第34話 オイオイオイ、来たわ“同盟”
暇で死にそうになっていた。
のどかな街道を行く馬車には五人の人間が乗っている。馬車と言っても貴族馬車のようなきらびやかなものではない。荷車に乗っているような感じだ。それに御者などという贅沢なものは乗っていない。話によれば魔術で馬を操作しているらしいが、俺からしてみれば馬が独りでに歩き続けているようにしか見えなかった。
ヘイスベルトは脱力した表情で風景を眺めている。一方、ジャリヤとシャーロットはろくでもない話題で歓談していた。終わりどころが分からない話が延々と続いてゆく。暇すぎてやることが無い俺はついにそれに耳を傾けてしまった。
「それにしても、翻訳魔法が穴だらけじゃなくて良かったですよ!」
「どういうことですの?」
「翻訳の抜けたところに隠語でも当たってたら、外国の娘に間違った言葉遣いを教え放題だったところですからね」
「は、はぁ……」
「勇者様に挨拶としてエッッッッな異世界語を教えられてたら最悪でしたからね」
「俺がそんなクチだと思うわけか、砂利?」
「大賢者様の下着の色を訊いたのは誰でしたっ――ごへっ⁉」
今度こそ拳骨を入れてやった。ジャリヤは涙目になりながら頭を擦っていた。シャーロットは彼女に憐れみの視線を送る。自業自得だ。
翻訳にも穴はあるんだよなあ、とでも言ってやりたいところだったがそうは口が動かなかった。もう一人の出立者が明らかに元気を欠いていたからだ。彼女――カトリーナ・アルセンは思いつめた表情で俯き荷台の床の木目を見つめていた。彼女は俺たちの同盟行きが決まってから連絡をしたところ飛んでやってきた。それからずっとこんな調子だった。
「アルセン」
「……あっ、え? 何か言った?」
「大丈夫か、顔色が冴えないようだが」
「……」
アルセンは押し黙って答えられないでいた。
「アンテールのことか」
「……私が始めたことなんだから私が終わらせないと」
「あまり思い詰めるなよ」
「他人を心配するなんてあなたらしくないわね」
「そうかもな」
「私は大丈夫よ」
俺はアルセンから視線を外して、周りの風景に目を向ける。豊かな自然が道を挟んでいた。
馬の蹄鉄が街道の石を叩く音がリズミカルに聞こえていた。延々と続く街道の上では自分たち以外がどこかに消えてしまったようにも感じる。静寂に身を委ねているとめまいがしてきた。最近の不眠が祟っていたのかもしれない。
「なあ、一つだけ訊いても良いか?」
「ん?」
「あれは何だ?」
それは馬車から一時の方向のあたりにあった。建物から立ち上がる煙に七色の光が散乱している。神秘的といえば聞こえは良いが、奇妙な光景だった。そういえば街道の周りに建物が増えてきた気がする。ヘイスベルトは立ち上がって額に手を当てながら進行方向の遠方に目を向けた。
「魔導工場だ。同盟の都市が近い証拠だな」
「魔導工場って何を作ってるんだ?」
「魔術師や呪術師向けの粗悪品ですよ。同盟は沿岸貿易を掌握しているので安くて悪い商品で荒稼ぎしているんです」
「安かろう悪かろうってやつだな」
大量生産大量消費の時代はこの異世界にもやってきているということである。一体ファンタジーとは何だったのか。この調子で行けばビニール袋が有料になるファンタジー世界も見られるのかもしれない。そうなればサンドイッチの存在など些細な問題に過ぎなくなってしまう。ビックマックでもなんでも好きにするが良い。
「そういえばなんですけど」
ジャリヤが指を立てて何かに気づいた顔でヘイスベルトの方へ向いた。
「帝国は同盟と戦っているんですよね?」
「そうだが」
「じゃあ、その皇太子が同盟にのこのこと乗り込んだら大変なことになりませんか」
「あ……」
「おい、文句一つ言わないで乗ったなと思ったら何も考えてなかったのか」
「い、いや、さすがの同盟も敵国とはいえ皇太子を引っ捕らえるなんて……」
ジャリヤと俺はお互いに顔を見合わせた。一体どのように育ったらこんな平和ボケに育つのだろう。大きなため息が出てきた。
「フードでも被って黙ってれば大丈夫だろ」
「検問所とかあったらどうするんですの?」
「私が居て、顔パスじゃないなんてぶっ飛ばすわよ」
アルセンはシャーロットの問いに応答するように言う。表情からしてどうやら“真面目に”言っているようだ。そんなこんなしているうちに目の前に城壁が迫ってきた。街道に繋がる出入り口には兵士が立っている。
ジャリヤはそれを見て、呆れ顔になる。
「オイオイオイ、死ぬわ私達」
「冗談じゃないぞ」
ヘイスベルトの首元に手を伸ばし、半ば乱暴にフードを被らせる。フードの中から恨みのこもった視線がこちらを覗いていた。馬車は俺たちの焦りに関係なく突き進んでいた。
「炭酸抜きコーラでも持ってくればよかったんですけど」
「無事に通れれば良いんだが」
兵士たちの目がこちらを認めるとともに妙な不安が湧き上がってきた。
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