第一章

幕明け

4話 雫


 破裂して、先ずと落ちたのは絶望だった。その後、私を狂わせたのは憎悪と憤怒。彼女を許せない。彼女を許せない。彼女を許せない。彼女を……


私はドアを固定するように、ドアノブに引っかかる形で椅子を立てかけた。


彼女が何か言っている。訴るだの、警察だの、終わりだの……もう終わっているよ! 判らないのか?!


「煩い! 耳障りだ! 黙れ黙れ!」


現実が私を煽る。


痛々しい程に理解している現実が、私の首を絞める。


『苦しい……助けて……』


咄嗟に首を絞め返す。

手に滲む彼女の涙、目に見える彼女の顔、ハッとして手を引っ込めた。


 次に私を狂わせたのは愛情だった。私を愛してくれた人、やはり愛している。離れたくない。離したくない。どうしたら離れない?


「ああ、愛しい人。すまない……。」


私は気を失ってぐったりしている妻の首を絞めながら、激しく接吻をした。彼女の口からは、よだれがしとしと垂れていた。


彼女の顔が青くなるのにつれ、感情がどんどん押し寄せてきた。それは歓楽、快楽も同じでいつまでも眺めていたい。ああ、時が止まれば良いのに。と思わせる程、気持ち悪いくらいに心地よく、狂わしい程に鮮明だった。


--『裏切られたのだから仕方がない。』


だが、その素晴らしい時間は直ぐに終わり、恐らく彼女が死んだ。


私はまた激しく接吻をし、死んだ事に悲哀しながらも、素晴らしい時間を奪われた事に激怒し、酒の空き瓶で彼女を殴り、叩き起こそうとした。


彼女は寝坊助だから。


少々、乱暴な手を使わないと起きないから。もしかしたら死んでないかも知れないし、首は変な角度で頭は青白く、口からは泡、だが、まだ間に合うはずだ。


私は心肺蘇生を試みた。彼女は動かない。そして、心肺蘇生を試みる際に触った彼女の胸の感触に異様に愛情を感じた。愛してる、すまない。しかし、君が悪いんだ。私を置いていくから。君が、君が‥‥


バラバラの感情達が私の身体を這いずり廻り

順調に狂気へ導く。その音はきっと、ズルズルや、どんどんではなく。


--もっと高潔で甲高い、聖歌の様な、そんな音だろう。


それはずっと鳴り止まない。ギーンという甲高い不協和音。だが、それが私には合う。今の私には合うのだ。素晴らしい気分だ。


あぁ! そうか、君はきっと!


「EUREKA!」

(私を愛して死んだのか!)


私の感情の為に死んでくれたに違いない!それならば死んだ事も許そう、今までの裏切りや嘘も全て許そう、君は天使だ!私を天国へ導いた天使なんだ!


「ああ、神さま! 神様……どうか……」


私は彼女をベッドに運び。

寝室の扉を二度と開ける事は無かった。

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