第12話 トイレにはトイレとトイレしか無いですよ
「お客様三人、入店っす!!」
ミントクリーム色の髪の少女の元気な声が店の中に響き渡る。一行は指定ダンジョンのあった場所から少し離れた店に案内されていた。店先にはのれん、床には中華風のカーペット、テーブルと椅子は西洋古典建築っぽさを感じさせる酷い統一感の無さに三人とも呆れながら席についていた。少女はすぐに厨房の方へ向かっていく。
ジャリヤはまるで不審者のようにがらんとした店内を見渡していた。
「やっぱり、怪しい店なんじゃないんですの?」
「店入ってから言うことじゃねえな」
「いいでしょう? サソリが出るんですから」
どんだけサソリが好きなんだか、とでも言いたげな顔でシャーロットは彼女を静かに見ていた。ジャリヤの方は今まで見たこともないような期待に満ちたような顔をしている。呆れてため息をつこうとした瞬間にミントクリーム色の髪の少女が自分たちのテーブルへと焦りながら向かって来ていた。
「こちらメニューっす!」
「あぁ、俺文字読めないから、こっちの砂利に渡してくれよ」
「じゃ、砂利っすか……?」
少女はジャリヤを見ながら、目をパチクリさせる。
「あぁ、いや、ゴーレムとかじゃなくて私は人間です。この人、ジャリヤっていう私の名前を直接呼びたくないから、変なあだ名を付けてるんです」
「は、はあ……でも、砂利とジャリヤって一音も合ってないじゃないすか」
「そうですわ、ただの暴言じゃないじゃないんですの」
三人が寄ってたかって非難じみた視線を浴びせてくる。確かに暴言に近いかもしれないが、それにしても気になるところが一点あった。
「一音も合ってないってどういうことだ? ジャリヤのヤを取り除いたら、"砂利"じゃねえか」
砂利、この漢字の文字列の読みは当然「
「いや……ジャリヤからヤを取り除いたら、ジャリっす。砂利とは全く違う音っす……」
「待った、なんかおかしくないか? もしかして俺の区別していない音でも区別しているのか?」
「あー、もしかして勇者様の母語では砂利のことをジャリって言うんですか?」
ジャリヤがそういうと、残りの二人もそれがあったかとばかりに納得の声を上げた。もしかして、また翻訳魔法が悪さをしているのだろうか。眉間にしわを寄せていると、彼女はしょうがないとばかりに腕を組んで説明を始める。
「私達の言語では砂利のことを、勇者様とは別の発音で言うんですよ。だから、ジャリヤからヤを抜いたら、ジャリにしかならないんです」
「そういうことだったのか」
会話の上では良く分からないが、ジャリヤたちの言葉を英語に仮定してみれば理解しやすい。俺の「砂利」は俺には「じゃり」に聞こえるが、ジャリヤたちには"
翻訳魔法の信用がだんだんとくすんでいくのが感じられる。なんだかジャリヤたちの視線から逃げたくなってきた。ミントクリーム色の髪色の少女に向き直って尋ねる。
「なあ、お手洗いは何処だ?」
「ああ、ご案内しますよ」
「そりゃ、ご親切にどうも」
「ちなみに私の名前はカリンっす。カリン・レッジャーニ!」
「英国、ドイツと来て、次はイタリアか……次はローマ人でも出てくるのか?」
カリンは俺のそんなぼやきに疑問の表情を浮かべながら俺を案内していく。店内の奥の方に二つのドアが見える。ドアの表面には謎のピクトグラムが表示されていた。男性か女性を表しているんだろうが、どっちがどっちか見当が付かなかった。適当なドアに手を掛けるとカリンが焦りながら俺の腕を掴んで止めてきた。
「そっちはトイレっす!」
「だから、そこに行こうとしてんじゃねえか。男子トイレはどっちだよ」
「男子トイレ……?」
カリンは首を傾げた。
「男子トイレがあるってことは、女子トイレがあるってことですか……?」
「もしかして、この世界はそうじゃないのか?」
「いや、トイレにはトイレとトイレしか無いですよ」
「……なんか、ゲシュタルト崩壊しそうだな」
また翻訳魔法がヘマをしているのかと呆れながら、考える。カリンがトイレを二種類に分けて解釈していることは明確だ。男子トイレという呼称に疑問を抱くということは性別以外にトイレを区別しているのだろうか。
「もしかして、種族で区別してたりするのか?」
「……? そんなことはないっす」
「男子トイレってそもそも二重表現じゃないっすか?」
「二重……表現?」
カリンのその発言で脳内に電撃が走ったように気づきを得た。
多分、カリンの言語では「トイレ」には男子トイレと女子トイレを表す二つの語根があって、抽象的な「トイレ」を表す表現は無いのだろう。俺の「トイレ」という単語は男子トイレを表す語根に訳されるから、「男子トイレ」は二重表現となり、「女子トイレ」は「女性の男子トイレ」という感じに訳されるから不自然に聞こえるのだろう。
カリンは頬を掻きながら、言葉を探していた。
「まあ、男性のお手洗いはそっちなのでよろしくっす!」
「ああ、おう」
変な納得をしていた俺にそう言うと、カリンは厨房の方へと戻っていった。
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