第8話 ギルドの言語景観って何だ?
「ギルドの看板に片田舎の言葉を使うのはやめろって言ったはずだよなあ? それなのにこいつはどういう風の吹き回しだぁ?」
受付の青年は完全に血が抜けたような白い顔をして息苦しそうにそれでも何か言葉を返そうと口をぱくぱくと動かしていた。
「そ、そ、それはここには隣国のパーティーの方も来ますし……色々と不都合がありますし、こっちのほうが――」
「関係ねぇよ!!」
男の拳がカウンターの木の板をぶち抜く。ギルド全体から木が軋む音が聞こえた。
「ここは王国だぜ? 王国なら王国語以外書かなくて当然だろうが、それ以外の文字が書かれてるのを見ると無性に腹が立つんだよ」
「それは……!」
「あぁ? 出来ねえってんなら、このギルドぶっ壊しても良いんだぜ?」
男が手を挙げると呼応するように男の後ろに立つパーティーメンバーらしき強面たちが各々の武器を持ち上げた。ハンマーやらメイス、錘など打撃系の武器ばかりが目に入る。初めから彼らはこのギルドを破壊する気で居たのだろう。
ジャリヤの方を見ると彼女は悔しさを噛みしめるような表情だった。拳を強く握って、それでも動けないという諦めを含んだ目で彼らを見つめていた。
「どうせ読めないくせして、しかも、市街で横暴を働いて何が“冒険者”ですか……」
「読めない?」
「言ったでしょう、普通の冒険者は文字が読めないんです。彼らは文字が読めないのに自分の言葉の文字以外の文字を景観を害すという理由でギルドから取り除こうとしているんです」
「なるほど」
男たちは要求が飲まれないと分かると破壊を始めた。受付のカウンターはまず最初にスポンジケーキのようにいとも簡単に粉砕された。テーブルやクエストを掲示しているのであろう回覧板は投げ飛ばされ、地面に叩きつけられ破壊されていた。そんな状況で多くの冒険者はなされるがままに任せていた。破壊されていくギルドを憐れみの目でただ見ているだけ。
どうして誰もあんな横暴を止めようとしないのだろうか。どうして誰もあんな理不尽と戦わないのだろうか。そんな疑問に頭の中を支配されていると目の前を見覚えのある人影が通っていった。
「やめなさい!」
振れるオレンジの縦ロール、名前がルーン文字で入ったダサい鎧。しかし、その顔は誰よりも真剣だった。
その顔をジャリヤは唖然とした様子で見つめていた。
「なんだテメエは」
「ギルドに狼藉を働くのはやめなさいと言っているのです」
「あんだと? このアマが、舐め腐りやがって」
一番近くにいた錆鼠の傷顔が腕を振りかぶる。瞬間、対応できなかったシャーロットの首にストレートが直撃した。ひゅうというおおよそ人間の体からは出ないであろう音が聞こえた後に、彼女はその場に屈み込んで酷く咳き込んだ。
傷顔が見下げている背後から錆鼠のメンバーたちがシャーロットに近づいてくる。
「けほっ、けほっ……」
「俺はお前みたいな貴族崩れの女を辱めるのが大好きなんだよ」
嗜虐的な傷顔の表情に本能的に助けようと足が出てしまうがジャリヤに後ろから袖を掴まれる。彼女は俺の顔を伺わないように視線を逸していた。その瞬間、現実がスローモーションのように思えるほどに様々な考えが頭を過った。助けるべきか、助けないべきか。そもそも、シャーロットと俺達の関係は何だったのか。
そうだった、良く考えてみれば彼女は自らの言葉を、故郷の言葉を否定されるのを嫌ってこのパーティーに来たんだった。錆鼠の奴らは自分たちの驕りのために言葉を愚弄した。彼女がそんな暴挙を許せるはずがない。そんな彼女を俺が見捨ててはいいはずがない。
俺はジャリヤの制止を振り切ってシャーロットの元へと向かう。
「待て」
「けほっ、ゆ、勇者様……!」
集まってきた錆鼠の奴らはシャーロットを袋殴りにしようと武器を構えるが、傷顔がそれを静止する。怒りに満ちた顔がこちらを睨みつける。
「……誰だテメエは」
「こいつの入ってるパーティー、ランク0.0 “誘蛾灯”リーダーのヤンだ。これ以上、こいつに手を出すようなら容赦はしない」
「はっ、ランク0.0。初心冒険者風情が格好つけやがって、お子様は家に帰りな」
「勇者様! 無理ですわ、お逃げ下さい!!」
傷顔の小馬鹿にしたような表情、その後ろから聞こえる嘲笑の声、静まりながらことの成り行きを見つめている臆病な他の冒険者たち、心配げなシャーロットがこちらに向ける「逃げろ」という懇願の顔、全てが自分に語りかけていた。でも、もうやるべきことは決まっている。
「お前、あっちのほうから歩いてきたってことは魔導師なんだろ? 魔法の一つくらい撃ってみろよ」
傷顔の後ろの男たちがまたどっと大きく粗野な笑い声を上げた。傷顔はしたり顔でこちらの魔法を待っているらしかった。
「ステータス」
「は?」
「ステータス」
シャーロットが絶望の様相でこちらを見上げてくる。もちろん俺は今、武器も防具も身につけていない状態だ。打撃武器で攻撃されれば当然吹き飛ばされるだろう。
「はっ、がはっはははははっはぁあ! 馬鹿かこいつ、ステータス魔法で人が倒せるかよ!」
「ステータス、ステータス」
「こいつ、馬鹿の一つ覚えかよ。威勢が良いだけでただの馬鹿じゃねえか!」
「ステータス、ステータス、ステータス、ステータス、ステータス、ステータス、ステータス、ステータス、ステータス、ステータス、ステータス……」
気味が悪そうなものを見たというような顔をしたのは傷顔が最初だった。そのうち、ひたすらステータスとしか言わない俺を背後の錆鼠のメンバーたちも気味悪がり始めていた。
「おい、さっさとこいつをぶっ潰せ!」
傷顔が後ろを振り向いて、取り巻きたちに呼びかける。だが、もう遅い。準備はもう終わった。
「全体に適用、ステータス」
「がっ!?」
瞬間に錆鼠のメンバーの目の前に大量のステータス・ダイアログが表示される。しかも、ダイアログ表示はとどまるところを知らなかった。ダイアログは消しても消しても次々と表示される。視界が埋め尽くされた錆鼠のメンバーは勢い余ってお互いに殴り合いを始めた。
「くっそ、ダイアログの表示音でなんにも聞こえねえ! ぐあっ!?」
「クソが、適当に殴れば当たるだろ、ぐえっ!?」
自滅していく錆鼠を見ながら、後ろに立っていたジャリヤは何か幻を見ているような表情になっていた。
「なんで……ステータス魔法は王都では禁止魔法のはず……」
「あの板を触った時になんかコピーできるんじゃねえかなあと思って、想像してやってみたら他人のステータスを開くことも出来たし、エイリアスを立ててループさせることも出来た。適当な賭けだったが、どうやら大当たりみたいだな」
「なんて……人だ……」
ジャリヤは本来の丁寧な語尾も忘れて感銘を受けているようだった。理屈は分からないが、感覚で実現しようと思ったことがそのまま実現できたのが自分でも驚きだった。これで大体全員を倒すことが出来ただろうと安心していたその時――
「はっ……! 勇者様、危ない」
「……っ!?」
ジャリヤの警告に振り向いた瞬間、後ろに居たのは顔面がステータスまみれになりながらも巨大なハンマーをこちらに振り下ろそうとしている錆鼠の残党であった。そうだ、この作戦には一つの欠点があった。暴走した錆鼠のメンバーが流れ弾になってこちらに来るということを全く考慮してなかった。
だが、ハンマーを持ったその大男はいきなり膝を折って倒れてしまった。その背後にいたのは血に濡れた剣を持ったシャーロットであった。剣についた血を払うと彼女は静かにそれを鞘に戻した。
俺はジャリヤと共に彼女の元へと駆け寄る。
「大丈夫か、シャーロット!?」
「人の言語を……愚弄するようなクズになんかいくら殴られても痛くないですわ!」
シャーロットはにんまりといい笑顔を見せる。ジャリヤが後ろで安心したようなため息をついているのが聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます