第2話 初陣

自分の家に帰ると涼しい風が出迎えてくれる。海斗も家に入ると涼しそうに手で仰ぎ始めた。


家に入るや否や海斗は早速涼しい部屋でテレビにケーブルをつなぎ、俺は海斗に教えてもらいながらゲーム本体に五号戦車パンターD型(これからはパンターと略す)のカードをセットし、電源を入れた。


目の前が真っ暗になったかと思った瞬間、周りには広大な土地が広がっていた。

風になびく緑の草木に、雲ひとつない青い空、煉瓦造りの家がぽつんと佇んでいる美しい草原だった。風が体を吹き抜け、それと同時に草木が自分の音色を奏で始める。その光景は俺に少年に戻ったような感覚にさせてくれた。それと同時に、美しい巨大な鉄の塊も、草原に自分の存在を強く主張している。


俺は鉄の塊……いや、パンターの車体に手を触れた。太陽の光で輝きを放つ砲身、土のついた汚れた力強そうな履帯……コイツの全て舐め回すように眺めた。敢えて言うならばこの戦車は現代に蘇った騎士だ。きっと道を切り開いてくれるだろう……そう思わせた。


パンターの中に入ると四角い空間になっていた。だが、レバーと無線機、ボタン、全面を覆うほど大きい車長視点のモニターがその空間にぎっしり詰まっている。俺はここを操縦席と呼ぶことにした。


2つのレバーを倒してパンターを操縦する。倒す方向で向きやスピードが変わるようだ。パンターが走り出すとその振動が俺の体全体に行き渡る。それと同時にエンジン音が操縦席全体にこだまする。まるでまだまだ走り足りない! と訴えかけているような激しい音だった。俺にずっと走り続けたい、そう思わせる。


「達也ぁもういいか? 」海斗から無線が入る。早く試合を始めたいとでも言いたそうな大きくて明るい声が無線を通じて聴こえてくる。


「もういいぞ」俺も声を大きくして答えた。


俺は操縦の仕方こそ知らないものの、このゲームのフィールドは全て暗記している。

人気アプリのヨーツェーべで調べておいたことが役に立った。


確かここの地形なら、このまま前に進んだ先にあるレンガの家を左に曲がると狙撃ポイントがある筈だ。


俺はそこに向けて戦車を前進させる。40t以上の巨体が草を踏み潰しながら進むその姿は戦場を駆ける馬か悪魔かーーどっちに転ぶかは俺の腕にかかっている。俺の体が熱くなり、汗が噴き出す。エンジン音も俺に応えるかのように激しい音を聴かせてくれる。初心者ながら操縦は上手い方だと思った。


走ってしばらくするうちに狙撃ポイントが見えてきた。俺の知ってる情報ではこのフィールドの中央部は激戦区になる。目の前の大きなレンガの家が目印だ。ここの木の密集地から海斗が来るのを待つただひたすらにじっと待つ。


しばらく待っていると、何かグレーの物体が動いているのが見えた。海斗の戦車で間違いない。


「あれは四号戦車か、F2っぽいな」ようやく見つけたことの安堵感と興奮が入り混じった声を出した。だが、自分でも声が震えているのが分かった。


動いている敵に砲弾をぶち込むのは難しい。俺は照準を合わせたまま、チャンスを伺う。

焦らず相手が止まったところで撃つ。幸い四号戦車はまだこっちに気づいていないようだ。


四号戦車は大きな家の後ろに走り込んだ。ん…? とは思ったが、止まってる今がチャンス……!だが、 その瞬間家をまるごと包み込むような巨大なスモークを貼り始めた。どうやらスモークを改造してあるようだ。


「やばい! 逃げられる!」俺はほぼ反射的に発砲した。


大きな音と共に振動が車体と通じて伝わってくる。装填急げ! 自分にそう言い聞かせ、力を込めて装填した。しかし装填が終わった時にはスモークは晴れかけていた。薄っすらとしか見えないが、相手に損害は無いようだ。


俺はすぐにあいつの四号戦車を探した。汗が滝のように吹き出る。その瞬間、家の裏から四号戦車の砲塔が俺をギロリと睨む。裏をかかれた……だが、撃ち返そうと思った時にはもう遅く、俺には砲弾がスローモーション映像のようにゆっくりと近づいているように見えた。


気がついた時には目の前が真っ暗になっていた。あの一瞬で車体下部を抜かれたようだ。

俺は負けた……。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る