第19話 シリアスは致命的他動詞す!!!!!!!!


「酷いじゃないですか!」


 何の話なのかと顔を向けるとジャリヤが腕を組みながら、怒った様子でこちらを見てきた。


「何の話だ?」

「何の話だ? じゃあないでしょう! 私達を生贄にしようとして!!」

「俺を始末できない以上、お前らを始末することに意味がないことは明白だろ。大賢者にもなったら、それくらい理解できると思ったんだよ」

「それにしても本人たちの前で言うことじゃないでしょう! 大賢者なんかに目をつけられたら勝てるわけ無いんですから」

「はいはい、ごめんな」


 合理的に説明してもジャリヤの不満げな表情は変わることがなかった。協力を取り付けたにしては空気が非常に悪くなっていた。シャーロットは自身は文句はなさそうだが、居心地が悪そうな顔をしていた。

 一応姿は良い女の子二人と帰り道を一緒にして居るにしても、一言も話さないのはあまりにも精神に悪い。


「なあ、何したら機嫌直してくれるんだよ」

「そうですねえ……」


 ジャリヤは顎に手を当てながら真面目に考え始めた。意外でもないが現金な人間だ。そんなこんなで彼女はツーサイドアップを揺らしながらこちらを向いて人差し指を立てた。


「そうだ、ここんところ色々あったことですし、頭を休めに海にでも行きませんか?」

「海だぁ? 誰もお前の水着回なんか望んでねえぞ?」

「なんで水着回だと決めつけられるんです?」

「この世界で、この流れだからだよ」


 なんだかいつしかの頭痛がぶり返してきた気がする。


「バカンスは良いけど海なんて近くにあるのか?」

「あー、海というかあれは正確には湖なんですけど」

「死海みたいなのか?」


 シャーロットは違うという雰囲気で首を振った。


「空の上にあるビーチリゾートなんですのよ。だから、もっと正確にいうと湖でもないんですわ」

「大水のせいで地上の人間が方舟作りそうな理不尽さだな、冒険者ごときが行って良いのか?」

「誰でも行けるようにと大賢者様が管理しているんですよ。水だって地上に落ちないように魔法で循環してるらしいんです」


 ジャリヤは得意げにいうと手で四角をジェスチャーする。空中に陸地が浮かんでいてビーチリゾートになって居るというのはなんとも信じがたい。だが、ファンタジー世界には有り得そうなことに興味は湧いてきた。


「それにしてもどうやってそんなところに行くんだ? やっぱり魔法なのか?」

「まさか、結構高いところにありますから個人の魔法の力ではどうにもなりませんよ。ドラゴンに連れて行ってもらうんです」

「ドラゴン……」


 頭の中に浮かんでくるのはこちらに向かって火を吹く龍だ。一度やり合ったことには違いないが、どうしても生理的な恐怖が先に来てしまう。倒したというのも無意識のうちの話であって全く自分が倒したという自覚も自信も芽生えなかった。チートを使って無双する主人公たちはそういうことを思ったりしないのだろうか? 相当精神力がある人間じゃないと無双なんて出来なさそうな気がしてきた。

 シャーロットはそんな俺を見ながら、クスクス笑い始めた。


「怖いんですの?」

「そりゃ、元居た世界にあんなでかい龍は居なかったしな。怖いもんは怖いさ」

「まあ、交通機関としてのドラゴンは魔物とは別なので心配する必要は無いですよ。ピトー管にレバノン料理が詰まってボナンすることもありませんから」

「どうせまたフィクションなんだろ?」

「これは実話であり、元老院記録、冒険者の分析、関係者の証言を元に構成しています」

「フィクションじゃないのかよ! 騙され――ってか、だからなんで知ってるんだよ!?」


 ジャリヤはいつの間にか本調子に戻って笑顔になっていた。そんな話をしているうちに一行は俺の仮住まいである装備屋に到着していた。


「それじゃあ、明日はシャーロットさんもここに集合ということで」

「おい、前みたいな起こしかたをまたしたら、ぶっ致命的他動詞ころがすからな」

「されないように頑張って早起きしたらいいんですよ~それじゃあまた明日!!」

「私も失礼しますわ」


 ジャリヤは言いたいことだけ言い残して、去っていってしまった。シャーロットも別れて別の道を帰ってゆく。そんな二人を見ながらなんだか奇妙な不安が頭の中を渦巻いていた。明朝、鼻っ面から床に激突させられるのではないかという不安だ。自分の寝室につっかえ棒でも立てておくのが良いのかも知れない。

 扉に丁度いいつっかえを考えながら、装備屋のドアを開けると見覚えのある人影が目に入ってきた。小学生かと見紛うほどの低身長、紫色のローブは見合わない高級感を感じさせる。暗い茜色の外ハネボブは相変わらず遊色効果のような独特な光沢を帯びている。灰色と藍色のオッドアイは俺の存在を認めると何事もなかったかのようにティーカップを持ち上げ一口飲んだ。


「なんでお前がここに居るんだよ」

「大賢者様にお前って呼びかける人、あまり居ないわよ。ほら、あなたも食べなさいよ」


 魔道士様の少女――カトリーナ・アルセンは小悪魔的な笑みを浮かべながらこちらにクッキーを差し出してきた。バターのいい香りが漂うクッキーを受け取る。そんなことよりも彼女がここに居るのが不思議でならなかった。


「いつからここはカフェに改装されたんだっけな」

「誰がこんな殺風景なカフェに来るのよ? やっぱり趣味悪いわ、あなた」

「……俺のセンスなんかどうでもいいから、何で居るのか教えてくれないか」

「つれないわね…… まあ、いいわ。あなたにこれを渡しておこうと思って」


 そう言いながら、アルセンはテーブルの上にあった魔法杖を振った。光とありがちな効果音と共に目の前に赤黒いカードが現れる。それが重力にしたがって落ちるのを俺は反射で手が出てキャッチした。


「っと……なんだこれ、ファンタジー異世界でTCG始めろってか」

「何意味分かんないこと言ってるのよ。それは魔導通信のカードよ。それに触れながら私の名前を呼べば、いつでも私と連絡が取れるから」

「なるほど、協力するなら便利だな」

「ええ、シャワー中とか変な時に連絡してきたらこちらからの操作でカードを爆破するけど」

「……気をつけるが、ミスってそういう時に繋がってしまったら慈悲はないのか?」

「無いわ、周囲の家屋を巻き込んで灰燼になるまで焼き尽くすわよ」

「無慈悲だ……」


 アルセンは当然でしょうという風な顔をしている。緊急事態以外にこれで連絡するのは自殺行為なのかもしれない。


「それじゃあ、これだけだから私は協会に帰るわね」

「はあ、そうか」


 ドアのベルがなって彼女が居なくなるまで無駄な時間は何一つなかった。大賢者たるもの魔術師繋がりで色々と忙しいのかも知れないが、それなら置いていったら良かったのに。そう思って店の中を見渡すと店主のルートヴィヒの姿が見えなかった。良く分からないが商品を仕入れにでも行っているのだろうと思って自室に行こうとすると部屋の片隅でうずくまっている人影が見えた。

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