第40話 ラムネ瓶からビー玉出せなくてイラつく人
三人は中央市街から離れた場所の酒屋に入っていた。客の全く居ないしけた酒屋だ。俺は適当なものを頼んで席につく。ヘイスベルトは説明を求め続けていたが安全な場所で事を明かす必要があった。そうでもなければこんなしけた場所には入らない。
「同盟の奴隷制、見ただろ?」
こくこくと二人は頷いた。注文した飲み物を受け取り、店員が去るのを見届けてから俺は話を続けた。
「あのハゲ頭は翻訳魔法が作れないほど野蛮だとか言ってたが、恐らく本当はそうじゃねえ」
「どういうことだ? 獣人は野蛮だと帝国でも聞くが」
「帝国に獣人は居たか?」
「それは……」
言葉に困ったヘイスベルトを見る限り、帝国にも獣人が居ないことは確実だろう。
「獣人が暴力的なんじゃない。暴力的にさせられたんだ」
俺はそういってから飲み物を一口飲んだ瞬間、強烈な刺激が口の中を覆った。
「うっ……ウォッカじゃねえか!?」
「へっ? 飲んだだけでウォッカって分かるんですか? 未成年禁酒を守ってきたのに?」
「確かにそれも奇妙だが……本題はそこじゃねえんだよ、砂利」
コップをテーブルに叩きつけ、脳内で論点を整理した。二人は静かに俺の次の言葉を待っていた。
「獣人を遠方から安く買い、奴隷商人や貴族に高めに売りつける。奴隷から自由の身になり、まともな職に就けたとしても獣人はぼったくられて搾取される。そんな構造が同盟にはあんだよ」
「確かにそれだけ聞いていると可哀想に思えるが……」
「同盟にしてみれば、国内の奴隷システムを維持するためには獣人と外部の勢力を結託させるわけには行かない。だからこそ、国内に獣人を抑留させてるんだ」
「それなら何故、獣人達は国内で蜂起しないんでしょうか?」
「国内で獣人が結託したところで、殆どが奴隷として分断された状態なら奴隷主が火傷する程度だ。むしろ、獣人の暴力性のほうが強調されるだろう。そうなれば、獣人も組織的に抵抗する意思を失くす」
店員がサービスで何やらよく分からないつまみを出してきた。一言礼を言い、また店員が去るのを見送ってからその小皿をヘイスベルトにやる。彼はお腹が空いていたのか小皿の上に乗っている得体のしれない物をつまみ上げて口に運んだ。
「同盟にとって最も重要なのは、搾取するために獣人に言葉を通じさせないことだ。そのために抑留させている。もっとも交易国である都合上、外国人――翻訳魔法の本場である王国の人間を追い出すことは出来ないだろうから獣人に対する翻訳魔法制作へは何らかの予防手段を取っているはずだ」
「つまり、獣人に対して翻訳魔法を作ろうとすれば何か起こるかもしれないということですか?」
ジャリヤの要約に俺は頷いた。
「理屈の上ではな。だが、俺には翻訳魔法の作り方なんて分からねえし、アルセンも何処かに行ってしまった」
「筋は通るが、どうしようもないってことか」
「ここまで来たというのにまた振り出しに戻るんですかあ……」
ジャリヤはそういうと俺の目の前に置かれたウォッカ、かどうかは直観的な判断だから分からない酒をひったくって一口で飲み干した。うつむき加減に彼女は熱いため息をつく。
翻訳魔法はアルセンたちの専売特許だ。ともなれば、
本当に振り出しに戻ったかと思われたその時、うなだれたジャリヤの服から何か札のようなものがテーブルに落ちた。ジャリヤはそれを俺の方へと滑らせた。
「そういえば、勇者様に返してませんでしたね。これ」
アルセンとの通話用カードだった。確かナティア・クヴァラツヘリアと戦った後のパーティーでジャリヤに奪われたままになっていた。
「魔導通信か……去ったやつに通信したところで即切られるだろ。これはもう不要だ」
「いや、待て……」
俺の制止の声にヘイスベルトの手が止まる。
そうか、その方法があった。俺達は袋小路に陥ったわけではなかったんだ。
「ジャリヤ、魔導通信の仕組みを知っているか?」
「え、ええ、一応。有時間的な空間関係として別の場所に結びつけるために発話された音声を一旦変調してから――」
「変調ってことは音声から何かに変換されているってことだよな?」
「そうですけど……」
ジャリヤとヘイスベルトがよく分からなさそうな顔をしている前で、俺はテーブルを小突きながら考えを進めた。
「変換機構をコピー改造して、変調された信号として出力されるべきものを言語音声にすればいい。ステータス魔法は状態を数値化して出力する魔法だから、これに言語の数値化を担わせて変換機構と合わせれば擬似的な翻訳魔法は出来る」
「えーっと、よく分からないんですけど」
「とにかく、翻訳魔法っぽいものは作れるってことだ」
俺は魔導通信のカードに手を重ねた。
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