第11話 なお、ガッツ何某はこの世界に居ません


 ダンジョンの近くには冒険者らしき人間がわらわらと集まっていた。先程までの緊張感もその和気藹々とした様子に飲まれてしまっていた。


「なるほど、指定ダンジョンでしたか……」


 ジャリヤが周りの様子を見ながら落胆した様子でそう言った。


「指定ダンジョン?」

「ええ、特殊な環境や魔物の種類で区別される特別なダンジョンです。危険性に合わせて報酬も上がるんですけど」

「まあ、初心者には無理って奴だな。さっきの地図使って違うダンジョンに――」

「いや、勇者様はシラハヨクリュウを倒してB1になっているので、実は適正なんですよ。でも、問題はここに入るには調査隊員ダンジョン・アシスト・レンジャーに規定の維持費を払わないといけないんです」

「維持費ぃ?」


 面倒くささで間延びした疑問の声を拾ったのはシャーロットだった。


「ダンジョン・アシストはダンジョン出現の調査から出現したダンジョンの魔物が市街に出ないように制圧することまでやっているので指定ダンジョンの維持には自ずと負担が大きくなるのですわ」

「普通のダンジョンの維持費は王室持ちですけど、指定ダンジョンは規模の予測が付きづらいから冒険者から頂戴してるってわけです」

「なるほど、それなら払えばいいじゃねえか。ジャリヤは王宮の使いで、シャーロットは貴族なんだろ?」


 シャーロットとジャリヤは素っ頓狂な顔をお互いに見合わせた。


「いや、今は手持ちが……」

「やけにリアルだな。おろしてこいよ、魔導ATMでもどっかにあるんだろ」

「いや、アルゼンチン・ペソしか無いんですけど」

「異世界もクソもねえな……焼きそばも出てくるのか?」

「焼き鯖? それならあるんじゃないんですか?」

「焼きそばだよ!!」

「ちなみに魔導ATMはあります」

「知らねえよ!!!!」


 酷い会話にシャーロットは一言も触れずに落ち着いた様子で首を振る。どうやらこの三人のうちの一人もここの通貨を持ってこなかったらしい。


「やっぱり別のダンジョンに行ったほうが良いんじゃねえのか……?」

「しかし、狙うならハイリターンな方が良いじゃないですか」


 ジャリヤはろくろを回すようなポーズになる。横に居たシャーロットはそれに何回も頷いて、オレンジ色の縦ロールを揺らしていた。

 こいつが実業家になった暁には一生掛けても返済しきれない借金を負いそうだ。絶対に経営を任せたくない。それにしても、今回ダンジョンに行く目的は金を稼ぐことだっただろうか?


「なんか目的変わってないか?」

「ん? 勇者様が私のためにお金を稼いで貢いでくれるってことでしたよねえ」

「は?」

「いやあ、嬉しいなあ未来のフィアンセにここまで優しくしてもらえるなんて……」

致命的他動詞ぶちころがすぞ、てめえ」


 いつ誰がこいつのフィアンセになると言ったのだろうか。冗談は止めていただきたい。

 そんな感じで三人でぐだぐだ喋っているうちに鐘の音が聞こえてきた。同時にシャーロットのほうから腹の音が聞こえた。瞬間湯沸かし器のように彼女の顔は赤くなっていた。


「お昼ですし、魔導ATMからお金を引き落とすついでに食事に行きましょうよ」

「この装備のままでか?」

「まあ、普通のお店なら入れますから」


 なるほど、と納得すると同時に目の前に誰かが入ってきた。ミントクリームの髪をシニヨンにして、青のバンダナを頭に巻いている少女だ。エプロン姿で胸には名札が付いている。しかし、書かれているのはおなじみのオル・チキ文字を拷問したような文字で読みようがなかった。


「お兄さんたち、もしかしてお昼を食べる所を探してたりするっす?」

「まあ、そんなところだ」

「じゃあ、丁度いいっすね。是非うちに来てくれっす!」


 ジャリヤに顔を向けて、眉を上げて確認する。彼女は首を振って「知らない」と答えた。シャーロットに至ってはまた変なやつが出てきたという眼差しで少女を見ていた。


「ところで何料理の店なんだ?」

「うちは王国料理史の長い伝統を守ってきた王宮料理の専門店っす!」


 少女は胸を張って答える。バンダナの結んだ端が風に振れた。

 俺は少女に背を向け、ジャリヤとシャーロットを招集。後ろの少女に聞こえないくらいの小声で話を始める。


「おい、話が違うじゃねえか」


 ジャリヤは少女を一瞥して、怪しむような表情になった。一方の少女はそんなジャリヤにも笑顔を忘れない。


「いや、そんな店は聞いたことありませんよ。そもそも王国料理の伝統ってなんなんです?」

「俺に聞くなよ……」

「でも、逆に奇妙すぎて興味が湧きませんの?」


 余計なことを言い始めたのはシャーロットだった。ジャリヤもその言い草に当てられたのか、好奇心と葛藤するような唸りを上げる。しばらくして彼女は人差し指を立てて提案してきた。


「よし、それじゃあこうしましょう」


 ジャリヤはそのまま少女の方に向き直った。


「あなたのお店にはサソリはありますか?」

「そりゃもちろんです!」

「じゃあ、決まりですね! 彼女のお店に向かいましょう!!」


 ガッツポーズをする少女。決まりだとばかりにこちらを見てくるジャリヤ。そんな状況を俺とシャーロットは開いた口が塞がらないまま見るしかなかった。

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