第一章・揉み消しは突然に

「なるほど‥‥それで本当に間違いないのですね、アーネスト少佐?」


「はい、調査隊のケルド少尉への聴取通り、死をも厭わぬ帝国追撃部隊の猛攻に対処しきれなかった末、ケルド少尉一行が、その猛攻を止めんと勇敢に追撃部隊と結果、負傷したという状況に間違いないありません、ユーラシア総議長。」


ユリペシルは涼やかな笑顔で、ユーラシアに答える。


「なるほど、それが事実であるならケルド少尉が負傷した一件については、第三十七護衛中隊に責任は問えないですね?」


ユーラシアは、ため息をつきながら、そうユリペシルに告げた。


しかし、その直後、ガルト・アブロニアが異議を唱える。


「異議あり!

アーネスト少佐は、禁術や実操術を行使できるとの噂があるが、それによる虚偽報告の可能性があるのではないのか!?」


「なるほど、それが事実でしたら確かに、その可能性を否定する事は出来ませんね。しかし、お言葉ですが、その噂は果たして真実味のあるものなのですか、アブロニア第四区最上議員?」


ユリペシルはとても優しげな笑顔で、アブロニアへと、質問を投げかけた。


「当然だ、信頼できる所からの情報だからな!」


その直後、アブロニアは憤慨するかの如き勢いで興奮気味に、ユリペシルへと言い放つ。


しかし、ユリペシルは涼しげな笑顔のまま、アブロニアに告げる。


「それは奇妙ですね、先程は噂だと言っていたしたのに?

因みにどちらからの情報なのですか?」


「そっ‥‥‥それは言えんが、信頼できる事だけは間違いない。」


「何処の情報なのかも言えないのに信頼できるなんて、不思議な話ですね?

私的な調査団でもお持ちなのですか?」


「ち、違う、そんな裏でこそこそするような真似はしていない!」


(あー、ユリさん今、サラッと禁術かけたね間違いなく‥‥。)


チロルは共和国裁判の傍聴席でユリペシルの言動を、確認し思わず苦笑する。


その禁術の矛先はアブロニアに向けてのもの。


アブロニアが興奮するように誘導し、そこに皆の注目を集めてるおいて、堂々と何事もなかったかのようにユリペシルは、禁術を使用したのだ。


その禁術の内容は恐らく、禁術等の追及を禁じるといった類いのものだと、チロルは確信する。


直後、チロルの予想通りアブロニアは、急に態度を一変させた。


「ふむ、確かに証拠が不足していたようだ。

全身全霊を持って、これは詫びねばあるまい。」


しかし....。


アブロニアはそう言うなり突然、羽織っていた黒いジャケットを脱ぎ出す。


いや、脱いだのはジャケットのみではない。


ワイシャツやスラックスにまで手をかける。


(ちょっと待てぇぇぇぇ!?

ユリさん実操術までかけたんかぁぁぁ!?)


チロルすら予想し得なかった状況が、裁判中に突如として出現した。


全身全霊をもって、詫びに入るアブロニア。


それは共和国史上始まって、以来の珍事件。


区の代表である最上議員が、全裸で土下座とか、普通ではあり得ない現実が目前に体現される。


当然の如く、辺りは騒然なり前代未聞の最上議員法廷侮辱罪で強制退場となった。


そして、その後の法廷は最早、ユリペシルの独壇場と化す。


突如として発生した混沌とした状況の出現に、戸惑わぬ者が居よう筈もなく....ユリペシルはその混乱状態を利用して、一気に話を終結へと持ち込む。


当然といえば当然のことだが最早、ユリペシルの障害となる者など一人も居なかった。


かくして、共和国裁判はユリペシルの偽証をあっさりと肯定し、呆気なく終了したのである。


一見すれば、何も無いかのように終わった審問。


しかし、事の真相を知るチロルは思わず重々しい溜め息をついた。


隠蔽した事実の重きを心底理解していたが故に。


何せ、あの四人は証拠隠滅の為にケルドを敵をけしかけて偶然を装い、亡きものにしようとしたというのが、事の真相だったからである。


そして実際、奴ら四人の謀略により、ケルドは重症を負うハメになった。


いや、もし隊長であるユリペシルの到着が少しでも遅れていたら、ケルドの暗殺は間違いなく成功していただろう。


まぁ、そんな理由により殺されかけたケルドには、穏便に事を済まそうなどという気は微塵もなかった。


当然の如く、この罪を償わせんと怒りを顕にする。


しかし、そんなケルドの当然の反応に対して、ユリペシルの対処は実に迅速だった。


即座に禁術と実操術を駆使し、ケルドに対して隠蔽工作を図り、ものの数秒にして証人の口は封じられる。


そして、護衛対象抹殺を目論む四人の狂人達の暴挙は、その数秒後に見事に沈静化した。


もっとも抹殺の失敗に、不満から舌打ちするような輩もいたようではあるが....。


ともあれ、ギリギリ一歩手前で何とか最悪の状況だけは回避に至った訳である。


それのみならず、チロルが危惧していた裁判の方も拍子抜けするくらい順調に終了。


もはや、何の憂いもなく帰路につくだけとなった。


しかし......。


「失礼します!

へっ......!?」


裁判が終わって早々、ユリペシルに今後の方針について相談しようと、ユリペシルの自室を訪れたチロル。


だが、ユリペシルの許可を得て入室したチロルの眼前に、予想もしなかった光景が飛び込んでくる。


自室の椅子に座すユリペシル。


その椅子はオーダーメイドなのか、繊細な細工が施されている。


だがしかし問題は、そこではない。


問題なのは、部屋の主たる隊長ユリペシルが何故か全裸で、そこに座している事の方だった。


「!??

あ....あの隊長、何故に全裸??」


「うん?

それは勿論、人間には解放的に過ごす時間が必要だからだよ。

故に私は自宅では、常に全裸で過ごしているが、それが何か問題あるのかなチロル君?」


「えっ....?

あ、いや、確かに自宅なら問題無いとは思いますが、ここは一応、隊長室ですし....?」


「つまり、一応ここは私の自室を兼任しているのだから問題ないって事だね、チロル君?」


(何故そうなる!?)


何とも言い難い強引な結論と、目のやり処に困る微妙な状況に耐えながら、チロルは頭を悩ませる。


だが、そんなチロルの苦悩などお構い無しに、ユリペシルは一方的に進めだす。


「話しというのは、差し詰め今後の方針についてかしらチロル君?」


「はい....まぁ、あらかた、その解釈でほぼ間違いないです....。」


チロルは天井に視線を、反らす努力で自らの色欲と戦いながら、何とかユリペシルとの会話を成立させた。


しかし、そんなチロルの苦肉の策に嘲笑うかのように、ユリペシルがチロルへとやや強い口調で告げる。


「チロル君、話す時は人の目を見て話しなさい!」


「えっ....!?

いや、しかし、そちらを見るという事は、つまり隊長の....。」


裸を見る事ーー。


チロルはそう続けて言いそうになり、慌てて言葉を止めた。


何故か?


その理由は至って単純、その言葉を発してしまえばユリペシルの裸を強烈に、意識している事が露見してしまうからである。


つまり....。


(くっ!?

裸を意識している事がバレれば、ドスケベのレッテルを貼られてしまう!

それだけは何としても、回避せねば....。)


だが、それはチロルにとって過酷なる道に他ならなかった。


何故ならチロルは男盛りまっしぐらの血気盛んな若者である。


故に耐えろというのは酷な話しであろう。


(心頭滅却....煩悩段滅

我が身、我が心は静寂なる空気なり....。)


しかし、チロルは勇敢にも、そんな逆境に立ち向かわんと、キョロ家伝来のリラックス方を試みる。


このリラックスを極めてたならば、如何なる状況にあろうとも第三者的視点で沈着冷静に、状況判断が可能となる超冷静化法というべき秘奥義であった。


チロルは呼吸を整え、静かに目をつぶる。


その直後、周囲から雑音は消え、心の内に静かなる寒風が吹きすさむ。


無音と冷たく涼しげな風が、心の中に流れ込みチロルの内に渦巻いていた混沌は、その寒風に呑み込まれて行った。


(あぁ....静かだ....。

先程までの困惑が嘘のようだ....もう何も感じない。

欲情に満ちたりし思いも、困惑に満ちたる不甲斐ない我が心も今は既に、冷風の内に消えた。

今ならば、もう何があろうと動じる事など有り得ない。

全ては静かなる寒風と呑み込まれるが故にーー。)


その直後、チロルは冷えきった心で、冷えきった瞳を見開いた。


最早、チロルの心はあらゆる事柄に動じる事はない。


全てが凍りつきし世界にしか見えないのだから....。


しかしーー。


目を見開いた直後、凍結した心に灼熱のマグマのような欲望がムクムクと沸き上がる。


そして、その灼熱のマグマの如き欲望の具現化はダイレクトに股間へと反映された。


厳重なる幾重もの封印を、打ち破り復活せんとする古の魔王......。


(くっ....魔王め!

たとえ、この命尽きようとも貴様の復活だけは阻止してみせる!!)


ーーいや、ぶっちゃけると現実は、そんな仰々しくもカッコいい部分など微塵もない。


単純なる生理現象そのままである。


(くっ....!!

させんぞ、させるものか!)


チロルは必死に太ももによる防壁を、股間上部へと構築した。


だが、魔王こと煩悩の化身はチロルのそんな必死の抵抗を、嘲笑うかのように強大なる力をもって、防壁たる太ももを抉じ開けにかかる。


(くっーー!?

やらせん、やらせんぞぉ!!)


チロルは人並み以上の大きさを誇る魔王の快進撃を、塞き止めんと必死に足掻き続けた。


しかしーー。


巨大な体格(?)を有する魔王の前では所詮、無駄な足掻きに過ぎず....しかも、その状況に追い討ちをかけるかのように、ユリペシルがチロルに向けて言う。


「こらっ、チロルくん!

人と話をする時は前を向いて、話なさい!」


(前を向いてだと!?

し、しかし、それだと....。)


やむを得ず前を向いたチロルの目前に、ユリペシルの顔以外の色々なものが、更なる欲情を掻き立てる。


(くおっーー!!?

不味い、不味いぞ、これはぁぁぁぁーー!!)


力を増す魔王。


そして、理性を破綻させんとする全裸のユリペシル。


それは正に前門の虎、後門の狼であった。


(くっ....絶体絶命の危機だと!?

まさか、こんな形で窮地が訪れるとは....。)


チロルは生唾を呑み込みながら、自らに訪れし意外な危機に、思わず身を強張らせる。


だが、如何に力強くガードを固めようとも、内なる魔王を前にしては虚しい抵抗に過ぎなかった。


(ぐおっ!?

ま、まさか力業で抉じ開けようというのか!??)


太ももの強固なる防壁が自称魔王の強力な圧力により、徐々に徐々にと開かれていく。


そして、その直後、チロルの目前でユリペシルの乳房が揺れる。


(ぐぁぁぁぁぁッ!?)


チロルは思わぬ奇襲により、身悶えした。


下半身は最早、爆発寸前であり太ももを一気に抉じ開けてくるのも、時間の問題だろう。


言うまでもなく、それは絶体絶命の窮地以外の何物でもなかった。


だが、そんな窮地故にチロルにとって、それは背水の陣と化す。


(もはや後は無いという訳か?

ならば、身を切るしかあるまい....。)


肉を切らせて、骨を断つーー。


古来から追い詰められし局面で取るべき行動といえば、捨て身だからこそ可能な無謀なる策の実行。


そう、相場は決まっていた。


そして、チロルは迷う事なく、それを実行に移す。


(このチロル・キョロに死角は無い。

俺を侮るな魔王よ!)


チロルは意識を集中し一瞬だが、渾身の想像力を脳裏へと送り込む。


その想像とはジンセイの全裸である。


そして次の瞬間、チロルの脳内でそれは想像ではなく、現実に目視せしものとしての認識に変わった。


筋骨隆々の鋼のような肉体を、イカツイ笑顔で見せつけるジンセイ。


無論、言うまでもなく全裸であるが故に下半身もまたイカツイこと、この上ない。


そして、凝視し難きフォルムがチロルの意識内を一気に汚染した。


(うぎゃああああああああああああぁ!?)


脳内で弾ける強烈な刺激。


(死ぬ死ぬ死ぬ!!

死んでしまうぅぅぅぅ!?)


ジンセイの全裸から成る破壊力は、目前の煩悩を打ち消すのは勿論の事、余り余った破壊力あるインパクトはチロルの脳細胞に、強烈なるダメージを与えた。


だが、そのお陰でチロルは辛うじて正気を取り戻す。


その正気を取り戻した一瞬の勝機をチロルは見逃さなかった。


(燃え上がれ、我が心に灯る正義の業火よ!

この拳に強き正義の思いを乗せ、悪心なるモノを討ち滅ぼせ!!)


次の瞬間、ユリペシルですら感知し得ぬ神速の豪拳が自らの股間中央に向けて放たれる。


ベキベキベキッーー!


直後、何とも言い難い破壊音が響き渡り、チロルに向けて強烈な激痛と喪失感が襲い掛かった。


(ぐおおおおおおおおオォオォォオオゥーー!?)


それが英断であったのか愚行であったのかは、恐らくチロル本人ですら答えられぬ事であろう。


だが、ただ一つだけ明確なる事実がそこにはある。


その事実とはチロルが自らの何とも言い難い失態を、何者にも知られずに揉み消せたという辛き勝利だ。


もっとも、大きな犠牲を払った、この揉み消し劇にどれ程の価値があったのかは、はたはだ疑問ではあるのだが....。

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