第24話 過去の行き違い
テーブルの上にはアンティークなティーセットが並んでいる。俺と目の前のオッドアイの少女の手前には紅茶が置かれていた。俺らしくは無いと思いながらも、彼女の前にいる理由は事情の説明と感謝だ。ジャリヤも連れてこようとしたが、彼女はシャーロットの見舞いに行ってしまった。アンテールに投げ飛ばされた彼女の傷はすぐに回復したが、数日は様子をみて休むということらしい。
目の前の少女――カトリーナ・アルセンは髪をたくし上げながら、呆れた顔でこちらを見てきた。
「めちゃくちゃね」
「何がだよ?」
「あなたの魔法よ。いい? 魔法ってのは思いつきだったり、偶然で出来るようなものじゃなくて適正と理論への理解があってこそ出来るようなことなのよ?」
「ん…… 良く分かんねえけど適正が高かったんじゃないか?」
アルセンは大きなため息をついた。俺はそんな会話を脇において、彼女の前に紙袋と取り出した。アルセンはそれに興味が惹かれたようで机の上に身体を乗り出して、首を傾げながら見ていた。
「こいつはちょっとしたお礼だ」
「なんか…… あなたらしくない気がしてきたわ」
「何でだよ、バタークッキー好きなんだろ?」
紙袋の中にはクッキーの詰め合わせがあった。ここに来る前日の内にカリンの店に寄って大急ぎで用意してもらった。そんな紙袋を受け取りながら、アルセンは中身をさっそく確認する。一口サイズの可愛らしいクッキーを口の中に放り込んだ。
「まさか、全員無事とはな。大賢者の名は伊達じゃないな」
「そりゃあ、そうよ。空から落ちてくる十数人くらい何でも無いわ」
アルセンは誇らしげに胸を張る。
地上に落ちていった十数人の農民は無事、アルセンの魔導ネットによってキャッチされていた。身体に一つも傷を負わなかったのは奇跡的だった。しかし、それを喜ぶと同時に一つの疑問が浮かんでいた。
「アルセン、正直に答えてほしいんだが」
「何? いきなり改まって?」
「上半身が裸で、肩に特徴的な傷を付けた奴が落ちてきてたりしないか?」
「誰よ、その変態……?」
アルセンは怪訝そうな顔でこちらを見る。こちらも冗談でないことを示すために見つめ返す。彼女は調子を崩されたように視線をそらした。
「居なかったわよ、そんな人」
「……本当か? しっかり調べたんだろうな?」
「見落としなんてありえないわ。人が落ちてきたことを報告された時に人数が正確に分からなかったから魔法で位置と数を特定してからネットを張ったんだもの」
「うむ……」
AMSの爆破で吹き飛ばされたアンテールはそのまま地上に落ちているはずだった。だが、その屍も見つかってなければネットに包まれて無事というわけでもない。如何にも理解し難い状況だった。
「地方総監部の前で戦ったのがそいつだったんだ。地上に落ちていったはずなんだが、見つかってないってことは……」
「AMSで肩代わりするレベルの魔法負荷を脳に流し込まれたら、普通の人間なら体が無事でも廃人だけど、私の捜索区域外に出たってことは空を飛べるだけの意識はあったってことよね」
「あいつ――アンテールはただ翻訳魔法を望む人々全てを滅ぼすことが目的だと言っていた」
「……そう。まあ、根性でAMSの逆流魔法負荷に耐えられたとしても無傷で帰ってはないと思うわ。今回の戦闘と同程度の動きが出来るとは考えられない」
アルセンはそう言いながら、頭に手を当てて手元の書類を確認していた。恐らく、落ちてきた市民のリストなのだろう。彼女の仕草は何か隠しているような雰囲気をまとっていた。
「まだ何か言ってないことがあるんじゃないか?」
「……何でもお見通しってわけね」
「まあな」
アルセンはしょうがないという顔でこちらを見てくる。紅茶を一口飲むと瞑目しながら口を開いた。
「アンテール、というのは偽名よ」
「何だと?」
「レオン・アルヴァレス・クラウディオ、それが彼の本当の名前。辺境諸島領の領主の一人息子よ」
「ん…… やけに詳しいな」
「そうね、私の幼馴染だから」
声色は静寂に消え入るようだった。何か酷い事実を押し付けられたようにアルセンの顔は落ち込んでいた。
「彼は子供の頃からずっと語学をしていたの。私は親に貴族の教養として押し付けられて勉強しているんだと思って、彼を可哀想に思ったの。そんな日々の中、彼は突然姿を消した。私は優しくて、教養も十分だった彼が街から去ったのはこの世界に通じ合え無い言語があるからだと思ったの。だから、魔術師になって翻訳魔法を大成させようとした。彼が戻る日を待ち望みながら」
「それは……」
「ええ、どうやら間違いだったみたい。多分、様々な言語が話されているこの世界を夢想して、社会に足を踏み入れたけど安価な翻訳魔法のせいでどの人間も彼の母語を話してきたんでしょうね。相手の母語が直接聞けないこの世界に彼は絶望して、そうして
アルセンは俯いて目を細める。俺はそんな彼女に何も声を掛けられなかった。彼女はため息を一つ付くと立ち上がって、ドアノブに手を掛けた。
「バタークッキー、美味しかったわ。」
「……そりゃどうも」
「次、彼が出てきたら、ちゃんと私に教えてよね」
「何故だ?」
アルセンはこちらに振り返って今までにないような真面目な表情でこちらを見た。
「彼は、私が始末するから」
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