第18話 言い忘れたことがある
「待て」
アルセンの杖は目と鼻の先にあった。年季の入った杖がこちらを睨めつけている。彼女は怪訝そうに眼差しを変えた。
「言い忘れたことがある」
「……なによ?」
「通訳者連盟は冒険者パーティー錆鼠に大金を払って、利用している可能性がある。ギルドでの多言語表記への威圧から通訳者連盟にとって邪魔になる存在の始末まで好き放題にやっているみたいだが、こいつはどういうことなんだ?」
「……」
アルセンは視線を逸らして押し黙ってしまう。回答を待とうと腕を組んだ俺を見た彼女は視線をこちらに戻す。
「……はあ、そこまで知ってしまったらしょうがないわね……」
アルセンは根負けしたように近くの椅子にどかっと座り込んだ。手を振って呼んでいた二人の魔術師も去るように指示した。ジャリヤは閉まる扉とアルセンを見ながら安心したように胸に手を当てる。
「真相はどうなんだ、大賢者アルセン」
「簡単よ、通訳者連盟は実在していて私たちと争っている。それだけの話」
「改竄はどう説明できる」
「まず最初に翻訳魔法が無かった頃に通訳者連盟はあったのだけど、翻訳魔法が実用化されてから彼らの仕事は減っていった。殆どの通訳者はここの連盟へと職を変えていったの」
アルセンは杖の先を少し動かして空中に煌きを発生させる。色とりどりの煌きはしかし、一瞬で無に返ってしまう。ジャリヤもそれに見とれている。
「ああいった魔法は街中ではステータス魔法と同じように禁止魔法になっているはずなんですよね」
「制限されてるってことか」
手慰みにやっていることにしては上出来な魔法だったが、アルセンは話題にされていると気づいて杖を膝の上に置く。
「それで、魔法職じゃない人間や人間による翻訳に固執している人間たちは通訳者連盟に残った。彼らは違法な手段や裏社会を通して、通訳者の復権を目指しているのよ」
「話が見えてこないな」
「つまり、まあ政治よ。最初は魔術師の出来心であれを実装した。誰もあれが間違った翻訳だって分かっているのだけど、通訳者連盟があれだけ悪辣な組織になった後組織内にあれを修正する人間は居なくなったの」
「どうしてですか?」
「まだ分からないの? 修正した人間は通訳者連盟の回し者だと思われて協会から排除されるのよ」
ジャリヤは目を見開いてアルセンの発言に驚いていた。
しかし、協会のみならず大賢者自身が通訳者連盟のような組織を放っておく意味がわからない。自分がこれを解決しようにも彼らの協力が必要なはずだ。
「つまり、協会は問題を外在化してきたわけなんだな」
「残念ながら、そうね。私たちの仕事は反社会勢力と戦うことじゃないし、ましてや更生させることでもないから」
「連盟に所属する通訳者を翻訳魔法研究に協力させられる可能性を抜きにしてもか?」
「彼らは最初から翻訳魔法が嫌いなのよ。協力なんて望めないから」
そういいながら、アルセンはその場から立ち上がった。
「通訳者連盟に所属している以上、生粋の通訳者だって居るはずだ。見捨てて、放っておくつもりか?」
「興味ないわ。協会に来なかったのが悪いんだもの」
アルセンは部屋から出ようとドアへ向かって歩いて行く。俺にはなんだかその後姿に別の理由を感じ取ることが出来た。ここで彼女とのコネクションを逃せば、こちら側は毎日襲撃に身を震わせるような生活に逆戻りになってしまう。
止めるには、あの手段しかない。
「大賢者が聞いて呆れるな。まあ、その臆病さが体にあって良いんじゃないか? 子供らしいぜ?」
「その薄っぺらい挑発に乗るとでも思ったの?」
「いやいや、失礼した。本当は取引がしたいだけだ」
「取引ですって?」
人差し指を立てて、アルセンに見せる。彼女は不思議そうな表情でそれを見つめていた。
「もし、協会がこの問題の解決に協力してくれるのなら、何もなしにここから帰ってもいい」
「はぁ?」
アルセンの眉は非対称につりあがった。灰色と藍色の瞳はこちらを嘲笑の対象だとでもいいたげに見つめていた。
「協力してもらえないのであれば、残念だが協会が翻訳魔法を改竄していることを公にするしかないな。国の組織なんだし、王宮なりなんなりに不信感を持たれるのは嫌だろ」
「自分の立場が分かってるわけ? あなたたちなんて小指で消し炭にできるのよ?」
「いや、砂利とシャーロットを始末できるとしても俺は始末できないだろ」
俺は魔王を倒す切り札として召喚された勇者だ。頻繁に召喚をすることが出来るわけではなさそうな以上、それを安易に殺すことは大賢者ですら不可能なはずだった。
ジャリヤとシャーロットは怯えたような表情で俺とアルセンの交渉を見ていた。これはもはや、交渉というより押し付けているようなものだったが。
アルセンは苦しそうに唸り声を出しながら、最後にため息をついた。
「しょうがないわね……分かった。出来ることは協力するわ。だけど、通訳者連盟の調査なんてしたことが無いから、調査のデータなんて一つも無いわよ? それでもいいの?」
「それでいい。助けてくれる人間が誰も居ないよりは、マシだ」
俺はそう言い残すとアルセンの部屋から出ようした。慌てた様子でジャリヤとシャーロットが後についてきた。
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