第25話 I'll be back......
「は……あ?」
アルセンの牙城から装備屋に帰ってくるといきなり目の前に理解できない状況が広がっていた。店のど真ん中にこたつがおいてあるのだ。お見舞いに行っていたはずのジャリヤ、休養中のシャーロット、そして挙句の果てには店主までがそこに座って暖を取っていた。
「あっ、勇者様じゃないですか~ほらほら、こたつですよ! 私の前が空いているので是非どうぞ!」
「何で、ファンタジー世界にこたつが存在するのか訊くのは許されるのだろうか」
「ジャリヤが魔法で作ってくれたんですわよ。とっても温かいですわ~」
そう言いながらシャーロットは溶けるように机に上半身をへたり込ませた。意外と魔法は何にでも使えるらしい。この世界で一番ご都合主義なのは魔法の存在なのかもしれない。
ツッコミもほどほどにしておこう、寿命が縮みそうだ――そう思いながら気を落ち着けてジャリヤの向こう側から足を入れる。熱が冷えた足先を包む。俺も机に溶けてしまいそうになったが、状況はそれを許さなかった。
「実はみかんもあるので」
「何でファンタジー世界にみかんがあるんだよ!?」
「は? もしかしてじゃがいも警察の親戚ですか、勇者様?」
「いや、そうじゃねえけどさ。ここ異世界じゃねえのかよ!?」
「今更そんな話を……アンダーソン君、きみには失望したよ」
「青い薬をさっさと寄越せ!!!!!!」
どこぞの映画のワンシーンを思い出す。赤い薬を飲めばこの世界に残れるが、青い薬を飲めば元の世界へ戻れる……という話だったはず。俺に関していえば不思議の国に留まる必要はなかった。むしろ、兎の穴など埋めてしまいたいほどだ。
ルートヴィヒの方に目を向けると彼は溶け切って机から落ちそうになっていた。彼は親指を立てながらこたつの向こうに沈んでいった。涙なしには見れないシーンが脳裏に想起されるが、このカオスな環境で泣くのは混乱が極まったときだけだろう。ルートヴィヒは気持ちよさの中に沈み込むように呻いて、最後の言葉を言った。
「Just kotatsu……」
「OK」
ジャリヤが必死に首を縦に振って答えてきた。理由は分からないが、今にもこの三人がバグりそうな気がしてきた。ベッドの向こう側に不自然に小さい魔導エアコンなんかが設置されてたりすれば完璧である。1400行の無意味なグリッチテキストを吐いて死ぬしかなくなる。
今度はシャーロットの方に目を向けてみる。相変わらずとろけきった顔でこたつを享受しているようだった。
「お前、大事を取って休養するって話じゃなかったのかよ」
「こたつでぬくぬくすることは休養ではなくて?」
「……ん、まあ、そうかもしれないが」
割と正論な事実に口ごもってしまう。こたつで団欒するのも悪くはないし、シャーロットにはゆったり休んでもらいたい。ベッドに縛り付けるのも可哀想だ。俺が病弱なだけあって、体調を崩した時の退屈さは良くわかる。シャーロットはとろけた顔のまま、こちらに向いて柔和な笑顔をみせてきた。まるでスライムだが、可愛らしくも思えてくる。
「それにしても、勇者様は律儀ですわね。わざわざ大賢者様の元までお礼に行くだなんて」
「確かに! こんなに口が悪い癖してそういうところだけはしっかりしていますねえ!」
「一言多いんだよ、お前は。圧縮して東京湾に沈めるぞ」
ジャリヤもシャーロットもこちらを見ながらくすくす笑っていた。冗談しか言えない異世界女子の相手は疲れる。卓上にあったみかんを一つ取りながら、首を回すなどして力を抜く。そんなことをしていると店の出入り口が開き、ドアベルが鳴った。客が来たのだろうかと思って振り返るとそこに居たのはイルハームだった。
「おっと、お兄さんたちお揃いだったか。こんにちはっと」
重そうな荷物を下ろし、イルハームはこちらに向き直る。人受けの良さそうな笑顔に悪印象は全く無い。どうやら、定期的な商品の配達か何からしく、ルートヴィヒの許可も受けずに店の奥の方に行ってしまった。
「あの人、誰ですの?」
「イルハーム・ビン・アブドゥッラー・アッサイード、東方から来たポーション売りらしい」
「えっ」
名前を聞いただけでジャリヤは目を剥いて驚いていた。シャーロットも彼女の雰囲気の変化に気づいたようで不思議そうにその顔を見ていた。
「なんかあいつについて知ってることが?」
「いえ、東方商人イルハームといえば有名ですよ」
「ん……? 悪い商人だったりするのか?」
「いや、それが昔に彼は裏市場を潰したって噂が」
「ああ、潰したぜ!」
「「!!!!!!!!!!」」
後ろ側からの肯定の声はいきなり過ぎた。俺とジャリヤは一緒に振り向きながら飛び上がって驚いてしまった。
「商業ルートを使って裏商人を軒並み飢えさせてたら、いつの間にか裏市場が壊滅してたんだ。いやあ、身の程知らずの商人ってのは市場の平和をぶっ壊しちまうからなあ」
「そんなニコニコしながら言う話じゃないと思うんですけど……!」
「いやあ、路地裏で裏商人たちが倒れまくってるのを見た時は壮観だったなあ」
「何だこいつ、サイコパスか……」
「ヤバい人ですの……」
イルハームはそんな俺達の言葉も気にせず、仕事が終わったとばかり扉を開けて出ていってしまった。俺たちは怯えたままイルハームの帰りを見送ることしかできなかった。
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