第28話 条件は二つだ


「何なんだ、このジョージア人は?」


 クヴァラツヘリアといえばグルジア人、今風に言えばジョージア人の人名だ。ジャリヤは俺のそんな問いを聞いて口を半開きにして「ふぁぅ?」と変な声を出しながら不思議そうに視線を向けてきた。


「コーヒーでも飲みたいんですか?」

「アホ死ね」


 こいつに訊いたことが間違いだった。いや、別に訊いたわけではないが。


「この人は、王立図書館統合管理長官……つまり、古文書管理のトップエリートですわ」

「図書館の長官が戦闘なんかできんのか?」

「大賢者が国内最高の魔導師なのに対して、彼女は国内最高の呪術師なんですのよ。図書館と言ってもただの知識の貯蔵庫ってわけじゃないですわ」

「それにしても、何だってそんな人がこんなところに?」


 目をすぼめて、ジャリヤを見やる。彼女もどうやら知らないようだ。


「ウチがここに来たのは図書館に擬態したダンジョンがあるって聞いたからや。図書館を統括する以上、敵がどれだけウチらのことを把握しているのかは調査せなあかん」

「なるほどな」

「そこに君たちが来て、本の下敷きにされたってわけ!」


 ナティアは両腕を振り回しながら、苛つきを表す。どうやら大分お怒りのようだ。


「それで、決闘な訳か。負けたら殺されんのか?」

「場合によっては。やんなぁ?」


 彼女はジャリヤに視線をやって問う。ジャリヤは先程までの軽口をさっぱり忘れたように複雑な表情を見せてきた。


「勇者様、こんな無謀な戦いにまともに付き合う必要は無いですよ」


 彼女が小声でいったのが聞こえたのか、ナティアは鼻でそれを笑った。


「逃げるってことやな? 根性無しと臆病者だらけのパーティーとは笑わせてくれるわ」

「何だと?」


 らしくもなくカチンと来たところでジャリヤとシャーロットに両方の袖を引っ張られた。無言の圧力が掛けられる。だが、引くつもりは無かった。


「良いだろう。受けて立ってやるよ。しかし、二つ条件がある」

「勇者様、それは……!」

「俺は至極冷静に言っている。きっかり二つだ。文句はないだろ」


 ナティアは少し考えるような表情をする。


「自信があって煽ってたわけじゃないのか」

「もちろん! あんたらなんか一捻りで行ける」

「だったら二つだけ認めろ。まず、一つ目は三対一で決闘をするということ」

「二つ目は?」


 彼女には第一の条件にはあまり興味が無かったようだった。言葉通り三人でも十人でも一捻りにする自信があるようだ。本当のことを言えばこちら側としてもこの条件はどうでもいい。戦闘に不慣れな俺の助力を増やす以上の何者でもない。

 俺には第二の条件の方が重要だった。


「二つ目の条件、俺達が勝ったら訊いたことに何でも答えてもらう」

「ほーぅ、なるほど」


 ナティアは笑みを見せる。その瞬間、腕を掴まれて強引に彼女に背を向けることになった。目の前にはジャリヤとシャーロットの不満そうな顔があった。


「勝手に話を進めないでくださいよ!」

「千載一遇のチャンスだろ? 勝てば通訳者連盟に繋がる情報が得られるかもしれない」

「相手の力量を測りそこねてますわ」

「そうかもな、だから死にそうになったら逃げる」


 サラッと言い放った言葉に二人は信じられないというような表情を見せる。


「プライドとかは別として、逃してくれる相手とも思えませんけど」

「だったら、どっちにしろ戦う羽目になってるだろ。いい加減覚悟を決めろよ」

「あ、ちょっと、勇者様!」


 俺はジャリヤが掴む手を払い除け、再びナティアの方に振り向く。


「作戦会議は終わった? まあ、何を考えてもうちには勝てへんけどな!」

「作戦なんか一つもないけどな」

「もしかして、バカだったりするんか? このナティア様に策もなく挑もうなんて」

「あいにく自分の命に執着がないからな。勝っても負けてもどうでもいい」


 ナティアは挑発が全く通らないのを見て面白くなさそうな顔をしていた。


「じゃあ、こっちから行かせてもらうから」


 そういって彼女は腕を広げ、両脇にある本棚に触れた。それと同時に何やらぶつぶつと詠唱を始めた。ジャリヤとシャーロットが背後で身構える。お互いに言い合っている時間はも無い。もう戻りは出来ないからだ。


「ジャリヤ、魔導師と呪術師の違いって何なんだ?」

「えーっとですね、魔導師は魔法を自身のMPによって実現するのに対して、呪術師は精霊に呼びかけることによって実現します。ですから、魔導師よりも比較的大規模な魔法が使えるんです」

「じゃあ、あのクヴァラツヘリアとかいうのはアルセンより強いのか?」

「話はそう単純じゃないんですの」


 今度はシャーロットが答える。


「魔導師はしっかりした手順に従えば魔法をどんな形でも行使できますの。でも、呪術師は精霊が呼応しない場合とかで不発になる場合があって――」

「おしゃべりはそこまでじゃーッ!!」


 ナティアの大声とともに二つの本棚が浮き上がる。彼女の身長を優に超えるほどの本棚が、何冊か本を落としながらも宙に浮かんでいる。俺はその奇妙な状況を見上げることしか出来なかった。


「勇者様、危ない!」


 瞬間、強い衝撃で横方向に吹き飛ばされる。それとともに目の前が灰色の埃煙に覆われた。頭の上からはささくれが幾つか降り注いできていた。

 ある程度視界が良くなると何が起こったのかがはっきり理解できた。先程まで自分たちが居た場所にはボロボロになった本棚があった。それも床に突き刺さっている。ナティアは本棚を魔法で持ち上げてこちらに投げてきたのだ。

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