中にも追われとんねん。お宝持ち逃げしてもうたからな。見つかったら命あらへん」
「だから絶対言わへんて!」
「秘密やからお前らには言わんかったけど」おっちゃんが話題をそらしたのがわかった。「おれ、ほんまはな、ほんまは中国人なんや」
「あ、そうなん」またおれは間抜けな返事をしてしまった。だってほかにどう答えようがある?「知らんかったわ」
「小人やいうだけで差別を受け、中国人やいうことで差別を受けた」
重い話におれは言葉を失った。
「おれの秘密を知られた以上、もう生かしとくわけにはいかん」
「まま待ってえな! おっちゃんが勝手に話したんやないか!」
「組織の掟や。タダシ、諦めてくれ」
「おれ、そんな知らんかったのに」
「これがおれの本名や」
おっちゃんが名刺をすっとさしだした。
そこには肩書きも何もナシで、大きく三文字「迦釈法」と書いてあった。
モジリやんか。
仮釈放のモジリやんか! 釈迦をひっくり返して、説法の法がついているだけや。おれはこの男に殺されるんかと情けない気分になって言った。
「仮釈放やんか」
「わかるか」
「わかるわおっちゃん」
「ほな、名前の話はなかったことにしといてや」
なんやねんそれ! なんでここでしょうもない嘘ついとんねん。
「なあ、もうほんま堪忍してえな」
おれが頼むと堂前のおっちゃんはふうっと大きく肩で息をした。
「せやな」そう言いながら、おっちゃんはおれの目を見てにやりと笑った。「掟は破るためにあるんやしな」
(仮釈放」ordered by エルスケン-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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