第31話 密です


「さて、勇者様の勝利を祝って――」

「「「かんぱーい!!」」」


 目の前にあるのは豪勢な料理だ。ジャリヤにシャーロット、それに呼べるだけの知り合いを全員呼んで、パーティー騒ぎになっている。テーブルの間をせわしなく行き交っているのはこの店の看板娘――カリン・レッジャーニである。

 そうここはカリンの料理店「地獄の果てまでニルヴァーナ」だ。名前にはまだ納得できていない。だが、それよりも納得できていないことが俺にはあった。


「おい、俺は決闘に勝ったわけじゃないぞ」

「そんなぁ~細かいことは良いじゃないですかぁ~最強の呪術師に喧嘩を売って生きて帰れたんですからあ、勝ったも同然でしょぅ?」


 ジャリヤはそう言いながらこちらに寄っかかってきた。酒臭い上にテーブルの上にはいつも通りという感じでサソリの殻が積み上がっている。それにしてもいつの間に注文したのだろう?

 彼女は更に腕を絡めてきた。せっかくのAPPが絡み方で台無しである。


「酒臭いから近づくんじゃねえよ」

「え~勇者様も飲みましょうよ~」

「俺は未成年だから飲めないんだよ。残念だったな」

「え~この国に未成年飲酒を禁じる法は無いですよぉ~」

「うるせえ、密です、ソーシャル・ディスタンス。とりあえず離れろつってんだよ」


 適当にあしらってジャリヤを押し返す。彼女は不承不承といった様子ではあったが自分の席に収まっていった。

 他のテーブルに目を向けるとイルハームとシャーロットが神妙な顔で料理を口にしていた。ただ事ではない雰囲気だ。食が進んでいる様子もない。一体何事だろうと彼らの周りを見ても、それに気づいている他の人間は居なかった。面倒ながらも好奇心が興味を駆って、俺は彼らの元へと近づいていった。


「これがカリンの新商品なんだってな?」

「うん、冷たいですわ。いうて、冷たい」


 シャーロットはスープを口にして、そういった。どうやら湯気が立っていないあたり冷製スープっぽそうだ。良くみると奥の方の厨房からカリンの期待のこもった視線が二人に投げかけられていた。 

 「食レポ下手すぎかよ」と言いたくなるのを抑え込む。碌な感想が出てこないなどと言えば、作ったほうが落胆してしまう。理由わけもなく人を悲しませるほど自分は腐ってない……と思いたい。


「うん、ほうれん草の味がしますね」

「そりゃ、ほうれん草のミルクスープだしな」

「シャーロット嬢、もしかして食レポ下――」

「おっと、二人共失礼するぞ」


 イルハームの話を遮るように間に入り込む。取皿に幾つかサソリを取って、また彼らから離れる。何故予想通りの言動をするのだろうか。

 そういえば、このパーティー騒ぎのお代は誰が払うことになっているのだろうか。ジャリヤに目をやると彼女は完全に酔い潰れてテーブルに突っ伏してしまっている。訊くなら奥の方に座っているルートヴィヒが妥当だろうか?

 俺は静かにコーヒーを啜っている武器屋の店主の隣に座る。


「なあ、これの代金って誰持ちなんだ?」

「勇敢な人は私に支払わないか?」

「は? 俺は一文無しだぞ」

「ビジネスが私に支払わせるかどうか それは悪いか?それらにジャリヤの分を払わせさえしなさい。法廷の人?」

「おいおい、裁判沙汰にすることかよ」

「私はレストランの借金を踏み倒し、それは鱈である。」

「払えるもんなら払ってるんだけどなあ」


 俺がそういった瞬間、それまで酔い潰れていたはずのジャリヤが顔を上げて驚いたような表情をした。


「えぇ~↑? 勇者様が払ってくれるんじゃないんでしゅかぁ~!?」

「てめえ、ふざけんなよ……」

「私も一文無しですよぉ」

「魔術ATMとやらの金はどうした?」

「足りないですよ~きっと。冒険者なんですし、定期的に給料が振り込まれるわけじゃあるまいし、常に枯渇してるんです」

「現実が第四の壁を貫いて背中を追いかけてくるな。悲しくなってくる」


 誰がこんなリアルなファンタジーヒロインを見たくなるだろうか。嫌になってくるが、それよりも重要なことは金欠の状態でこの宴会が開かれたということだ。シャーロットも払えなさそうだし、このままでは無銭飲食になってしまう。

 テーブルの間を行き交っていたはずのカリンがいつの間にかこちらを睨んで来ていた。どうやらバレたらしい。


「どうにか金を調達できないのか」

「そう言われても……大賢者にでも訊いてみたらどうです?」

「生憎、俺は爆死したくないんでね。自分で掛けてもらえるか?」


 懐から魔導通信用のカードを取り出してジャリヤに手渡す。彼女は満更でもない顔で肩をすくめながら、そのカードを受け取った。


「じゃあ、大賢者には“勇者様が下着の色を訊いてたので答えては如何でしょう?”とでも伝えておきますね」

「おい、今の話の何処でそういう理解になるんだよ」

「はて、通訳魔法の故障だったりして」

「わざとだろうが!」


 魔導通信カードをひったくろうと手を伸ばすもジャリヤはそれを掲げて取らせようとしない。これほど異性のモデル体型が憎たらしいと思ったことはないだろう。してやったりという得意顔である。

 本当にAPPだけの性格がひん曲がった奴だ。いよいよぶん殴ってやっても良いんじゃないか? 魔法で勝手に回復するやつなんだぞ?

 ――そう思ってげんこつ(北痘神ではない)を振り上げたところでレストランの入り口が勢いよく開いた。パーティー騒ぎが沈黙に一瞬で変わった。それはただ単に入り口が勢いよく開いただけではなく、その先にフードを被った人間が倒れていたからであった。

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