第30話 答え合わせだ
揺れは徐々に大きくなり、周りにある本棚までガタガタと震えだした。立つのも難しい揺れにナティアは悪態をついていた。
「くそっ、どうしていきなりダンジョンが崩壊しだすんや!」
俺はゆっくりと顔を上げて、紫色の髪を揺らすナティアの方に真っ直ぐ視線を向ける。二重の像が目の前で未だにゆらゆらと揺れていた。
「答え合わせと行こうか。ジャリヤ、ダンジョンの消滅条件は何だった」
「それは、モンスターを倒してVPを上げて、規定点数に達した時に消滅するようになっていますけど……」
「でも、今までモンスターなんか1体も居ませんでしたわ」
シャーロットが反論する。確かにナティアと砂利、シャーロットが周りの本棚を破壊しただけに見える。そう、それに気づいていなければ。
「このダンジョン内に他のモンスターが居たか?」
「それは……」
「よく考えてみろ。魔王がダンジョンを作るなら、そこにモンスターを置かないわけがない。なら、モンスターは本棚自体、或いはその間に潜んでいたはずだ」
「まさか……!!」
ナティアが背後を振り返る。
一見、打ち壊された本棚の残骸にも見える。しかし、その中には血の滲んだものや肉片のようなものも混ざっていた。
「ナティア、お前が暴れるのを利用してモンスターを駆除していたんだよ。おかげでこのダンジョンの規定点数に達して、崩壊が始まった」
「なるほど、“災害は偶然の産物ではありません。何らかの連鎖的な出来事の結果です。大惨事はなぜ起きてしまったのか。その答えは、この衝撃の瞬間に隠されています”ってわけですね!」
なんか少し違う気もするが、指摘するような無粋なことは今はしない。
ナティアは顔だけ向けて、こちらを睨みつけるように見てきた。両手には握りしめた拳、怒り肩が彼女の感情をはっきりと表していた。だが、彼女は激昂したりはしない。息を荒げながらも感情を飲み込んで、ダンジョンを見回した。
「このままだと、ダンジョンに取り残されるで」
「そっちの方がお前にとっては好都合じゃないか?」
「そうともいかないみたいや」
「ふむ」
「ここはダンジョン最奥部、今から走っても出口に到着するのは完全消滅ギリギリやし、それに――」
ナティアは顔を出口側に戻した。その視線の先には幾つものモンスターが現れている。見たこともない異形の数々を見たヤン・セツガザキは1d2/1d6のSANチェックです――とか言っている場合ではない状況だった。
「まともにやりあえば時間は無くなる。どうだ、協力して脱出するというのは」
「ふん、決闘相手と何で協力なんか……!」
「じゃあ、仲良く一緒にダンジョンの中で消滅に巻き込まれるか? 長官だか何だか知らねえが、朝刊にでも載って辺境貴族に死に様を嘲笑われたいんなら好きにすればいい」
「んぐぐぐぐ……!」
ナティアを待っている時間は無かった。俺は出口側へと歩き出していた。彼女が選択しようが、しまいがこんなところで野垂れ死ぬわけにはいかない。
「分かった、分かった。協力すれば良いんだろ?」
「それならこちら側も手出しはしない。脱出出来ればいい」
四人で出口側へと全力疾走する。出てきた怪物の数々をちぎっては投げ、ちぎっては投げして走る。シャーロットは剣術で、ジャリヤは魔法で、ナティアは呪術でモンスターを対処していた。俺はただただ出口へ向かって走る。余計なことをすれば面倒が増えるだけだ。
「そういえば」
ナティアがこちらに振り向いて思い出したように呟く。彼女の目の前の怪物は黒いもやに包まれて、体を引き裂かれて後方に飛ばされていく。
「ウチに勝ったら訊きたいことがあるって言ってたけど、その訊きたいことってなんだったん?」
「通訳者連盟についてだ」
「
一瞬、怪訝そうな顔をしたナティアはすぐに表情を戻した。背後に切り飛ばされたモンスターの残骸がまた落ちてゆく。
「やはり知っているようだな」
「まあ、人の上に立ってると聞きたいことも聞きたくないことも耳に入ってくるやろ? ウチが知ってるのはそういったレベルの話だけど」
「そうかよ」
やっとのことで出口に到達するとそれは閉じかけていた。人数人分がギリギリ通れるような大きさの出口から四人で飛び出す。地面を転がりながら出てきた俺達をダンジョン・アシストの役人たちが奇妙そうに見つめる。
ジャリヤは天を仰ぎながら大きなため息をついた。
「あーもう、死ぬかと思いましたよ……」
「それで、決闘は結局どういう感じになったんですの?」
「えっと、それはな……」
シャーロットの疑問に答えようとナティアは考える顔になる。正直俺は決闘なんて最初からどうでも良かったのだが。
「なんか、違うから今回は引き分けということにしておいてやるわ」
「決闘に引き分けとかあるのか」
「ないけど……」
ナティアもジャリヤのように空を見上げた。
「……
「一時休戦ってところか」
ナティアはこくりに頷く。俺はそれを見てこの先どうすべきかを考えていた。
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