第32話 空手踊りとラムだけ遺産


 さっきまで酔い潰れていたジャリヤがフードを被った人間に視線を向けながら、こちらに寄っかかってきた。お得意のゲス顔が顔に張り付いていた。


「勇者様ぁ~」

「嫌だ」

「まだ何も言ってないじゃないですかーぁ!?」

「ヤな予感しかしないからな」


 俺とジャリヤが無駄話をしている間もフードはぴくりともしなかった。他のパーティーメンバーは鸚鵡Parrotのように目を点にしてそれを見ているだけだった。そのうちゲーミング色になって首を振り出すかもしれない。BGMにはユーロビートを流しながら。

 馬鹿な想像を振り払って、寄っかかっているジャリヤを押し返し立たせる。彼女はふらふらしながら、今度は近くのテーブルに手をついて身体の平衡を保つ。明らかに飲みすぎだ。


「おい、シャーロット見てこいよ」

「嫌ですよ、刑事モノでよくある変質者に親切に声掛けて犠牲になるパターンですわ」

「ドラマの見過ぎだ、馬鹿が」


 刑事モノのドラマが異世界にあることはもはやツッコまない。この調子だとFBIがドアを蹴破って突っ込んできてもおかしくはないだろう。いずれにせよシャーロットもフードを介抱するつもりがないらしい。


「カリン!」


 厨房で自分の新作のウケを確認していたカリン・レッジャーニを呼びつける。彼女は頭のバンダナを揺らしながらこちらに顔を向けた。


「お前、看板娘だろ?」

「ん、まあ、そうっすけど……」

「客だぞ、どうにかしてやれよ」

「行き倒れに飯を食わせろって言うんすか?」


 無言の圧力を掛けるとカリンは「しょうがないっすねえ……」と言いながら厨房に戻っていく、まともな料理でも持ってきてくれるのかと思いきやその両手に握られていたのはどぎついショッキングピンクと水色の縞が入った着色料マシマシのように見える野菜のような何かであった。


「丁度これどうしようかなあと思ってたところなんすよねー」

「おい、何だよその工業排水で漬けた大根みたいなの」

「今日競馬理論に基づく超元気農法で栽培された超限大根っす!」

「なんじゃそりゃ」


 カリンはおもむろにナイフを取り出して、超限大根とやらに切れ込みを入れる。すると、切れ口から琥珀色の液体が流れ出すとともに鼻を突くような金属臭が漂ってきた。とてもじゃないが食べられる代物には見えない。


「栄養が豊富で超元気になれるらしいっすよ!」

「いや……もうなんか、食欲減衰しかしなかったが」

「そうなんすか? せっかくだから勇者様も食べるっす!」

「俺の話聞いてたかお前? いいから、さっさと厨房に戻って何か一品作ってやってくれ」


 カリンは「分かったっすー!」と言いながら厨房の方へと戻っていった。ルートヴィヒやイルハームも遠巻きに見守っているだけだ。結局の所、フードをまともに介抱できるのは俺だけということになる。大きなため息をついて、倒れているフードの元に寄る。


「あークソ面倒くせぇ、おい起きやがれ!」


 フードに手をかけて、乱暴にそれを取るとそこには青髪が見えた。酔っ払いだろうと思った闖入者は息を荒げながら顔を歪めていた。短髪で整った顔の少年だ。目立った外傷は顔周りにはないが、意識を失っているようだ。

 この状態では襲ってはくるまいと思ったのかシャーロットが思案顔でこちらに近づいてきた。


「誰なんですの?」

「数年前に別れたお前の彼氏だろ」

「馬鹿言わないで下さいます? 幼すぎますわ」

「おねショタってやつだろ」


 ちょっとした冗談にシャーロットは眉をひそめた。俺は肩をすくめて、視線を少年に戻した。確かにシャーロットにやるには幾分か幼い気はする。少年の頬を軽くはたいてみる。顔のこわばりが強まった気がした。


「おい、起きろ! ったく、面倒くせえな」

「うぅ……はっ!?」

「ここは何処だとか、ありきたりなセリフ言うんじゃねえぞ?」

「や、奴らは追いかけて来ていないのか?」

「奴らって誰だよ? 借金取りか?」


 少年はあからさまに嫌な顔をする。なんだってこの世界の住民はこんなにも冗談が通じないのだろうか。


「冒険者の奴らだ、なんて言ったか……」

「錆鼠?」

「そう、そうだ! 錆鼠だ!」


 俺とシャーロットはお互いに顔を見合わせた。少年のローブを掴んで半ば強引に地面に座らせる。顔を詰めると少年は驚いた様子で目を瞬きながらこちらを見てきた。


「なぜ錆鼠に追われている」

「おい、僕は皇帝エルデケーニヒの息子なんだぞ! 触れるのすら穢らわしい冒険者風情が僕に暴力を振るうなど……!」

「質問に答えるか、表の街道で干からびて煮干しになるか選べ」

「ま、待て、話を聞いてくれぇええええ!!」


 青髪の少年は俺の足にすり寄って、しがみつく。気味が悪くなってきた。足を振っても少年は離れようとはしなかった。涙目で俺を見上げている。

 態度の変化があからさまというか、これで皇帝の子息とは悲しすぎる。額の左側がズキズキと痛むような気がした。ため息を付きながら、俺は振り返ってジャリヤを指差す。この世界を理解するには補助が必要だ。


「シャーロット、ジャリヤに水でもぶっ掛けて酔いを覚ましてやれ。こいつの話を聞くことにするぞ」

「は、はい……」


 シャーロットは焦った様子でテーブルの上にある銀色のピッチャーを持ち上げる。次の瞬間、ジャリヤの頭の上で彼女はピッチャーをひっくり返して水をぶちまけた。

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