第26話 つまり、ワガママロースペックってわけだな!


 アンテールとの戦闘から一夜明けた翌日、俺は頭を擦りながら目の前の少女を睨みつけていた。荒州砂利屋、人を起床させる度に怪我をさせるという人間だ。そもそも時刻を伝えてくれれば自分で起きるというのにわざわざ起こしに来てドアとドア、そしてドア、またヤン・セツガザキ少年の体を破壊しに来るのだから困ったものである。


「今度はどうしてこうなったんやら……」


 多少は魔法にまつわる本を読んで勉強し、寝室のドアを頑強でロック可能なものへと作り変えたと思えばジャリヤは難なくドアを焼き切ってきたのであった。倒れてきた分厚いドアに巻き込まれて死にかけたが、ジャリヤの治癒魔法によって元通り体に異常はない。ただ、衝撃を受けた精神的なダメージはそう簡単には回復しない。


「やっぱり、ダンジョンに行かなければいけません!」

「人をぶっ倒しておいて良く鍛錬に行く気になるな……」

「勇者様は素質があるから良いですけど、私やシャーロットはまだまだです。勇者様にも立ち回りを覚えて貰う必要がありますし、やはり行かなければなりません」

「くっそ面倒くせえんだが」

「嫌です! 嫌です! 行くんです!!」


 ジャリヤはらしくもなく小さい地団駄を踏み始める。呆れてため息が出た。一体、この異世界での生活でどれだけため息を吐けば良いのだろうか。魔王が倒されている頃にはこの世界が窒素に包まれて、全員窒息死するのではないだろうか。それでは本末転倒である。どうか全人類は私にため息を付かせないように頑張っていただきたいところだ。


「ワガママロースペックってわけだな……」

「くっ、なんてことだ……!? 僕のサブカルデータにはないぞ――!? 私に届くくらいの作品になって下さい! 流行れオラァ!!」

「お前、データキャラやめちまえ! てか、毎回だが作品と製作者に謝罪しろ!!」


 くだらない話をしているうちにも時間は残酷に過ぎてゆく。もう一人のパーティーメンバー、シャーロットは半目でこちらのやり取りを見ていた。


「まあ、戦闘に慣れておくってのは重要ですわ、勇者様」

「そこのザコを鍛え上げる必要があるってのは自分で言ってたわけだしな」

「ザコじゃないですけど!」

「その貧相な胸も戦闘しているうちに肉がついてくるだろうし」

「ロリじゃないですけど!!」


 ジャリヤが悲鳴のような声を上げる。俺はそれを無視して以前用意されていた防具と武器を取った。手にとった剣は光を受けて、白銀の輝きを返す。素人目に見ても悪い剣ではないと思える代物だった。重さも適切で、剣など持ったことのない自分でも手に馴染む感触がある。あとは使いこなす経験さえあれば魔物に自信を持って振り回すことが出来るだろう。


「むっ、今回はしっかり調べたので特定ダンジョンには当たらないはずです」

「そりゃ安心だな」


 ジャリヤは手を伸ばしてくるくる回転しながら装備屋を出ていく。今日の服装は前回とは異なり、プラムカラーのカシュクールワンピースを着ている。回るたびに裾が舞い上がって可愛らしいがその服装で戦闘が出来るのだろうか。まあ、シャーロットとは違い彼女は魔法中心の戦闘スタイルを取っている。動きやすさはあまり関係ないのかも知れない。

 彼女の腰のベルトには地図などの紙が大量に挟まっていた。どうやら本当にしっかり調べてきたらしい。ジャリヤの後を追うようにシャーロット共にゆったりと装備屋から出ていった。

 シャーロットはいつも通りの鎧だ。やはり着痩せしていると思って興味深く見ていると彼女は怪訝そうに目を細めてこちらを見てきた。


「と、取り敢えず、俺とシャーロットを主力として前衛に、魔法に長けたジャリヤをサポートとして後方においたら良いだろうな」

「まあ、剣士が後方に居る意味は無いですわね」

「パーティー追い出し系みたいな扱いを受けている貧乳わたしはどうすりゃいいですか?」

「まず、タイトルで遊ぶのをやめるんだ、分かったか?」

「分かりませんね~」


 そう答えるとジャリヤは楽しそうに回転しながら、先に行ってしまった。ゆったりと行くシャーロットと俺との距離はどんどん開いていく。


「なんかやけに上機嫌じゃねえか」

「確かにそうですわね。理由は分かりませんけれど、何か良いことでもあったのかしら……」

「ん…… そうかもな」


 楽しそうなジャリヤの姿を見ていても答えは出なかった。ただ、陰鬱な人間と共に鍛錬をするよりかは楽しそうな明るい奴と共に居たほうが俺にとっては気が紛れる。相対する人間が快いほうが良いのは陰キャだろうが、陽キャだろうが変わりないことだろう。

 暫くすると石造りの道と建造物に挟まれた中世的風景の先に前見たダンジョンの入口と似たような紫色の煙と蠢く闇が見えた。前回と同じように街は緊張に包まれ、外に出ている市民は居ない。窓はすべて閉じられ、まるで寂れたシャッター街のようだ。


「さあ、行きますよ」


 ジャリヤがこちらに振り返って人差し指を立てながら言う。何かに挑むような彼女の表情に気を引き締めさせられる。初めてのダンジョンなだけあって、そのリアルさに緊張を止められなかった。

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