第13話 地獄の果てまでニルヴァーナ!


 机の上にはひたすらサソリの殻(と言っていいのだろうか?)が積み重ねられ、それを後にしてジャリヤが満足そうな顔で腹をさすっている。俺とシャーロットが食べた分の約四倍は食べているであろうその嵩の高さは何度見ても凄い。

 店の看板娘カリンはその食べっぷりの痕跡を見ながら、腰に手を当てて感服している様子であった。俺はシャーロットと同じセットメニューを注文していたが、ジャリヤはひたすらサソリの串焼きを注文し続けていたのであった。


「凄いですねこれは……」

「一体その華奢な身体の何処に入ってくんだよ……」


 シャーロットと共に感嘆しているとジャリヤはカリンの姿を認めて、腕を組んでこちらを見てくる。俺たちの態度に不満でもあるのだろうか。


「こんなに美味しいサソリを出すお店なのにどうしてこんなにも空いているのか分かりかねますね」

「知る人ぞ、知るって奴じゃねえのか?」

「それにしても、客が少なすぎませんか?」


 カリンは頭を横に振って否定を表した。


「うちは出来て間もないお店だから常連客も少ないんすよ」

「だから、ダンジョンで呼び込みとかしてたんですの?」


 シャーロットの問いに彼女はこくこくと頷く。青色のバンダナが上下に揺れた。


「開店当時から色々と試行錯誤はしているんすけどねえ……」

「ちなみに何をやったんだ?」

「例えば、大食いチャレンジをやってみたりしたんすけど」

「けど?」

「冒険者の人たち、胃袋に底が無さすぎて用意できた食材で勝負にならなかったんすよね」


 カリンは「ふぁぁ~」と独特のため息を付きながら、うなだれていた。確かにギルドに居たような連中を思い起こしてみると筋骨隆々のゴリゴリマッチョマンの変態とでも呼べる野郎が少なくとも半数を占めていた。あんな連中を相手に真面目に大食いチャレンジなんてやろうものなら店が潰れるだろう。

 ジャリヤはしょげているカリンに憐れみの目を向けていた。彼女は席から立ち上がったかと思えば、彼女の肩を掴んで寄せ俺を人差し指で指してきた。


「この人、勇者なんでこの寂れた店もいずれ大成させてくれますよ!」

「お前、適当なことを……」

「いいじゃないですか、ここで名前を売っておけば後々恩をなすりつけれますよ? ショバ代巻き上げましょうや、アニキィ……!」

「お前、マジで人間性最悪だな」

「勇者様が倫理的過ぎるだけですよ」

「お前、キャラメイクからやり直したほうが良いぞ? サイコロ振り直せ? APPだけじゃ生きていけないぞ?」


 そんな俺とジャリヤのやり取りの間、カリンは何か大切な物を見つめるかのように俺のことを見ていた。何となく、やりづらい気がして目を向けると彼女は瞬いてから、視線をそらして息をついてからまたこちらを向いた。


「……勇者ってことは、もしかして魔王を倒すために召喚されたあの……?」

「ん…… まあ、そういうことになるのか? 良く分からんけど」

「じゃあ、もしかしてそんな人が来たうちは大レストランになれる!?」

「いや、その論理はおかしいだろ。シャーロットもなんとか言ってくれよ」


 シャーロットはただ微笑みで答えるだけだった。どうやら彼女にこの状況から俺を助け出すつもりは無いらしい。


「あぁ面倒くせえ…… カリン、会計を頼む」

「は、はい、143アージェントですね」

「へえ、キリのいい数字じゃないですか。今日は何か良いことがあるかも知れませんね」

「これの何処がキリのいい数字なんだよ。キリが良いと言ったら10, 20, 30とかそういうあたりのことだろ」


 "140"ならばキリのいい数字ということも出来ただろうが、"143"では微妙過ぎる。だが、そんな常識とも考えられるような反応にジャリヤたちはまた疑問の表情を浮かべていた。


「キリのいい数字って13, 130, 143, 156とかのことじゃないんですの?」

「ふむ……」


 シャーロットの言った数は通常の感覚なら"130"以外キリのいい数字とは言えないものだ。なのに、彼女は当然のことを言っているかのような顔をしている。会話を聞いている他の二人もその言葉に反論する余地はないかのように頷いていた。

 もう大体こういったコミュニケーションの問題が翻訳魔法に起因したものであることは感覚で分かっている。ともすれば、原因ははっきりと一つだけ頭の中に浮かんでいた。


「もしかして、169ってキリのいい数字だったりするか?」

「まあ、そうですわね」

「やっぱりな」

「どういうことっすか?」

「俺の話している言語とお前らが話している言語の数詞体系では位取りが違うってことだ」


 三人とも頭の上に疑問符が付いたような表情をしている。中世ヨーロッパ的世界の中でこの話が通じるのか不安だったが、取り敢えず口に出してみる。


「多分、お前らの言葉は十三進数だ。それなら、13は"10"、130は"A0"、143は"B0"、156は"C0"でキリが良いと説明がつく」

「それじゃあ、勇者様の言葉は……?」

「十進数だろ? 10, 20, 30, 40がキリが良い数字だと感じる。だが、十三進数だとこれらの数は"A"、"17"、"24"、"31"でどう見てもキリが悪く感じられるってわけだ」


 分かっているのか、分かっていないのかは良く分からないが三人とも感嘆の声を上げながら納得はしてくれたようだった。


「やっぱり、勇者様とだけあって博識高いっすね!」

「お前らが算数勉強してないだけなんだよ……」

「いっやあ、これなら世界が魔王の支配から救われる日もすぐっすよね~」


 気恥ずかしくなってすぐにでも店を出ていきたくなった。ただ、何か後ろ髪を引かれるような感じがして、カリンの方に一言だけ尋ねようと思った。


「そういえば、この店の名前って何だ?」

「店の名前っすか?」

「名前が分からなきゃ他の奴に勧められねえだろ」


 カリンはなるほどという感じで手を叩いた。


「この店の名前は«地獄の果てまでニルヴァーナ»っす!」


 それを聞いた瞬間、俺の頭の中はツッコミの欲求によって満たされていた。だが、ここでツッコんでしまってはなんだかいけない気がして喉元まで出かかっていた言葉を飲み込んで言うべきことを言おうとした。


「い、良い名前の店だな!」


 カリンはその言葉を聞いて目を見開いて喜んでいる様子だったが、一方の俺は背中に変な冷や汗をだらだらと流していた。

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