第33話 なんと思いやりがあるのでしょう
俺とシャーロットは少年を椅子に座らせて彼を囲んでいた。パーティーは中断され、イルハームとルートヴィヒも彼に視線を注いでいた。しかし、ジャリヤ一人だけは憎たらしげに俺に目を向けていた。
彼女の整った髪は水でぐしゃぐしゃになっていた。チャームポイントであるブロンドのツーサイドアップが解けて、髪が顔に掛かっている。
シャーロットは彼女の視線に気づいたようで「えーっと」と小さく呟いてから、言葉を探すように視線を巡らせた。
「あぁ! 良く見ると似合ってますわ! まるで人魚みたいっていうか」
「本当ですか?」
「どちらかというと、難破船から飛び降りた乗客か? 助かって良かったな、この世界じゃCQDはおろかSOSも通じなさそうだし」
「くうぅっ……」
ぱあっと明るくなったジャリヤの顔は一瞬で歪んだ。いい気味だ。悔しそうなジャリヤの声が聞こえてくるが俺は気にせず少年に視線を戻した。少年はテーブルの上に並べられた食べ物を手当たりしだいに掴み、食いついていた。相当食い意地が張っているのか、それともしばらく何も食べていなかったのか。いずれにせよステレオタイプな上流階級の食べ方にはとてもじゃないが見えなかった。
「このサンドイッチめっちゃ美味しいな!!」
がつがつ食っている前で俺はまた偏頭痛を感じていた。
「もうなんというか、指摘するのに飽きてきたんだがなんでサンドイッチがこの世界にあるんだ」
「じゃあ、名前変えます? パンニハムハサムニダとか」
「それ原語どうなってんだよ……」
奇妙な掛け合いをしながら、俺は話を本題に戻そうと身なりを直して少年の方に目を向けた。
「おい、皇帝がどうだのとか、錆鼠がどうだのとか言ってたがどういうことだ」
「僕はこの王国の隣国、“帝国”の皇太子ヘイスベルト・ファン・デン・スミットセン・エルデケーニヒだ」
「皇太子様なんかがなんでこんなところに居るんだ」
「錆鼠に狙われて命からがら一人で逃げ出してきたんだ。お前たちは錆鼠じゃないんだろう?」
「まあな、ただし残念ながら、この国は錆鼠の本拠地だ」
青髪の少年――ヘイスベルトの顔色はどんどん青ざめていくのであった。
「まあ、俺たちに会ったのは僥倖だったな」
「どういうことだ?」
「私達も錆鼠には色々と因縁がありましてね」
ジャリヤは今までの戦いを思い出すように視線を伏せながら、落ち着いた声でそういった。
「しかし、追いかけられている理由はなんですの?」
「そもそも一端の冒険者ギルドである錆鼠と強靭な軍隊を持つ帝国では戦力に雲泥の差があります。命を狙われても国外逃亡する意図が良く分かりません」
「……帝国は隣国――“同盟”と戦争中だった。錆鼠はそこを狙って宮殿に入り込んでいた。奴らは親衛隊の警戒を突破して、皇帝陛下を殺害した。僕は一人で宮殿を脱出して逃げ延びたが、逃走に手を貸した家臣たちは皆虐殺されたと聞く……」
「それは……」
ジャリヤはいたたまれない表情で彼を見つめていた。しかし、錆鼠が隣国の皇帝や皇太子を狙う理由が今ひとつ分からない。
「錆鼠の目的は何だ。殺戮を楽しんでるわけじゃあるまい」
「はっきりしたことは分からないが、僕は協商に買われたんだと踏んでいる。国同士の戦争に冒険者を買って暗殺者まがいのことをやらせるだなんてやはりあの国は狂っている」
「ふむ……錆鼠の裏にいるのは
「らりるれろって……馬鹿にしているのか?」
「こっちの話だ。気にするな」
ヘイスベルトはため息を付く。逃避行で相当疲れが溜まっているように見えた。彼は依然錆鼠に追いかけられているはずだ。群がってくる追っ手を捕まえて訊けばいいのだろうが、俺たちは駆け出し冒険者パーティーであって拷問のプロではない。今、ヘイスベルトから情報をできるだけ聞き出したほうが良いだろう。
考えられる可能性とすれば、一つくらいしか無い。
「同盟とやらが通訳者連盟を支援しているかもしれないってことだな」
ジャリヤはそれを聞いて考えるような顔をした。
「同盟は沿岸貿易を掌握する商人達の国で、金のためなら何でもするような連中です。理由もなく通訳者連盟を支援するわけないですよ」
「それこそ金のためなんだろ。翻訳魔法の本拠地はカトリーナ・アルセンの居るこの王国だ。本来は翻訳魔法のシェアを破壊して通訳者で稼ごうとでも考えてたんだろう。或いはもっと複雑な関係だったのかもしれないが、いずれにせよ錆鼠はスポンサーが戦争になって駆り出されたってわけだ」
「冒険者を国同士の戦争に駆り出すなんてまともな国のやることじゃないんだぞ! 僕には信じられない」
「それはさっき聞いた」
俺は疲れて首を回してから、ジャリヤの方へと向く。
「協商に乗り込むとするか」
「勇者様……? まさか私達だけで協商をどうにかするだとか考えてませんよね?」
「どうだろうな、だが通訳者連盟の存在を明るみに出すいいチャンスじゃないか? アンテールのクソ野郎がピンピンしてんだか、くたばってんだかも分かるかもしれない」
アンテールのことを口に出した瞬間、脳裏にアルセンの言葉が思い出された。
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