第21話 音速で飛ぶドアを避けられる奴は大抵転生者
燦々と煌めく太陽の下、ドラゴンが地面に着地する。俺とジャリヤ、そして本人の希望は無視で半ば連れてこられたシャーロットは空中に浮かぶリゾートに到着していた。ドラゴンの乗り心地のあまりの悪さにぐったりしているのは俺だけで脱衣所の外のベンチで数十分気分の悪さに震えていた。一方、ジャリヤとシャーロットはいつの間にか水着に着替え、楽しげに周りを見渡している。
「大丈夫ですの、勇者様……? まだ顔が青ざめてますわ」
「まさか、あんな叩き起こされ方をした後にドラゴンに載せられるとは思ってもなかったからな……」
今朝の惨劇を想起する。早朝、つっかえ棒を掛けていた戸を開けられなかったジャリヤはひたすらにノックを繰り返していた。彼女にシーツを引っ剥がされることはないと安心して、ゆったりと準備が出来るだろうと思っていた。しかし、つっかえ棒を掛けていた戸は魔法で爆破され、寝ぼけたままのヤン・セツガザキ少年の全身にクリーンヒット。そのまま窓を突き破って地面に叩きつけられたのであった。
地球であれば複雑骨折で全治三ヶ月の重症にでもなっただろうが、ここは剣と魔法のファンタジー世界。ジャリヤがすぐに魔法で傷を直して事なきを得たのであった。
「勇者様が音速で飛んでくるドアを避けられないのが悪いんですよ。異世界から召喚された勇者だったらそれくらい出来るはずです」
「無理言うんじゃねえ!! 死ぬかと思ったんだぞ!?」
「まあ、もしもの時はアンデットに仕立て上げてでも魔王と戦わせるんで大丈夫です」
「全然大丈夫じゃねえ!!!!」
酷い会話に女子二人は笑いながら、看板を見て何処に行こうかと決めているようだった。目の前にはまともなリゾート風景が広がっている。ありえない程の高さのウォータースライダーに、ワインプール、大賢者の潤沢な資金と高度な魔法技術で実現された数々の保養施設が目に入ってくる。頭の隅にアルセンのドヤ顔がちらつくような気がした。
「それにしてもデカイですね……」
ジャリヤは地図を見るのからそっと離脱し、わざわざこちらに寄ってきた。耳打ちで囁く声はくすぐったい。想起されるのはASMR、だが彼女にそんなものをやらせようものなら行き着く先はサソリ咀嚼音だろう。目を覆う結果だ。
「確かにデカイな、あんなウォータースライダーに乗ったら途中で気絶しそうだ」
「違いますよ、こっちです!!」
両手で頭を掴まれ、強制的に視線を変えさせられる。視線の先に居たのはシャーロットだった。そっとジャリヤの視線を確認してみると彼女はシャーロットの胸をジロジロと見ていた。
「犯罪的なデカさですよ、あれは。まな板に対する挑発ですね」
「はぁ……くだらん」
「何がくだらないんですか! これは不平等ですよ。是正するのが正義というもの!」
「しかしまあ、鎧ってのは着痩せするんだな。興味深い」
「今こそ貧乳プロレタリア同志を糾合し貧乳革命党を設立して、巨乳ブルジョワ階級を打倒。貧乳の貧乳による貧乳のための政治を実現するのです!」
「お前、いつまでその話題を続けるつもりなんだよ……」
ジャリヤはクラーク博士像のようなポーズを取り始める。水着の少女が取るポーズにしてはあまりにも渋すぎるように思えるのは俺だけだろうか?
「ちなみにその打倒ってのはどうやってやるんだ?」
「乳の再分配ですね。巨乳ブルジョワ階級の乳の脂肪を切除して――」
「分かった、もういい」
ジャリヤはもう少し詳しい説明をしたかったようだが、これ以上解説を聞いていると頭がおかしくなりそうだ。くだらない会話をしているうちにシャーロットが戻ってくる。いつもの鎧を装備した彼女とは違う姿に少し鼓動が早くなる気がしていた。
「とりあえず、このウォータースライダーに乗りませんか?」
「良いですね! 行きましょ、行きましょ!」
「まあ、もうちょっと休んだら行くか」
シャーロットが同意し、ジャリヤが不満を示しながらも待ってくれていたのは幸いだった。未だに体調が本調子ではない以上いきなりウォータースライダーに行くのは不安があった。そうして、三人はリゾートの出入り口付近のベンチに座って他愛もない話をしながら休憩をしていた。
そんな所、目の前を十数人の質素な服の人々が通り過ぎて行った。冒険者とも貴族ともいい難い質素な服装は農村の民のものだろう。シャーロットはそれを見ながら不思議そうな表情をする。
「リゾートに来たという雰囲気じゃないみたいですの……」
「確かにあまり楽しそうな雰囲気じゃないな」
「多分、嘆願に来た農村の人たちでしょう」
ジャリヤはその団体を見ながら、呟く。
「嘆願?」
「この近くには王国の地方総監部が設置されていますから、時折地方の人たちが困窮した状況を訴えに来るんですよね」
「何でわざわざこんなところに設置したんだよ」
「大賢者様は反対したようですけど、王国側が押し切ってここに設置したみたいなんです。困窮した地方民が来ることを防ぐためにここに配置したみたいですけど彼らは力を合わせてでもドラゴンに乗ってここに来ますから完全には防げなかったようですね」
感情を込めずに話す姿を見ながら、俺はジャリヤが結局は王宮の人間であることを再認識していた。シャーロットも少し悲しげな表情になる。
「ん……? あれは」
そんなシャーロットの視線は農村の行列の後ろにあった。その先に居た人間は冒険者らしき服装をして見覚えのある紋章を腰に付けていた。
「錆鼠の紋章じゃないですか……!」
「何だか悪い予感がするぞ」
ベンチから立ち上がり、錆鼠の冒険者が何処へ行くのか暫く観察していた。どう考えても農民の後をついていっているようだった。ジャリヤもその尾行を怪しむような顔で冒険者の男を視線に据えていた。
「追跡しますか」
「行こう」
二つ返事の答えに反論はなかった。
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