第14話 らりるれろ!らりるれろ!!
「地獄にニルヴァーナはないだろう……!」
ぶつぶつ言いながら歩くしかなかった。結局ツッコミの欲求には蓋をしきれず、店を出てから数歩進んだだけで口から漏れ出していた。シャーロットはそのツッコミの意味が理解できないようなアホっぽい顔をしてていた。ジャリヤの方はまたかと呆れたような顔で鼻で笑っていた。
「別にいいじゃないですか、格好いい言葉並べとけばそれっぽく見えるんですし」
「それにしてもまっ反対だろうが……地獄に落ちて
「いや、それは関係なくって聞こえが良いからなんですって。ほら、魔法の名前でイグニスファイアってあるでしょ?」
「それも
「エクスプロージョンとかもありますよ」
「ただの爆炎だろ。なんでわざわざ英語で言う必要が……」
そんな話をしているとジャリヤがいきなり通りから外れて少し薄暗い路地へと曲がった。俺とシャーロットは彼女に付いていっていたが、シャーロットの方は少し心許ないという表情で周囲を見渡していた。
「こんな道、来る時に通ったんですの、ジャリヤ……」
「こっちの路地を曲がったほうが道が近いんですよ」
「この街を良く知っているんだな」
「一応、王宮の使いなので、えっへん!」
歩きながら胸を張って自慢するジャリヤはなんだかシュールだった。シャーロットもなんだかおかしく感じたようでくすくすと笑っていた。
「え~っ、なんですか? イジメですか!?」
「そんなんじゃねえよ、歩いている姿が鳩に似てて、くふふっ……!」
「鳩ジャリヤですの……ふふっ、ふふ彼はあろう彼はあろう彼はあろう……!」
「……あ?」
壊れた機械のように変な言葉が繰り返し聞こえてきたのを俺は聞き逃さなかった。壊れた機械のように感じるものといえば、機械翻訳の不具合だ。多分、笑い声がそれ自体単語として訳されているのだろう。笑いの「ふ」という音がコピュラ動詞の三人称未完了形とかだったのだろう。翻訳魔法が完璧でないだけあって、彼女たちの異世界語が元々どのようなものなのかが見えてくるのはある意味新鮮な言語学習の体験だ。
奇妙な顔をしていたであろう俺をシャーロットは笑いを堪えきれないまま一瞥して、笑い過ぎたのか苦しそうに腹を抱えて俺の服の裾を掴んでいた。
「ふふっ、あははっ……勇者様、ふふふっ、何か言いましたの?」
「……いや、なんでもない。とりあえず落ち着けよ」
そういった瞬間、シャーロットは笑い声を止めて真剣な顔で自分の剣の鞘に手をかけた。
「勇者様、動かないでくださいまし!」
「お前、何を……」
ジャリヤも怪訝そうにシャーロットの方を振り返っていた。気づいたのは何かが近づいてくる風切り音だけ、しかし次の目蓋を閉じる暇もない一瞬で状況は完全に変わった。シャーロットが立てた剣に枝のような何かが真っ二つにされて留まっていた。枝の先にはひし形の形状の飾りのようなものが付いていた。もちろん、飛んできたということは飾りではなく矢羽ということになる。
背後に気配を感じて、後ろに振り向いた。
「誰だ!?」
「おっと、動くと死ぬぜ」
見覚えのある紋章が一番最初に目につく。自分たちの後ろに立っていた男は細身だが、矢筒に幾つも矢を入れ男は既に弓に番えた二撃目をこちらに向けていた。熟練の射手なら背を向けて逃げても全員射止めることが出来るだろう。
「錆鼠の回し者ですね……?」
ジャリヤが男を睨みつけながら言う。男はそれを聞いて、鼻で笑った。
「だとしたらどうする?」
「こちらには勇者様が居ますわ。ギルドでほとんど全滅したの知りませんの?」
「ああ、知ってるさ。だが、あいつらは油断していたから魔法なんかにやられたんだ」
「何?」
「お前が詠唱を始めた瞬間に矢が脳天をぶち抜くぜ。どうだ? 動けないだろ」
嗜虐に満ちたその表情は錆鼠の奴らに共通した顔だった。ジャリヤはそれを聞いて動けなくなり、緊張感が高まる。だが、シャーロットは俺に目配せをしてきた。その一瞬で大体行うべき行動を理解した。
一瞬で道脇にあったゴミ箱を蹴り上げる。生ゴミが男の目の前を舞う。
「なっ!?」
男の矢の狙いに空きができたところにタックルで倒そうと試みるもその意図を理解したのか男の方も可能な方を殺そうと狙いをジャリヤに合わせていた。男の手から放たれた矢は、だがしかしシャーロットの剣によって切り裂かれた。
同時に男がタックルで倒れたところに馬乗りになる。俺は背後にあった矢を抜き出して、鏃を首元にめり込ませた。
「ひっ……!」
「誰の脳天をぶち抜くんだっけか?」
少しカッコつけ気味の気持ち悪い台詞を吐いたところで自己嫌悪で本物の吐き気を催してきた。ジャリヤ、シャーロットも駆けつけて男を逃げないように囲んでいた。
「ま、待てよ! 殺すなんてあんまりじゃないか、はは、同じ冒険者のよしみだろ……な?」
「脳天をぶち抜くとか言っておいてよくもそんな口が利けたもんだな」
「お、俺を殺すより、ダンジョンクエストでもやったほうが金に――」
「おい、誰の差し金だ?」
「……はっ、は?」
男は拍子抜けしたように表情から力を失う。
そう、錆鼠は一応冒険者のパーティーだった。冒険者はクエストやらをギルドで受ける以上、信用が重要な仕事でもあるわけだ。あいつらがただ単に集団で信用を失うだけのことをギルドに行うはずがない。その裏にはクエストの収益やギルドの信頼を超えるだけの大金を動かしている存在が居るはずだと踏んでいた。
「てめえが錆鼠のメンバーってのは分かってんだよ。お前らのバック、誰の差し金かっつってんだ」
男の首元の鏃を更にめり込ませて問う。男は痛みに目を回しながら、口から必死に言葉を出そうとしていた。
「つ、
「何を言ってるんですか、こいつぅ! らりるれろって、もう! 馬鹿にしてるなら早くぶっ殺して――」
「帰るぞ」
ジャリヤは俺を見ながら、信じられないという表情を浮かべていた。彼女は俺が聞いたのは「らりるれろ」だったのだと思っていたのだろう。だが、実際はそうではなかった。
「ジャリヤ、シャーロット、一旦装備屋に帰ろう。分かったな」
二人は不承不承という感じであったが、気圧されたように頷き返していた。
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