第17話 そんなわけありませんわ!
その部屋は古き良きクラシックな邸宅にありがちな書斎であった。高価そうな調度品がいくつも並び、大きい書見台には書きかけの魔方陣のような図表、無造作に置かれた羽ペンがあった。
シャーロットがその光景を見ながら、圧倒されているあたりこの世界の中でも中々のお部屋ということになるのだろうか。自分にはまったく興味の無いことではあるのだが。
「それで大賢者様はいつ戻られるんですか?」
「ん……? 大賢者はここに居るわよ」
ジャリヤと少女は疑問符を頭の上に浮かべたような顔をしている。言語は通していても、言葉が通じていないようだ。そう思った瞬間、ジャリヤに袖を掴まれて引き寄せられる。
「おい、いきなり何なんだ?」
「勇者様が訊いて下さい」
「なんだそれ? 俺が聞いても――」
彼女は袖元をグッと掴んで睨み付けてくる。どうやら逃げ道は無いらしい。少女との距離を詰めて、顔を近づける。
「大賢者は、どこ、なんだ? えぇ? 答えろ」
少女は一瞬瞑目したと思えば、息を大きく吸い込んだ。同時に空気が電気を帯びたようにひり付く。シャーロットもジャリヤも少女の答えに注目していた。
「あたしが大賢者なのよ!!!!」
瞬間、フードで隠されていた少女の頭が顕になる。怒りで赤くなった顔がこちらを糾弾するように見つめていた。
「そ、そんなわけありませんわ! こんな子供が大賢者なわけが」
「おい、
「誰が子供よ!! あなたたち、無礼者ばっかりじゃない!」
少女――彼女がカトリーナ・アルセンなのだろう―は両手にこぶしを作って肩を震わせていた。相当お怒りのようだ。
一方、半ば放心状態でぽかーんと呆けたような顔をしているのはジャリヤだ。そういえば一番高圧的にあの少女に接していたのは彼女だった。衝撃的な事実で何も考えられなくなっているようだった。
「まあ、大賢者がこの場に居るんだったら、話が早い。少し聞いてもらいたい話があるんだよ」
「あんたは誰よ? 怒らせておいて謝罪の一つ無く話を進めるって人のこと馬鹿にしてるわけ?」
「人によれば異世界から召喚された俺は勇者らしいんだが、ここは一つ話を聞いてもらえないか」
俺はジャリヤのネックレスをアルセンに向けて掲げる。首の後ろを引っ張られた彼女は何も分からないという様子で何回もまばたきをしていた。
アルセンはそんな俺を見ながら、しょうがないという感じでため息をつく。小学生のような体躯の少女がそんな仕草をしているのを見るとあまりにも年齢不相応過ぎて眩暈を感じる。
「それで? 話って何なのよ」
「翻訳魔法の翻訳に含まれている誤り――というより、故意の改竄だな。その理由を明らかにしたい」
アルセンの雰囲気は「改竄」の一言を聞いた途端に豹変した。それまでの余裕のある不機嫌さから、危険を感じ取った獣のような警戒の雰囲気へと変わっていた。
「翻訳魔法は長年蓄積されてきた人々の言語翻訳の仕組みを改善しながら魔法としての良さを伸ばすことを目指して作られているの、多数の魔術師が実地検証を重ねながら有効性の高い翻訳システムを構築してきた。そう簡単に改竄されるわけが無いわ」
「通訳者の連盟がらりるれろに翻訳されるのは、どう考えてもおかしいだろ?」
「そりゃ、翻訳魔法だって完璧に人の言葉を翻訳することが出来るわけじゃないし、少しくらい間違いがあってもおかしくは無いわ」
アルセンは書見台の前にある椅子に身を投げるようにして座った。体躯からすれば子供が遊んでいるようにしか見えないのであるが、纏うオーラはそんなものではなかった。
ジャリヤもシャーロットもその状況に息を呑んでいた。
「じゃあ、この翻訳ミスも何が原因のミスかはっきりと答えられるんだろうな?」
そう言いながら迫ろうとした瞬間、アルセンは手を叩いて俺たちの背後に目を向けた。
「ジャン、マーク、お客様がお帰りよ」
「なっ……!」
扉が開く音が聞こえたほうに振り向く。その先にはアルセンと同じような服装の男が二人こちらに魔法杖を向けていた。二人とも人並みならない殺気を放っている。
「アルセン……!」
「情報を統制するのは我々上流社会の基本よ」
アルセンの方にまた振り返ると、彼女もまた立ち上がってこちらに杖を向けていた。
「疚しいことが無ければ隠す必要は無いはずですの。理由を教えてくださいまし!」
「少々うるさい貴族崩れが居るようね、静かにしなさい」
アルセンが魔法杖を振ると、シャーロットは対抗する間もなくその場に失神して倒れた。倒れこむ体を受け止めるものの鎧の重さで諸共転倒しかけたところをジャリヤにも支えてもらう。
「おい、しっかりしろ!!」
「彼女は眠ってるだけよ。おとなしくここから出て行ってくれれば全員無傷でお家に帰れるわ。ああ、それと勇者が持っているポーション類、全部無効化しておいたから」
「何だと?」
「ともかく家に帰りなさい。これはあなた達が関わるような事柄じゃないの」
アルセンは杖の先を回しながら、こちらに近づいてくる。その表情は目の前の人間を敵ともなんとも思わないような、そんな表情だった。
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