1話 興味

 私は最近。長年勤めていた小さな不動産屋の案内人の仕事を解雇され、失業者となった。


理由は明確だ。会社が不景気になり、万年平社員だった私が辞めさせられるのは必然だ。


――人生の半ばとも云える年齢での失業。


再就職は厳しく、奇跡的に見つかったのが

廃れた劇場の清掃・修理作業の仕事だった。


寮が付いて給料は安く、だがこの仕事以外に選択肢がなかった私は毎日、早朝から真夜中まで仕事をし、あのカビの酸っぱい臭いが立ち込め、売れない芸人達が傷を舐め合う古めかしい五階建ての木造マンションへと帰宅するのだ。


 しかし、疲れて帰ってきてもこの家じゃあ

寝付けない日が多い。そんな時は必ず本を

一冊読むのだが、最近ではその本も、

もう読み飽きる程で、新しい本を探すべく

私は帰り道に古本屋に入っていった。


やはり夜番遅く、人っ気は一切感じない。

1人で切り盛りしているのか、店長のような白髪のシワとシミの多い老人は老眼鏡をかけたまま眠りこけてしまっている次第だ。


だからといって、親切に起こす義理も、良心も無ければ、たった数冊の本を盗むような姑息で非常識な私でもない。


なので、私はそのまま本を手に取り、手当たり次第読み漁った。読み漁るといっても膨大な数の本があるのだ。そんな時、私は冒頭から中盤にかけてまでを一気に読み。次の本を手に取るのだが、今回ばかりは違った。


本のタイトルは『人柱』


時代は少し前に遡り、舞台は辺境にある小さな町。主人公はどこにでもいる普通の青年なのだが、彼がある日、彼の恋人と家族を殺害されているところを目撃してしまう。


そして主人公は、ショックのあまり記憶障害を患い。それに悲哀しながらも、犯人へ憎悪し、その復讐心から人の道を外れ、しかし理由も乏しく、犯人だと思い込んだ一般人達を次々と殺害するという内容だ。


風景の描写や天気が表す、主人公の感情の描写がとても好みでそのまま最後まで読み切ってしまった。


 そこで、私は感情にひどく興味が唆られた。それはといった、日常とはかけ離れた『負の感情』それが私には一切理解出来ず、この小説の筆者に興味が湧いたのだ。


無論、理性があり、知性は然程さほどない私には一生かかっても、手に入らない感情であると割り切っていたのだが、つまりその、"感情"がどの様なものなのか、仮になら、判るのでは?と思ってしまったのだ。


『劇ならどうだ?』いや、無理な話だ。


そんな風に思索をしていると、また何時もの様に空が青みがかってきたので、私は本の代金を寝ている老人の前にある、少し小さめの机の上にそっと置いてその場を離れた。

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