第39話 通常の四倍
「これ暑いし、蒸れるしで最悪なんですけど……」
ジャリヤの不満の声が漏れてくる。静かにしろと脇腹を小突くと「ひゃん!」とらしくもない声を上げて黙ってしまった。
俺たち三人は予定通り中央市街に繰り出していた。しかし、そのままの服装で大勢の前に出てしまってはすぐにバレてしまう。なので、ジャリヤの魔法で作ったローブを着て、杖を持って、フードを被った賢者に変装しながら歩いていた。ルートヴィヒを見るに大賢者に対する一般人の扱いがあれなのだから賢者もある程度無礼が許されないと見て然るべきだろう。そういう意味では変装するにはもってこいの存在だった。
「それにしてもアンテールは見当たらないな」
「やっぱりあのメスガキ、適当なことを言ってたんですかねえ」
ジャリヤは脇腹を両手でガードしながら言った。
「どうした、腐りかけのサソリでも食って腹を痛めたか?」
「ぐぬぬ……」
顔が見えなくても分かるほど、ジャリヤの声には悔しさがにじみ出ていた。
真面目に考えれば、あのメスガキは完全に脅しに屈していた。アンテールについてはあれ以上情報が出るかどうかも怪しかった。本当に知らなかったか、或いは古い情報だったりしたのかもしれない。
そんなことを考えていると、奇妙なものが視界に入ってきた。
「あれは……」
一見、普通の露店ではあるが奇妙なのはその店頭に並べられた「商品」であった。手枷と猿轡を嵌められ、足には鎖で鉄球が繋がれている。視線を向けると彼らは恨めしそうな顔つきでこちらを見上げた。ケモ耳や尻尾がついた人間が奴隷のように並べられているのだ。それも奴隷として売り買いされる年齢ではなく、労働力に値しない少年・少女たちが並べられていた。
店主のハゲ頭は俺の視線に気づいたのか、「商品」の一つを引っ叩いて地面に叩きつけた。灰縞模様の耳を持った少年がぐったりと地面に横たわっていた。
「おいっ! お客様になんて顔をするんだ!! へへっ、失礼しました……お客さんは賢者様とお見受けしますが……」
どうやら変装は上手くいっているようだ。ジャリヤとヘイスベルトに目配せして、奴隷の露店に近づく。ハゲ頭の仮面のような笑顔が気持ち悪かったが少しでも怪しまれるといけない。少し会話して、またアンテールの捜索に戻ろうと思った。
「こいつら、我々の国では見ない種族のようだな」
「ええ! 遠方から送られてきた獣人種の子供たちです。きちんとしつければ従順な奴隷となりますよ……」
「これで獣人種だと? ケモ度が低すぎる」
「勇者さ……賢者様、もしそういうご趣味であれば近くの森にでも行って野生に戻って頂いて――んにゅっ!?」
ノーガードになっていたジャリヤの脇腹をまた小突く。
よく分からない話を目の前でされて目を丸くしていた店主に視線を戻した。
「それで、ここでは奴隷は専ら獣人種なのか?」
「ええ、このご時世になって翻訳魔法が通じないので職が限られてるんですよ。同盟の領邦以外に出ることも禁じられていますしね。遠方から移民してまともな職に付けなければ、慰みものにされるか剣の錆になるかですから」
「何故、翻訳魔法が通じないんだ?」
「凶暴で翻訳魔法を作るのに向いていないだとか……。ああ、でもうちの奴隷は事前にある程度しつけてありますからそれほど凶暴じゃないですよ」
「ふむ、少し興味が出てきたな」
並べられた奴隷たちを値踏みするように凝視する俺に希望を抱いたのだろうか、店主は手をすり合わせながら近づいてきた。その気持ち悪さは尋常ではなかった。距離をとっているはずの背後のヘイスベルトが後退りするほどだ。
「でしょう? 今なら安くしておき――」
「残念だが、興味があるのはお前の商品じゃない」
つま先を道に向けて、店を去る。店主は完全に唖然としていたが、そんな彼を一瞥もせずヘイスベルトが俺の横に入ってきた。フードの被り方が甘くて青髪が見えてた。フードのてっぺんを今度はゆっくりと引っ張ってやった。
「興味ってのは?」
「露店で物を買おうとしている獣人を見つけたら教えろ」
「はあ、それと同盟を倒すのに何の関係が?」
ヘイスベルトが疑問を漏らしている間にジャリヤが声を上げた。目立たないようにローブの袖を少し持ち上げて指差す。その方向には果物の露店で品定めをしている獣人が見えた。
「勇者様、あそこに居ます」
静かにしろと二人にジェスチャーで示し、獣人と露店の店主のやりとりを観察する。やはり、言葉が通じないようで、店主はジェスチャー混じりで値段を伝えているようだった。それを見て完全に悟った。
「果物一個で2ゴールド……結構高いですね」
「普通はどれくらいだ?」
「10シルヴァーが1ゴールドに相当するんですが、普通は5から7シルヴァー程度でしょう」
「ふん、約四倍か」
ヘイスベルトは未だによく分からないという感じで押し黙っていた。
「大体分かったぜ、なんで同盟が
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