第27話 ジョージア? 知らねえな


 ダンジョン、と言われて思い浮かぶのは石だらけの壁だろう。石が無造作に積まれているのか、それとも輝くほどに磨かれているのかに限らず石造りであることには変わりない。それがもし、古風な図書館の出で立ちだったらどう思うだろうか。


「しけてんなあ……」


 心からそう思っていた。もっと危険そうな雰囲気のダンジョンの中でモンスターと殴り合うのかと思っていたが、実情はそうではなかった。

 目の前に広がるのはシックな本棚に入った装丁の整った本の数々だ。床にはワインレッドに金の刺繍が施されたカーペットが広がっており、大きな窓からは陽光が差し込んでいる。状況はダンジョンの普通のイメージとは全く合わないものだった。


「ああいうダンジョンは時代遅れなんですよ」

「時代遅れだぁ?」


 ジャリヤは左右を警戒しながら俺達を先導していた。本棚の間を一々チェックしながら、疑問に満ちた俺の声に振り返った。ブロンドのツーサイドアップが陽光を反射しながら振れる。


「確かに勇者様の言う通り、昔のダンジョンは整備もされてないような石だらけの洞窟のようなところでした。でも、時が経つにつれてダンジョンはその姿を変化させていったんです」

「何でそんな面倒なことをわざわざ?」

「迷い込んだ人間をダンジョンに閉じ込めて、脱出できなくするためですね。人間社会の施設や風景と良く似た場所を作り出して延々と繰り返し続ける。そのうち中に居る人間は気が触れて元の世界に戻れなくなるんですよ」

「そりゃ、恐ろしいことだな」


 しかし、そうなってくるともう一つ疑問が浮かんでくる。ひたすら延々と続く本棚の間を歩き続けているのは何故なのかという問題だ。まさか、気が触れるためにダンジョンに来たわけではあるまい。

 今度は横を歩くシャーロットに顔を向ける。


「俺達はどこに向かってんだ?」

「特に目的地は無いですわ。ダンジョンはモンスターを倒すことでVPを溜めると自動的に消滅する仕組みになっていますの」

「なるほど、そのモンスターとやらを探しているわけだ」


 延々と続く似たような風景を見ていると頭がおかしくなりそうになる。本棚に入った書物を見ても、そこにあるのはもはやオルチキ文字を拷問したような文字でもなく全く読めないミミズ字であった。適当な一冊を取って、開いてみるもその中に見覚えのあるような文字はなかった。用も無くなったとばかりにその本を豪快に背後に投げ捨てた。


「本もこれだけあれば、下剋上の必要もないってか」

「だからって、投げることは無いですわ……

「まあ、ここにあるのは本のようで本じゃない何かですし、そもそもダンジョンが消滅すれば消えて無くなってしまう代物ですし」

「ひぎゃあっ!?」


 ごすん。

 耳を抱えそうになる悲鳴とともに何かと本がぶつかるような音がした。同時に本が大量に落ちてくる音もだ。ジャリヤはこちらに振り向き、シャーロットは剣の鞘に手を掛ける。だが、俺にはその無様な悲鳴が敵のものだとは思えなかった。


「この本棚の後ろから聞こえたな」

「勇者様、独断専行はいけませんよ。ここは私が……」


 ジャリヤが無い胸を張ってこちらに歩んでくる前に俺とシャーロットはそれを無視して本棚の後ろに回っていた。大量の本に埋もれていたのは薄紫色の髪をした少女だった。高級そうな碧のブレザーを身にまとっているがうつ伏せのままで倒れているので顔は伺えない。


「モンスターなんかじゃなくて、人だな」

「倒れてますわね」

「関わるのも面倒だし、ほっとくか?」

「死んだんじゃないの〜?」


 ジャリヤは後ろからにっこり笑顔でとんでもない暴言を吐く。シャーロットはそんな彼女の言葉を呆れ顔で聞いていた。


「魔物を倒すためにダンジョンに入って、手違いで人間をぶっ致命的他動詞ころがしたとか冗談じゃねえぞ」

「いやあ、悲しいですね。勇者様がこんなサイコパスだったとは知りませんでした……」

「は?」

「責任を全部勇者様に押し付けて私は一人で故郷に帰って、ふへへ……」

「本音が声に漏れてるぞ、金髪アホ女が」


 そんな俺達のやりとりをよそにシャーロットは紫髪の少女を本の下から救い出していた。紫色の髪はウェーブロングで、蒼いブレザー 灰色の三白眼がこちらを恨めしそうに睨みつけていた。


「自分ら、誰を本の下敷きにしたんか分かっとるんやろなあ?」

「知らん、お前は誰だ」

「馬鹿にしてるんか!!」

「あいにく、俺らにはお前の二分間憎悪を聞いてる暇はないからな。端的に言って面倒臭い。用があるならさっさと済ませろ」


 紫色のエセ関西弁少女は怒りを表すにふさわしい言葉がないのか思えるほどに口の開け閉めを繰り返していた。肩も小刻みに震えている。口調がつい荒くなってしまうのが癖とはいえ、少し言い過ぎただろうか?

 バツが悪くなって視線をそらしていると紫髪の少女は顔を真赤にしてこちらを指差してきた。


「王立図書館統合管理長官 ナティア・クヴァラツヘリアを怒らせた罪は血で贖ってもらうで……決闘しな!!」

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