第9話 それは私にとってギリシャ語だ!
俺たちは王都の中を歩いていた。ジャリヤが装備屋まで送ってくれるらしい。日はすっかり傾いて、空は綺麗にオレンジ色に染まっていた。道脇の様々な商人たちも店じまいを始めている。
あのギルドの一件はギルドマスターの不在中に起こったことらしく、錆鼠の連中はギルドから追放されることになった。俺たちはしてやったりとその満足な結果を喜び合っていた。
「やっぱり、勇者様は英雄たる素質があると思うんですの!」
「いや、当然のことをしたまでだ」
「ひゅーぅ、格好いいですねえぇ」
ジャリヤが横から肘で小突いてくる。彼女は俺を止めたことを気に病んでいたのかバツが悪そうにしていたが、いつの間にか終わりよければ全てよしとばかりに元のテンションに戻っていた。
小突きあいながら、道を歩いているといつの間にか装備屋の前に付いていた。ドラゴンに破壊されたはずの店は天井だけが修理されていた。これも魔法によるものなのだろうか。
「今日は祝いですよ、ルートヴィヒさん!」
「店主の名前、ルートヴィヒだったのか……」
意気揚々と入っていったジャリヤの大声に店主は何事かと驚いた様子で店の奥から出てきた。
「あなたは何を持っていたか?」
「勇者様がギルドで暴れてた錆鼠の連中を追い払ったんですよ、しかもステータス魔法だけで!」
「なんでお前が誇らしくしてるんだよ」
「だって、勇者様を選んで連れてきたのは私ですからね。えっへん!」
「選んで……?」
妙に引っかかる言葉を聞いた気がするがそれ以上突っ込むことは出来なかった。店主が店の奥の方に俺たちを招待してくれた。
部屋の中には大きいテーブルに目を見張るほどの量の料理が載せられている。
「それが、アームの勇敢な人の最初の行為であるといわれていて、それらが簡単であったので、話は聞かれて、それは直ちに準備された」
「なるほど~」
「今日座り、座るよさおよび壮大な宴会である!」
いつも通り、ジャリヤと店主が奇妙なコミュニケーションをしているところを俺は余り疑問には感じなかったが、一方シャーロットは席に付きながらとても不思議そうな表情で眺めていた。
「それは私にとってフェリフェリヤ語……じゃなくて、ちんぷんかんぷんですわ」
「そんな言い間違いするか?」
シャーロットは俺の口から漏れた疑問を聞いて怪訝そうにこちらを見てきた。
「普通にするでしょう。どこか奇妙なところがありましたの?」
「いや、言い直しの前後の文で全然違う……ああ、そうか」
「何か気づきましたの?」
「いや、翻訳魔法が悪さをしているんだろうなって」
「……?」
きょとんとした顔になっているシャーロットの隣に座って説明のために頭を整理する。
「«油を買う»……じゃなくて、«油を売る»」
「……«油»と«怠ける»に何の関係があるんですの?」
「そういうことだよ」
彼女は未だに良く分からないといった様子で首を傾げていた。目の前に用意された食事を自分の皿に取り分けてから、シャーロットに向き直る。
「慣用句が不完全な状態で発言されると翻訳魔法はそれを直訳するらしいな。ちなみに俺の出身はポーランド語なんだが、シャーロットは?」
「私は王国出身ですが……」
「今、俺の言い方が変だと感じなかったか?」
「……? いや、別にですわ」
「やっぱりな」
シャーロットらの言語は地名などの形容詞だけで言語、住民などを合わせて表すタイプらしい。さっきのシャーロットの発言が奇妙に聞こえたのは"
「勇者様はいつも言語の話をしていますけど、なんでそんなに言語に執着しているんです?」
テーブルの向こうから話しかけてきたのは、ジャリヤだ。確かに何故こんなにも言語に対して関心があるのだろう。良く考えてみれば、自分は一体何処からこの世界に来たも覚えていない。転移前の自分が一体どんな人間で、何処に住んでいて、どんな生活をしていたのか思い出せなかった。他の世界から来たこと、自分の名前まで理解できていてそれ以上が全く思い出せない。
悩み込んでいるところをジャリヤは静かに待っていてくれたが、しばらくして答えが帰ってこないのに首を傾げた。
「……勇者様?」
「あ、あぁ、好きなものに理由は必要ないだろ?」
「確かにそうですね! 例えば、私はこのサソリの串焼きとかが大好物なんですけど、誰にも理解してもらえないんですよねえ~~~!」
対面に居るジャリヤが串に刺さったサソリをバリバリと音を立てながら食べていく。満面の笑みで。
この世界の人間であるはずのシャーロットまでその様子を見ながら唖然としていた。
「お前、男を口説く前に言葉に気をつけたがいいぞ」
「勇者様までサソリを否定!?」
「いや、何が好きかなんて人の自由だけど……」
「もしかして、美味しくないとでも思っているんですか? ほら、一口でも食べてから言ってくださいよ。食わず嫌いはなんとやらというじゃないですか~」
「や、やめろって……むぐぅ!?」
ジャリヤに向けられたサソリが口に入る。不味いわけではないが、エビフライのしっぽのような食感で塩気で辛うじて味気が付いているような感じだった。多分、他人から見たら俺の目は半目になっていることだろう。
無理やりサソリを食わされる俺を見ながら、シャーロットと店主は他人事のように笑い合う。俺の周りに一つの団欒が生まれていた。過去のことは気になるが、さっさと魔王を倒して元の世界に帰れば記憶も戻ってくるはずだ。それまでの生活が楽しければ何も問題はない。
俺はそんなことを考えながら、サソリを飲み込んだ。
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