第22話 地獄にぶち込まれる楽しみにしておいて下さい!いいですね!
茂みの中から覗き込むようにして錆鼠の冒険者と農民たちの様子を観察する。大きく文字が刻まれた看板の前で、錆鼠の冒険者は農民の行く手を阻むように立ちはだかっていた。一方は冒険者だけあって農民たちと比べると体格の差が顕著だった。冒険者の男はギルドを襲った奴らと同じような筋骨隆々の姿とは違う、細身の上半身を殆ど露出していた。ただ肩にだけ奇妙な防具らしきものが付けられている。肩の辺りに残った傷は印象深い。
男は見下すようにして農民たちを見ていた。
「あなたたちは何故地方総監部に来たのですか」
「我々の村は王国語を話さない民が大勢です。ですから、お触書は我々の言葉で出していただきたいのです! 言葉が分からず、法も分からない我々の村では官吏に捕らえられるものが止まず村の先行きにも関わります!」
「ほう、なるほど……」
男は腕を組みながら納得の仕草をする。表情はアンニュイなままであまり変わらない。しかし、農民たちもそれを見ながら安心の表情を浮かべていた。
「あなたたち村の人間が王国語を話せないなら、通訳者を雇えばいいのではないでしょうか」
横で共に様子を見ていたジャリヤの唸りが聞こえた。錆鼠ともあれば通訳者連盟との繋がりは不可避だ。農民たちは男の言葉を聞いて顔をしかめる。
「村には通訳者を雇うほどの富が無いのです。翻訳魔法を使えるようになれば苦労も減るのですが……」
「そうですか、雇えないのに文句を言いにきたのですか」
「言葉が分からなければお触書の意味もないでしょう。どうかお慈悲のほどよろし――」
「計算終了、敗率は殆ど有りません。
「……は?」
錆鼠の冒険者は防具を付けた方の肩を天に掲げる。防具に埋め込まれたインペリアルトパーズのような宝石が一閃すると強烈な爆風が吹き荒れた。悲鳴とともに吹き上げられたのは農民たちだった。一瞬のうちに地平線の彼方へとそのまま吹き飛ばされ、見えない点と化した。
ジャリヤは呆然とそれを見ていたが、焦りながら俺の肩を掴んできた。
「ま、まずいですよ! リゾートの外まで吹き飛ばされれば地面に真っ逆さまです!!」
「くっ……なんて奴だ」
説明する暇もなく持ち歩いていた魔導通信用のカードを取り出す。
「アルセン! 聞こえるか!」
『ふぇっ!? い、いきなりどうしたのよ!?』
「説明は後だ。お前の空中リゾートから人が落ちた。それも飛行石持った女の子一人じゃねえ、農村の民数十人だ!どうにかして無事に着地させるんだ!」
『良く分からないけど、すごい状況ね……帰ったらちゃんと事情、説明しなさいよ! 落ちた人は大賢者に任せておきなさい!』
胸を叩くような音とともに通話は途切れた。心配は未だにあるがアルセンを信じよう。それよりも目の前の横暴を許すことが出来なかった。
「良くも好き勝手してくれたな、クズが……」
「ん? あなたは……」
肩防具の男は茂みから出てきた俺たちを見ながら怪訝そうな顔をする。だが、俺の顔を見た途端に何かに気づいたかのようにアンニュイな顔に戻った。
「自己紹介の必要はありません、あなたは錆鼠の中では懸賞金最大の人間として有名です」
「こちらとしては嬉しくない話だな」
「私はアンテールと呼ばれています。錆鼠が受けた依頼のうち主に排除任務を請け負っています」
「聞いてもねえのに自己紹介とは、自己顕示欲の塊か?」
俺の煽りは、肩防具の男――アンテールには全く効かなかった。依然、アンニュイな顔でこちらを見ながら突っ立っている。その様子が俺の怒りを煽った。
「お前を言語権侵害と殺人未遂でぶっ
「もう少し余韻を楽しみたかったのですが申し訳ありません。あなたの口上は長すぎです。次の仕事があるので早めに終わらせていただきます」
アンテールは農民を吹き飛ばしたのと同じように手を上に掲げる。その表情には全く後悔の色が無かった。淡々とした言葉が更に怒りを煽ったが、同時に危機的状況に陥ったことに気づいた。
「また吹き飛ばされたら、どうにもなりませんわ!!」
「私も風属性魔法は使えませんし……まずいかも」
シャーロットとジャリヤの顔から血の気が引いていた。アンテールの魔法が発動するまでは大した時間はない。いくらシャーロットの剣技でも当たらなければ、少なくとも二人はリゾートの底へと真っ逆さまである。
「だが、そうはさせねえよ」
腰に備え付けていた瓶に手を伸ばす。コルクに噛み付いて外し、中身を飲み干した。瞬間、感覚を失うほどの爆風が俺たちを襲った。吹き飛びかけたジャリヤとシャーロットの腕を乱暴に掴み、引き寄せる。二人共、驚きに満ちた顔で俺を見ていた。
「吹き飛ばされていない……? 一体、何が起きてるんですの?」
「イルハーム印の飛行ポーションだ。下向きに飛び続ければ、42分間は耐えられる」
「なるほど、さすが勇者様です!」
アンテールは目を細めた。手を下げると吹き続けていた爆風が緩まる。下向きに飛び続けていた俺たちは急な変化に対応できず地面に押し付けられた。
「なるほど、プランR、いわゆる
「馬鹿が、そんな生温いもんじゃねえだろうが」
それまでの余裕気な雰囲気は切り替わり、アンテールの視線が俺に刺さる。ここから本当の戦闘が始まるような気がした。
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