5話 原罪

 私は彼女の持ってきたボストンバッグの中から、不必要な荷物をボス全て取り出し、私の貴重品と着替えを詰め込んだ後、夜中まで待ち、廃れた暖炉を付け、彼女の服をその近くに乱雑に撒くと、火を放った。


「君が望んでいた火葬だよ。ハニー。」


階段を降りる途中、扉ら叩く音が聞こえた。

このマンションに住んでいる売れない芸人達だ。火を消されては困るので、椅子やら机やらで扉を塞いだのだ。


寮に住んでいるのはごく少数で、殆どの住人を見知っていた私は彼らが揃うタイミングを確認する事自体容易だった。


故にドアを塞ぐのも、実行に移すのも楽で、且つ、1階にも火を放ち、窓は表の道路側しか無く。このマンションの立地的に逃げるのには、コンクリートの上に落下するしかない。尚且つ、木造なので、よく燃える。彼らは妻と共に旅立ってくれるだろう。仮にそうで無くとも、私はもう居ない。



 そうして私は、妻が乗る筈だった夜行列車のチケットを使い、港町へ向かった。


夜行列車の乗客は少なく。

皆、大荷物を運び、厚手の外套に身を包み、眠たそうにしたり……いや、寝ている者も居た。老若男女問わず、皆頬を赤くして、白い息を吐いて、縮こまっていた。かくいう私も、その1人だった。


しかし、私は彼女の服を捨てた為に自分のボロ布しか無く。その身体はいつにも増して強張っていた。恐らくこの列車の中で、誰よりも小さくなっていた。


列車が発車するまで、少しばかり時間があり、私は全てを諦め始めていた。


『どうせ見つかる。どうせ捕まる。』


落ち着きながらも、罰が降ることを確信していた私は、唯車窓の向こうに映る粉雪と、静まりかえった街を眺めるしか出来なかった。


部屋は相部屋だった。

彼女は出来るだけ、お金を残していたかったらしい。


『そうか。ここまで、金勘定も出来たのか。』


ようやく、列車が発車すると云う時。

相部屋だった私の部屋に、腰の曲がった白髪の男が入ってきた。そして、重々しい荷物を床にドンと置くと。ふぅ、と白い息を吐いてから直ぐに寝床についてしまった。


実は警察ではないかと疑っていたのだ。そうだったなら、如何に良かった事か。火は早々に消されて、妻も芸人も助かって、私は警察に追われ、捕まる。それが正しい道だ。私はそれを望んでいたのだ。


しかし、遂に死神は現れなかった。


列車が静かに発車する。街の奥からは黒煙が上がり、サイレンが少しずつ聞こえ始めた。しかし私は、逃げてしまう。それは、赦されない行為だ。しかし、それを告白出来る程完成された人間ではなかった私は……そう。


--『人殺し』しか出来ない。


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滾り 無機になってる光合成ロボ @Kougousei3591

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