第10話 HoIでいうとどれくらいだ?
「ダンジョンに行きましょう!」
ジャリヤの大声が脳に響く。眠気まなこを擦りながら、彼女を見上げた。茶革のジャケットに短パンを合わせていて軽装だが、関節にはしっかりと金属製らしい肘当てや膝当てが付けられていた。王宮で見たときの清楚な彼女とは異なり、活発そうな雰囲気を感じさせる。まあ、そっちのほうが多分サソリを食むような奴にはお似合いだろう。
「人権をくれ」
「……? ジンケンって何ですか?」
「睡眠のことだ」
そういいながら、頭まで被ってシーツに巻かれる。もちろん相手もただでは放っておく様子もなく逆向きにシーツを引っ張られる。まるで悪代官のお遊びのように引き剥がされて、そのままベッドを転がりながら鼻っ面から地面に激突した。
「いってぇなぁ!? 他に起こし方があるだろうが!!」
「あれ?? 被っている布団の中からぬるっと登場するようなのが御所望でした? そのまま、ラッキースケベ展開に――」
「お前、マジで、異世界、ヒロインを、やめろ!」
「きたぜ……ぬるりと……主人公の腹上に……」
「全国の麻雀漫画ファンに謝って!! 今すぐ謝って!!!!」
取るに足らないやり取りをしていると彼女の後ろからシャーロットが顔をのぞかせた。二人が言い合っているのを見ると愛嬌のある呆れ顔をしながら、こちらに近づいてきた。
「怠けていても魔王を倒せるようにはなりませんわ。レベルを上げるには適正なダンジョンで生成される魔族を倒していくしかないですのよ」
「面倒くさいんだよなあ」
「ほら、適当な武器も用意したんで行きましょうよ」
ジャリヤが初心者でも扱いやすそうな剣を掲げてみせる。陽光が反射して目に入って染みた。
「はあ……しょうがない」
「私は、そのような早朝からここからそんなに多く出て行くために、必要が全然ないと思う、嗚呼」
いつも通りの口調が聞こえてくる。
視線を向けると装備屋の店主――ルートヴィヒが寝室の入り口に腰に手を当てて立っていた。もう片方の手で口に手を当てながら、あくびのような呆けた声を上げる。眠そうな彼は俺を憐れみの目で見ていた。
気だるげな身体をなんとか持ち上げて、ジャリヤに用意された動きやすい服装と武器を備えて彼女らと共に装備屋から出た。
地図を持って、ブロンドのツーサイドアップを揺らして歩くジャリヤを先頭にシャーロットと俺がそれについていく形で歩いていた。今度はシャーロットよりも怪訝な顔をしていたのだろう。彼女は俺の顔色を伺いながらそわそわしていた。
「勇者様、どうかしたんですの?」
「さっきから地図をじっと見てるようだが、ジャリヤはこの街をよく知らないのか? 装備屋の場所ははっきり覚えているようだった」
「き~こえ~てま~すよ~っ」
ジャリヤは足を止めてこちらに振り向く。
「これはただの地図じゃないんです。ダンジョン・アシストの人たちが作ってる魔導地図です」
「魔導地図だあ?」
ジャリヤは地図をこちら側に向けて広げた。そこには普通の紙の地図ではありえない光の斑点が幾つか、街の外に表示されていた。
「この光ってるのは何だ?」
「ダンジョンです。基本的にこの世界ではダンジョンは魔王によって構築される構築物です。ただ、色々制約があるらしいのと主要都市には防御魔法が張られているおかげでこの世界の人間で対応が出来ている状況ですね」
ジャリヤは途中から口を閉じたまま話していた。内容は理解できたが、その奇妙さにツッコみたくなる。
「そのシームレスに一発芸を披露できるのって凄いよな」
「……? 一発芸? 何のことですか?」
ジャリヤは怪訝そうにこちらを見てきた。彼女のことだろうから、腹話術を混ぜながらツッコミを待っているのだろうと思った。シャーロットはこちらを敵意を抱いたような顔で見てきた。少し怖い。
「勇者様……いくら異世界から来てこの世界が奇妙だと思えるのだとしても一生懸命説明しているのを“一発芸”って言うのはさすがに酷いですわ……」
「そーだ、そーだぁ!」
「いや、そういうわけじゃなくてだな。ジャリヤが口を閉じても声が聞こえてくるのがおかしいと思って、一発芸を織り交ぜて喋っているのかと思ったんだよ」
自分でも言ってて変なことを言っているように思える。だが、ジャリヤは全てを察したように「あぁ」と呟いてから地図を乱雑に丸めてポケットに戻した。
「それ、翻訳が長引いているんですよ」
「「は、はあ」」
シャーロットと二人仲良くアホらしい声を出してしまった。ジャリヤは指を振りながら歩き出す。
「翻訳魔法も完全じゃないので、翻訳前の言葉と翻訳後の言葉の長さが合わせられない時があるんですよ」
「気になったりしないのか?」
「まあ、確かに良く考えれば奇妙ですけど、王都に来て常に翻訳魔法を有効にしていれば慣れるもんですよ」
「はあ、そんなもんか……」
シャーロットはジャリヤの解釈を聞いても良く分からないと言った顔をしていた。そんな話をしながら歩いているうちに遠くの方に紫色の煙が現れているのが見えた。楕円状の入口のようなものが宙に浮いている。あの紫色を見ているとなんだか吸い込まれるような気がしていた。
「あまり見続けないほうが良いですわよ」
シャーロットが腕を組みながら警告するような口調で言う。
「ダンジョンの入口は遠くから見続けると意識だけ吸い込まれて出られなくなることがあるので」
彼女の警告に緊張感が高まった。周りに目を向けてみるとなんだか町民たちが神経を尖らせているような気がしていた。
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