3話 理解
仕事を終え帰宅すると私のポストに
珍しく手紙が投函されていた。発送者は妻だ。内容は、前に私が住んでいた家に行ったが私が居なかったため配達員に頼み手紙を出したそうだ。
妻は私とは違い愛想がいい、昔から人付き合いも上手かった、それ故に負担も多く、おそらくこれからも私は到底、彼女には敵わないだろう。
そんな彼女に、私は今でも愛している。なので、この手紙を読んだ瞬間私は、堪らなく嬉しかった。妻は私を見捨てていないんだと、
まだ愛しているのだと、そう勝手に思い込み、直ぐさま返事を書き、仕事に行く前に手紙を発送した。
私は事前に団長に頼み込み、休みを貰い。翌週の暮れに妻と久方ぶりに対面した。やはり妻は美しいが、何処と無く雰囲気が変わり、私に対する接し方も素っ気なく感じた。
始めに話を切り出したのは私だった、静寂に耐え切れなくなったのだ。
「コーヒー、飲むかい?」
妻は少し
「随分と痩せたわね。」
冷淡な口調。他人の様に振る舞う彼女の色は、少し薄く感じた。
「あ、あぁ、ダイエットだよ。仕事柄、狭い場所にも入り込まなければならなくてね。」
直ぐにバレると知っていながらも、私は虚栄を張り、話をはぐらかした。
「そう。」
私は少し驚いた。てっきり、昔みたいに。別れたた時みたいに、問い正されるモノだと思っていたからだ。しかし、その素っ気なさに、同時に悲しみを感じた。
「そ、そういえばどういう用で連絡したんだ?」
その答えに、私はある程度予想がついていた。彼女の足元に置いてある皮のボストンバッグが開いており、そこに封筒が入っていた。私に要件があり、そして封筒の中身は
おそらく...。いや、私は考えるのを止めた。厳密には認めなかった、認めたくなかった。
そんな事は無いと、その時は来ないと、いつか、いつか人生をやり直せると‥‥
「聞いてる?」
「ん?あ、あぁ‥‥。」
嘘だ。聞いてなどいられるものか。
なんなら私は、今すぐここを抜け出して、全てを捨てて、リセットして、もう一度あの場所に戻りたかった。
しかしその幻想は、彼女の一言で現実の淵へ深く堕ちて行った。
「私ね。この島を出るのよ。」
「え?」
「引っ越すの。一人で済むにはアノ家は大きすぎるし、売りに出せばある程度お金が貯まる。そして、小さな海辺の街に住むのよ。」
私は動揺を隠せなかった。いや、隠さなかったが、彼女は淡々と続けた。作業的に。
「貴方にはサヨナラを言いに来たの。これは離婚届よ。私はもう書いたから、後は貴方が書けば晴れて自由の身よ。」
彼女の目に慈悲の色は伺えなかった。
私は苦悶した。何故、彼女がここまで私を恨んでいるのだ。何故、私はここまで追いやられたのだ。何故、私はこんな目に。
「何が‥‥君をそこまで?」
卒然、彼女の気が変わった様な感じがして、次に怒り狂った金切り声が、部屋全体に轟き。
--私の心を殺した。
「全てよ!」
彼女は堪忍袋の緒が切れた様に、私を怒鳴りつけた。無慈悲且つ残酷に。私を、まるで平生に紛れ込んだ異物の様に扱った。
「貴方は自分の事しか考えられなかった! 私の事も、周りの事も、誰の事も気に留めず、ただ自分の仕事をしていただけだった! その尻拭いをしたのは私! 借金も私が身体で返した! 貴方の上司に媚を売り、仕事を続けさせたのも私! 全て私のお陰! 判る? それでも、貴方は誰も愛していなかった! 私さえも! だから、そんな風になるのよ! 愚鈍なシディーク!」
腹を明かした様に嬉々として私を責める妻、知らぬ間に起きた惨劇を延々と聞かされつつも、唯それが私の無能さ故の産物だと痛いくらいに理解していた私は、混ざり合う贖罪の念と、妻への赦せない想い、私への烈しい殺意、憎悪、現実逃避、自殺願望。
--その混沌の中、世界が混ざる錯覚に陥った。
静かだと思っていた彼女がこんなことをしていたなんて、私は何の為に仕事をしていたんだ。いや、何をしていたのだ。誰よりも愛してる妻がこの島を出る。しかも、私の事を愛していなかったなんて、それは、もう何も無い自分にとって、耐え難い絶望だった。
たった一つの、僅かな希望がパツンと耳障りな小さな音を立てて消えたのだ。きっと今までの、何かの感情も、この希望があったから抑えられていたのだろう。
その時、私は何を考えたのだろう。もしかしたら、何かいけない事。倫理観のない事、妻に嫌われる事、犯罪になる事、止めるべき事、許されない事。
--もしくは、それら全てか?
私は絶望と、裏切りによる憎悪と、嘘による憤怒と、それらを知れた歓楽と、それら全てを解放した時の快楽のシュミレートと、ごちゃ混ぜになって、全てが私の小さな脳みそにすし詰めにされ、裏切られ、また混ぜられ、殺され‥‥
--全てが破裂した。
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