第38話 私は全て覚えてますから
ヘイスベルトは何か焦るように周りに視線を振りまいていた。まともに喋れそうに無いくらいには唇が震えていた。
暗い路地には追っ手は来ていないが、戦える仲間は実質半分に減っていた。これからはジャリヤと二人一脚でヘイスベルトを護衛する必要がある。ジャリヤもその事実に苦い顔をしていた。しかし、彼女は自分に視線が向いていると気づくと何かを探すように視線を巡らせながら口を開いた。表情も先程の苦い顔から頑張って明るい顔にしようと努めているのが分かる。
「あーっ、えーっと。さあ、勇者様! 三人だろうが、一人だろうが勇者様が居るならどうにかなりますよ! さっさと錆鼠と通訳者連盟を倒して王国に帰りましょう」
「お前……お前はなんであいつらみたいに俺から逃げないんだ」
「えっ?」
俺はこの大きな失敗で自分に程々愛想が尽きたと言っても過言ではなかった。自分が信じられなければ、仲間なんてものも信じられない。気分がどん底まで下がって地面にめり込んでいた。
そんな俺を見て、ジャリヤの明るい表情に綻びが生じる。
「シャーロットは正しいことを言っていた。俺は残酷で、目的のためには手段を選ばない。言葉遣いも最悪だ。常識的に言ってまともな奴じゃねえ、それくらい俺でも分かってる。だが、お前はまだ付いてくる」
「勇者様……」
「仲間に見捨てられたやつが可哀想だとか、召喚した責任を取らなければとでも思ってんなら、素直に自分の感覚に従ったほうがいい。俺みたいな人間に構うな」
「違います」
ジャリヤは冷静に返答した。金色のツーサイドアップが微風に揺れる。
その表情は彼女らしくなく理性的で、しかし冷ややかなものではなかった。
「私はあなただから召喚したんですよ」
「何?」
「あなたほどに他者と言語を思える人間なんて他には居ないんです。覚えていないかもしれませんが」
目蓋の上の方がぴくりと痙攣した。視線をジャリヤから逸して数秒黙って発言を咀嚼してから、言葉にする。
「お前は俺の何を知っているんだ?」
「全てですよ、私は全て覚えてます」
即答だった。彼女は金髪のツーサイドアップを揺らして、俺に背を向けた。奇妙だ。ジャリヤはこの世界の住人で俺は召喚されて記憶を失った異世界の勇者だ。彼女が召喚するための対象として俺を観察し続けてきたとでもいうのだろうか?
それならば、失った記憶もジャリヤと共に居れば思い出すかもしれない。しかし、何故……何故、俺を選んだのか?
「行きましょう、勇者様、皇太子殿下」
「行くといってもどこへだ?」
やっと我を取り戻したのか、ヘイスベルトはジャリヤの背に問いかける。動けなくなっていた俺の足はその背中に引き寄せられるように動き出した。火星から地球に戻ってきたような感じがした。地面にめり込んでから、火星に飛んで地球に戻ってくるのだ。
「あのメスガキは、アンテールが中央市街に居るかも知れないという情報を吐いたは吐いたんですよ。今使える有用な情報はこれくらいしかありません」
「あ、ああ、そのアンテールって奴を糸口に通訳者連盟が何処に居るのか分かればいいが」
「話によりゃ、体が無事だとしてもAMSの逆流がどうたらで廃人になってるはずだって話だけどな」
アルセンの言葉を思い出した。あの野郎は高高度の上空から吹き飛ばされて、地上へと落ちていった。AMSで肩代わりするレベルの魔法負荷を脳内に流し込まれて廃人になりながら、という話だったはずだ。
ジャリヤのツーサイドアップが今度は縦に二度揺れる。
「生きてるはずがありません。万一生きていたとしても戦闘できる体でもないでしょうから始末されているでしょう」
「じゃあ、あのメスガキが言ってたのは赤の他人ってことか?」
「なんでお前らが倒した敵と同じ名前の赤の他人を仕立て上げる必要があるんだ?」
「うむ……」
それは俺にも分からない。このクソみたいなファンタジー世界のことだ。もしかしたら、メスガキの言っていたアンテールは本物のアンテールだったのかもしれない。
いずれにせよ、アンテールは居なくなったとは言わなかった以上、俺たちの前には解かねばならない謎がまた一つ生まれてしまったことになる。
「実際に確かめて見る以外に方法はないな」
歩きながら考える。中央市街を通って探りを入れるなら大分悪目立ちしそうだ。錆鼠も馬鹿じゃない。大通りでドンパチやれば援軍がすぐに呼ばれるだろう。
そんなことを考えているとヘイスベルトが頬を擦りながら、こちらを向いた。不安そうな面持ちだった。
「なあ、こんな調子で同盟が倒せるのか?」
「俺たちの目的は同盟を倒すことじゃない。帝国の軍事力を信用していいなら、内部構造を突き崩せば後は簡単に終わるはずだ」
「内部構造を突き崩すって……結局何をするんだよ」
「錆鼠や同盟を動かしている通訳者連盟を見つけ出して、親玉をぶち殺す。それで終わりだよ」
「ふむ、まあ、上手く行けばいいが……」
背後の会話を無視しながら、ジャリヤはただひたすら前へと進んでいた。
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