第35話 NANI!?


「止まれ! 都市に入る前に怪しいところがないか調べさせてもらう!」


 甲冑を付けた兵士二人が俺たちを前を塞ぐ。馬はそれに合わせて減速し、ついには止まった。緊張が高まる。さっきまでの好天は嘘のように曇天になり、風が吹き始めた。天候の悪化は不安を煽るようだった。

 二人の兵士は馬車の左右に分かれて、馬車の外や下に探りを入れていた。適当なことでも言って相手側の認識を確かめてみよう。

 俺は客車(といっても木の箱だが)から降りて兵士の一人に向かって指を鳴らして気を引く。


「どういうわけだ? 数年前には検問なんて無かったが」

「そんなわけないだろう。検査が甘かったんだよ」

「にしても何の騒ぎだ」

「敵国の皇太子が逃げているらしい」


 ふむ、と鼻を鳴らして答えておく。やはり衛兵には情報が伝わっているらしい。見上げると馬車の四人は黙って戦々恐々としていた。そんなことには目もくれず、二人の兵士は点検を終えたらしく顔を上げて俺たちを見回した。


「おい、そこに座っているのはカトリーナ・アルセンじゃないか?」

「誰だそれ」


 嘘をついた。確かに同盟と通訳者連盟に繋がりがあるなら、アルセンは抹殺すべき敵ということになる。完全に失念していた。背後でシャーロットが柄に手を触れたような気配がした。だが、ここでは大事にはしたくない。

 兵士は怪訝そうにこちらを見てきた。大賢者の名声は貴賤を問わず広がっているらしい。それじゃあもうひと押しするしかなさそうだ。


「お前の彼女か? 止めとけ、俺は惚気話を聞いて喜ぶタチじゃねえ」

「冗談言え。あんな幼児体型、誰が」

「幼児体型か、傑作だな」


 ベキッ――音のした方を見上げると張り付いたような笑顔のアルセンが馬車の木製の縁を掴んで破壊していた。なんという怪力か。兵士二人はそれを見て威圧されているようだった。


「人 違 い じ ゃ な い か し ら ?」

「そ、そそ、そうみたいだな、なあ!」

「お、おう! 相棒、この馬車は怪しくなかったからな!」


 面白いほどの焦りっぷりである。いずれにせよ通してくれるなら嬉しい限りだ。

 馬車に戻って市内に入ろうと思った瞬間、音を立てて強風が過ぎ去っていった。土埃に巻き込まれて急いで顔を袖で隠す。しばらくして風が収まると同時に先程の兵士二人の叫び声が聞こえてきた。


「「ああああああ!!!!」」

「なんだ……?」


 驚愕する兵士が指を指す方向、それは馬車の上であった。指された人物は風でフードが捲られて、その美しい青い短髪と整った顔が顕になっていた。


「お前は帝国の皇太子ヘイスベルト・ファン・デン・スミットセン・エルデケーニヒではないか!?」

「こいつら間諜だ! ひっ捕らえろ!!」

「あ、あんなところにサンドイッチとジャガイモと仏教由来の表現が!!」


 俺は兵士たちの後ろを指差して叫ぶ。こういうときのための古典的な対処法だ。

「何!?」といって、二人とも俺が指差したほうに視線を向ける。


「馬鹿め、忘れろビーム!!!」


 大声を出した兵士の一人をチョップする。プロレスさながらである。相手は白目になって卒倒した。と、同時に後ろから拍手が聞こえた。


「凄いな、さすが勇者だ」

「ビームってなんでしたっけ?」

「あ と で し め こ ろ す か ら ま っ て な さ い よ」


 馬車の上から各々勝手なことを言い始める。だが、まだ窮地を抜け出したわけではない。もう一人兵士が残っていた。剣を脱いてこちらに構えている。


「逃げたところですぐに捕まるぞ! 降参しろ!!」


 兵士の怒号へ食い気味に出てきたのはシャーロットであった。剣を構えて馬車から飛び降りてきた。自信ありげな横顔が見える。


「何か策でもあるのか?」

「ええ!」


 元気良く答えるとシャーロットは兵士の後ろを指差す。


「あ、あんなところに――」

「馬鹿め!!」


 斬りかかってくる兵士をシャーロットは抜いた剣でギリギリ受け流す。彼女はその衝撃を利用して飛び退き、距離を取った。驚いた表情でこちらを凝視する。


「どうしましょう、勇者様! こいつ馬鹿じゃありません!!!」

「どちらかというと馬鹿はお前だな」

「ふふ……同盟騎士団に同じ罠が二度通用すると思うなよ」


 より面倒くさいことになる前にこの騎士だか、兵士だか良く分からないやつを致命的他動詞ぶっころがす必要がある。援軍でも呼ばれれば一大事だ。そんなところで俺は一つ重要なことに気がついた。


「そういえば、お前サンドイッチとジャガイモと仏教由来の表現に釣られてたよな」

「うっ……それは、そうだが……」

「ファンタジー警察じゃねえか」

「そうだ! この世界にはサンドイッチ伯爵だとかジャカルタや仏教なんて存在していないんだぞ! おかしいじゃないか!」

「じゃあ、なんでお前はそれらに言及できてるんだ?」

「あっ……?」


 兵士の甲冑の隙間から見える表情は困惑に歪んでいた。


「それはサンドイッチ伯爵やジャカルタや仏教がある世界から来た勇者が居るから――」

「なぜ、俺がそれらを教える前に外世界の存在だと理解していたんだ?」


 兵士の体はかたかたと瘧に掛かったかのように震えだす。視線は助けを求めるがごとく、きょろきょろと一定しなかった。


「あっ…… あっ、あっ、俺は……」

「そうだ、お前がファンタジー警察として言及できている時点でそれは自己否定なんだよ」

「あがっ……」


 兵士は剣を抜いて甲冑を被った自分の頭に打ち付けた。彼はそのまま失神して地面に倒れ込んでしまった。

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