第23話 AMSから、光が逆流する……!


「分かりました! あれはAMSです!!」


 ジャリヤはアンテールの肩についている防具を指差して叫んだ。


「何だそれ?」

自動魔法制御系統Automatic Magic Systemの略で、魔法杖のような魔法を補助する魔法具の一種です。魔法は基本的に人間の意識に志向性のある現前の世界観の中で志向性に影響を与えることで、本質の一部を意識の中で現前として利用可能な形態に現す術なのですが、どのような魔法でも意識に影響を与えるために主体に対して負荷を与えてしま――」

「長い、一行で説明してくれ」

「AMSは通常の魔導師であれば脳が焼ききれるレベルの魔法負荷を肩代わりして、強力な魔法を発動できるようにする器具ですわ。初めてみましたけど、あんな形をしているんですわね……」

「奴を倒すにはまず、AMSを破壊する必要があるでしょうね」

「まあ、ただでは破壊させてくれないだろうな」


 アンテールは手を合わせ、何かを小声で念じていた。その手をこちらに向けるとリロードのような音が聞こえた。同時にジャリヤがシールドを俺の前に展開した。瞬間、機銃の銃撃音がシールドを叩いた。


「シャーロット! 物陰へ隠れて下さい!」

「そうはさせません」


 アンテールの手はシャーロットへ向く。シャーロットは向かってくる銃弾を弾いているのか剣を目にも留まらぬ早さで振りながら後退していた。

 ジャリヤはそのうちに俺を引っ張って物陰に隠れる。彼女の額には汗が見えていた。相当に焦っているようだ。


「機銃掃射と来るとは面倒なことになりましたね……」

「ファンタジー世界に機銃を登場させるとは不埒なやつだ」

「勇者様は冗談が言えなくなると死ぬんですか……? シャーロットとも分断されましたし、このままでは相手の位置も確認できません」

「さっきのシールド出しながら、接近戦は出来ないか?」

「難しいですね、シールドは受ける攻撃の強度がそのままMPの消費になるので。機銃を全部受けながら接近するなら、一発で仕留められなければ私のMPが切れて全滅です」

「そりゃ最悪の状況だな」


 吐き捨てるように言うと、一歩づつこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。ゆっくりと、まるで獲物を追い詰めるような足音だ。射程に入った瞬間、ジャリヤはシールドを展開するしか無かった。彼女の額から頬へ汗が一筋に伝う。MPが急激に消費されているのだろう。後退しながら次の物陰へと下がろうとしたが彼我の距離が近すぎて隠れようが無かった。シールドを叩きつける銃弾の音が耳に痛い。


「AMSの装備を見破ったのはお見事でした。しかし、それだけではデータ不足でしょう。敵のMP、扱う魔法の種類などが分かっていなければ戦闘が上手く運ぶわけがありません」

「そうかもな……」

「分かっているのなら、大人しく撃破されて下さい。あなた達二人に反撃の可能性は万一にもありません」

「ああ、


 思わず顔がニヤけてしまう。目の前の敵は優等生だ。だが、逆に言うとだった。周りが見えていない教条に従って杓子定規に戦う「排除装置」でしかない。

 そんなアンテールはシャーロットの不意打ちに気付くことは出来なかった。


「なっ、まさかっ――があああっ!?」


 シャーロットの剣に斬られたアンテールは斬撃の衝撃に耐えきれず吹き飛ばされる。砂埃を巻き上げて地面を転がりながら、静止した。ジャリヤはこの展開を予想できなかったのか、唖然としたまま倒れたアンテールを見つめていた。


「くっ……プランD、いわゆるピンチですね」

「ピンチでもねえよ、もう終わりだ」

「そうですよ。大人しくお縄に付いてください!!」


 ジャリヤの決め台詞にアンテールは血まみれの顔を上げて答えた。その顔はそれまでのアンニュイな表情から完全に変わり、恨めしさを丸出しにしてこちらを睨みつけていた。


「はぁ……はぁ……勇者は良いですよね。倒せば全部悪者、だから気に入らない人間には誰にだって刃を向ける。キンキンキンキンキン! 俺が法レークス・スム俺が正義ユースティティア・スムってところですか?」

「お前こそどうなんだ。自分の言語で物事を伝えて欲しいと願う人々を潰すのが正義だってのか?」

「さあ、どうでしょう。私の目的はただ翻訳魔法を望む人々全てを滅ぼすことですから、そのためなら私の命だって投げ捨てる覚悟があるのです」


 アンテールは肩のAMSに血まみれの手を当てる。


「何だ……?」

流動限界突破キャピラリー・バリア・ブレイク!! さあ、クライマックスといきましょう!!」


 アンテールの叫びに呼応するようにAMSに付いているインペリアルトパーズのような宝石は強い光を放つようになる。アンテールは手を一振りするとシャーロットが吹き飛ばされた。彼女は建物の壁にめり込みそのまま気絶してしまった。今度は俺がジャリヤを引っ張って物陰に避難する。


「おいおい、何が起こってるんだ!?」

流動限界突破キャピラリー・バリア・ブレイク……AMSの緊急補助機能です! 体内のMP循環の速度を上げて詠唱速度と効果を強化する機能ですが……」

「なんだ、全部言え!」

「あれは回復不可能な障害を負う可能性がある機能です。AMSだけでも身体に悪いっていうのに……相手は本気ですね」

「ちっ……」


 物陰から出るギリギリのラインで耳を澄ます。アンテールの位置を音で認識する。


「ジャリヤ、もう一回シールドを展開しろ! 奴に接近して、とどめを刺す」

「も、もうMPは残り僅かです。失敗すれば――」

「俺を信じろ!」


 あまりの剣幕にジャリヤはそれ以上反論することなく頷く。指でタイミングを合わせて、物陰から飛び出した。


「残念ですが、もう不意打ちの名手シャーロットは居ません!! 二人共、ここで滅びて下さい!!!!」

「そうはいくか!!」


 ジャリヤのシールドに射線が向いた瞬間、飛び出してアンテールに飛びつく。狙いはそう――AMS、それ自体だった。AMSに触れた瞬間にステータス魔法をコピーした時の感覚を思い出す。完全に思いつきだったが、これしか方法は無かった。


「魔法を引き抜くことが出来るなら、押し込むことも出来るはずだ! 喰らえ、クソ野郎が!!!!」


 アンテールは体勢を崩しながら、焦った様子でAMSを確認する。当のAMSは黄土色に変色し、光を帯び始めた。俺の手からAMSを伝って、アンテールの流動限界突破キャピラリー・バリア・ブレイクで開ききったMP循環路から彼の脳内へと機銃魔法の甚大な魔導負荷が流れ込む。瞬間の流動にアンテールの防御は間に合わなかった。


「AMSから、光が逆流する……! ギャァァァァァァァッ!!」


 光が直視できないほどに強くなった瞬間、俺はジャリヤのシールドの後ろに隠れる。肩のAMSは爆破四散し、共にアンテールは地平線の彼方へと吹き飛ばされていった。

 ジャリヤはそんな目の前で起こったことを信じられないという顔で見ていた。



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