第2話 邂逅
「.....。全小隊、人員を確認した後報告せよ。」
第1中隊長は隷下の小隊に点呼を実施させ、人員の掌握を始めた。とりあえずは人命を預かる指揮官としてとるべき行動と言えばそうだが、周囲の状況に著しく変化が生じていることに対しても無視はできない。それに加えて、先程一斉にダウンした車輌、機器類の状態も気がかりだ。一時的に遮光だけ解除して、装備品の点検も実施させる。
「(...さっきまでトンネルに居た筈だがな、俺たちは。)点呼終わって余裕のあるヤツは武器装具、あたって点検しとけ!」
頭上を見れば、無数に瞬く星たちが夜空に浮かんでいるのが見える。なんともロマンチックな光景だが、今はそう言っている余裕もない。安全な状況下ではないことを前提に行動しなければ、いつまた工作員に襲われるとも限らない。点呼を終了した後、浩二は武器の入念なチェックを部下たちに命じ現在の時間を使って実施する。
「武器装具、共に異常なし。」
「同じく異常なし。」
同じ小隊で班である、良太と進も武器点検を終え、それを浩二が小隊長へ報告する。小銃等武器が不調ではなければ戦えはするので、一部の確認だけでも取れたといったところか。現在は車輌や無線機の状況確認、良太や進も自身の個人物品の確認をする。
「おお、俺のスマホ生き返った。」
「本当だ!....俺も今は普通に動いてるねえ。」
「(戦場でスマホなんぞいじりおって、ガキどもが....。)」
半ばあきれた様子で2人を見やり、兵士でもまだ歳相応ということか。しかし既に起きていた異変に、良太や進も気付き始めた。
「ん?おい、良太。」
「....進。お前もか。」
2人でお互いのスマホの画面を見せ合いながら、何か確認しているようだ。それに気づいた浩二は自身も携帯電話を開き、確認する。電波が入っていないことを知らせる、圏外の2文字が画面左上に表示されていた。試しに電源を消して、再起動をかけてみる。やはり圏外のまま、表示は変わらなかった。
「さっきから状況が読めないな....。」
「だな。トンネルで立ち往生していると思ったら、いつの間にか田んぼの真ん中にいるなんてな....。」
電波が回復しないスマホを戦闘服の胸ポッケにしまい、辺りを忙しなく動く士官の姿に目を向ける。無線手である啓介も小隊長に随行して、把握できた状況から逐次小隊長の命令で送信を実施している。
「10。全小銃小隊、人員、武器装具資材、異常なし。」
「10、了。車輌の復旧状況はどうか?」
「えー、......。現在確認中である、送れ。」
「了。掌握次第追って知らせ、終わり。」
どうやら無線交信は正常に行われているようだが、無線機の電波は飛んでいるのに携帯電話の電波が飛んでいないということになる。しかしそれから色々と問題が生起し始めた。先頭の中隊長車内で他部隊との無線通信を試みる正平は、ただならぬ予感を感じずにはいられなかった、冷静に対応する彼は焦りを見せることなく周波数を設定して、無線網図を確認しつつプッシュトークボタンを押しながら交信を続ける。
「00、00。00、00。こちら10、10。送れ!」
プッシュトークからは虚しく雑音が送られてくるばかりで、人の声は入ってこない。目下、他部隊との連絡が取れない状況下である。
「(俺たちが立ち往生している間に、何かことが起きたのか...。)...中隊長、駄目です。小隊を除いてどこの部隊とも交信出来ません。」
「わかった。....引き続き交信を継続せよ....。」
「了解。」
それから10分も経たないうちに全ての車輌がエンジンを吹き返し、部隊として稼働する状況にまで回復した。エンジンがかかった様子を見て、隊員達も足を失わずに済んだという思いで案堵する。これからの行動について、中隊長、小隊長間でのブリーフィングを実施した上で行動を再開することとなった。急ぎ相馬ヶ原へ到着して友軍部隊との合流を果たさなければ、戦況に大きく左右する。1個中隊の戦力でも、自衛隊は欲しているのだ。
「我々は、引き続き相馬ヶ原への前進を継続する。急ぎ他部隊と合流して、戦力の充実を成さねばならない。敵工作部隊もかなり増強されているとの報告も移動前の段階で受けている。」
「中隊長、ですが現在位置が不明です。先程と環境が一変しております。地図を見ても先程のトンネルはおろか、山岳地帯はなく田園地帯が周辺に広がっています。現在位置測定の為GPSを使用しましたが、これも機能せず。状況を把握する為にも、斥候要員を中隊から選出して情報を得られた方がよろしいかと。」
中隊長車付近で幹部がブリーフィングを実施している頃、陸曹や陸士階級の隊員達は各班ごとにまとまって消耗した分の弾薬を弾薬車から引っ張り出し、補給作業を行っていた。弾倉に1発1発丁寧に弾丸を入れていき、それを弾納に収納する。各人に配当される弾数は180発。弾薬車担当である1台の3t半トラックには、まだ弾薬が荷台に所狭しと積載されていた。装弾作業を終えた良太と進は荷台にある未開封の弾薬箱を見やる。
「これだけあれば、まだ当分の間はもつな。」
「相馬に行けば、追加で補給出来るかもしれないしな。」
戦いは始まったばかり。これからどれぐらいの弾薬を射耗するのか2人にはまだ知る由もなく、それを考える間も時間という存在は与えてはくれないのだ。
敵工作員部隊以上の脅威となる、『時間』という巨大な脅威に、彼らは未だに気付いていない.....。
ブリーフィングの結果、中隊から斥候要員を出して状況偵察を実施することとなった。斥候の長は、大輔である。次に大輔が斥候要員数名を選抜する。
「陸士を連れて行く。イキのいいやつ、それから無線が使えると良い。良太、進。あとそれから啓介、祐希だ。」
「はい!」
陸士4名を選抜し、武器や無線機、装具などを携行。出発前の点検を済ませ、斥候班は出発した。田園地帯から付近の森林地帯へと伸びる畔道を5名は進んでいき、その姿は草木の陰に阻まれやがて見えなくなった。
明け方.....。太陽が東から昇って、作物に光を浴びせる。暗闇をのけて暖かい陽光が照る中、草木の植生が富んだ整備の行き届いていない道路付近、大輔率いる斥候班は周辺を確認しつつ、錯雑地に潜伏中であった。時刻は大体8時頃を回ったところ。時計に目をやってから周囲の状況と、携行していた地図を確認する大輔。明らかに状況が違うことに、否が応でも気付き始めている。道路は舗装されておらず、そして標識はおろか偵察を実施してから数時間、電柱の1本たりとも現代的なものが何ひとつ、目につかないのである。
「10、こちら50。定時異常無し...。」
「50、こちら10。了。」
「.....。大村2曹。」
「なんだ?」
無線で定時報告をする啓介。その近くで双眼鏡を覗いていた進が、何かを発見したようだ。敵を発見したかと考えたがそうではないらしい。どうやら農作業をしている農夫や老婆のようだ。進から双眼鏡をもらい、大輔が覗くと、そこには紛れもない農作業をのんびりとした様子でこなす老若男女の姿が映っている。
「おかしい...今は有事の際中だぞ。国民保護サイレンだって鳴っているのに。」
「呼びかけますか?」
「工作員は日本人だったら見境なく襲うぞ。そうする他ない。」
5名は錯雑地から這うようにして出て、農作業をしている農夫と思われる者へ声をかけた。武器を所持しているので怖がられる公算は高いだろうと踏んでいた大輔は、なるべく恐怖や刺激を与えないようにゆっくり丁寧に声をかけた。
「すみません、作業中のところ失礼致します。」
「....?」
農作業の途中で手を止めて、こちらへ顔を向ける農夫。あまり驚いてはいないようだが、珍しいものを見るような目でまじまじと5名を見ている。それに気づいた周りで作業をしている人々も、手を止めて歩み寄ってきた。この時点で5名は更におかしいと思い始めた。農作業に使う軽トラ、田植えなどに使う耕運機などの姿は無く、飼馬と思われる馬が数頭畔道に止められている。最近の農家にしてはかなり古い容姿である。まるでタイムスリップでもしたかのような気分に、大輔達は襲われていた。
「お勤め中のところ、失礼致します。我々は陸上自衛隊の者です。」
「はあ....。どこかの、お役人さんでしょうか.....?」
「でもおかしいねえ。見たところ刀を持ってないようだが.....。」
「侍らしい格好でもねえしなあ....。」
いよいよおかしなことになってきたと、農夫達の言葉を聞いてから5名は悟った。刀?役人?侍?いつの時代の話をしているのだ。とりあえず国民保護、有事が生起したことを報告して、大輔は彼等に即刻避難を促した。
「日本国内全土において、工作員が活発に活動しています。危険ですので、直ちに避難してください!」
「あんたさっきから何をわからないこと言ってるんだ?おふざけなら他所でやっててくんない。」
「いえ、ですから.....。」
「きゃああああああああああああ!!!!!!」
言葉を言いかけた時に、どこからか響いてくる悲鳴にその場にいる全員が反応した。5名は即悲鳴の聞こえた方へ駆け出し、そのまま畦道を行く。それを後ろから農夫達も追いかける。畦道を行った先には農家が数棟確認出来たが、そのうちの1棟に何やら複数名の男が群れを成し押し入ろうとしている。人数にして10名ほど。甲冑らしき装束を身に纏い、刀をそれぞれ帯刀、もしくは手に持っているようだ。
「(とても工作員の風貌とは思えんが....、ありゃあただ事ではないな。)」
「あっ、お松!!」
「ちっ、もうきやがったか...!」
農夫の1人が叫ぶように、名前を呼ぶ。今家屋から男数人に引きずり出されてきた1人の女の名前がそれなのだろうが、この男達はただならぬ雰囲気を漂わせている。後ほどこの男たちがこのお松という女にどのような真似をするか知れたも同然。大輔のすぐ後ろを付いてきた4名も、この状況はただ事だとは思わなかった。悪態をつく薄汚れた甲冑の男は、5名と農夫達に言った。
「おいっ!!今すぐ金目のもんか飯をたらふくよこしな!この女をぶっ殺されたくなかったらなあ!!」
刀をお松の首根っこに近づけて斬るそぶりを軽く見せた後に、男は言葉を言い放つ。それに対して農夫はお松を帰してくれと言うが、その言葉にどこ吹く風と言うかのよう。男達は刀を振り上げながら、農夫達、5名の居る方へと近寄っていく。
「聞こえねえなあ....。何もでねえんだったら、最初にお前らを血祭りにあげてから女を辱めて殺してやるよおぉっ!!!」
刀を大きく振り上げ、農夫に対して斬りかかろうとする男と、恐れ慄く農夫を前に...。
無数の発砲音が周囲に響いた。5名が一斉に発砲し、その男が血みどろになってその場に倒れ伏せる。それに驚きながらも他にいた男達も大輔等5名に斬りかかってきた。それも間髪入れずに引き金を引き、的確に小銃弾を男の身体へ撃ち込んでいく。射撃音が辺りに木霊し、近くに居た農夫達は瞬く間に血を吹き出し倒れていく男達の姿を見る。お松という女を捕らえていた男の眉間もしっかりと大輔が撃ち抜き、10名の男は5.56mm弾、7.62mm弾の応酬を受け血を身体から垂らし絶命した。敵が絶命したかの最終確認も怠らない。大輔はそれぞれの死体への確認を4名に指示した。頸部に手を触れ、脈拍を確認する良太、進、祐希。啓介もビビりながらであるが、手を添えて確認する。
「確認しろ。」
「.......。クリア。」
「了解。.......一体何なんだこれは.......。」
戦国自衛隊 小田原の戦い @tiger2
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