第15話 通訳者連盟ってのは何だ?


 装備屋の奥の一室。ジャリヤ、シャーロット、装備屋のルートヴィヒ、そして俺は机を囲んで一堂に会していた。この場を設けたのは俺で、俺以外の誰一人もその理由を理解できていないらしかった。

 しばらくの間、場は妙な緊張と静寂に包まれていたがそれを断ったのは俺の質問だった。


通訳者連盟らりるれろってのは何だ?」

「らりるれろって……勇者様までいったいどうしてしまったんですか?」

「……」


 怪訝そうに答えるジャリヤ、それを静かに見守るルートヴィヒも俺が何を訊いたのか理解できていない様子だった。ここまでは予想範囲内、やはりただでは通じてはくれないらしい。


「じゃあ、訊き方を変える。ってのはあるのか?」

「えっ、冒険者通訳のパーティーってことですか」

「まあ、多分それだな」


 ルートヴィヒが無言で俺の前に木杯を置く。意識していないうちに少しの間席を外して、飲み物を持ってきたようだった。一方のジャリヤは俺の質問に首を傾げて考えている様子だった。綺麗な金色のサイドテールが窓から差し込む日の光に当てられて淡く光を帯びる。


「うーん、通訳者なんて職業は翻訳魔法が作られてほぼ廃業になってしまったようなものですから、歴史上の存在って感じですかね」

「俺にはお前らにらりるれろと聞こえている言葉が、通訳者のグループを表す名詞に聞こえるんだ」

「それで……それが一体何と関係があるんですの?」


 シャーロットがいつも通りの馬鹿っぽい顔をして質問してくる。ことの重要性は理解されていないようだった。


「この世界の翻訳魔法のシステムが通訳者連盟らりるれろに関する情報共有を制限する仕組みが備えていて、それが異世界から来た俺には適用されていないということは翻訳魔法の製作者にとって通訳者の存在は邪魔だったということだ」

「それが邪魔な理由。それは、翻訳魔法が広いと思うために、訳者の仕事が減らされるけれども、であるように言い、それは、それがそうであるからである」

「確かに通訳者の仕事は減るだろうが、わざわざそれに繋がる情報を遮断するまでのことをするか? それに通訳者の存在は翻訳魔法の整合性や能力を向上させるためにあったほうがいいってのは開発者にも分かってるはずだ」


 一気に言い切ると静寂が場を支配する。


「つまり、翻訳魔法の開発者が通訳者連盟らりるれろを記憶から消し去るだけの何か理由があると考えられないか? 人類にとって有用な翻訳魔法の可能性を狭めるだけの理由が」

「魔王……」


 ジャリヤはボソッと呟く。他の三人の視線が彼女に向いた。


「翻訳魔法の開発、管理、運営を担っているのは王国元老院直下の翻訳魔術協会ですのよ。そんなことがあるわけが――」

「でも、事実そうなっている」


 木杯を掴んで、呷る。苦味が口中に広がった。中身をよく見ていなかったためよく分からなかったがコーヒーだったのだろう。


「その翻訳魔術協会がどういう意図でこういったことをしているのか、真相を知る必要があると思わないか。リスクは事前に出来る限り、取り除いておくべきだ」

「……確かにそうですね。勇者様の言うとおりだと思います。明日にでも翻訳魔術協会の本部に乗り込んだほうが良いでしょう。けれども、ただ一つだけ注意があります」


 ジャリヤは今までに見なかったまじめな表情でそう言って椅子から立ち上がった。


「翻訳魔術協会の魔術師たちは大賢者カトリーナ・アルセンを中心とした賢者集団で、都市一個を小指の一振りだけで破壊したような人間もいるようなところです」

「さぞかし、生活し辛そうだな」

「冗談じゃないですよ…… 彼女らとやりあうのだけは慎重にしてください」


 ジャリヤの表情は俺に決断を求めているかのようであった。確かにギルドでの一悶着を見た彼女にとっては俺が勝手に動き出すのはもう想定の範囲内ということなのだろう。だか、俺も勝てないと最初から分かってる相手と戦うほど馬鹿ではないつもりだ。


「分かった、直接はやり合わないようにはする。だけど、今言ったことが事実なのだとすれば、タダでは返してくれないだろうな」

「ある程度の危険は覚悟すべきということですわね……」


 そういったシャーロット自身は目を輝かせながら、こちらを見ていた。彼女は覚悟が出来ているようだった。その言葉に頷く。


「明朝、ここに再度集合してから翻訳魔術協会の本部へと向かうことにしよう。それまでみんな帰って明日に備えて休憩だ」


 三人は俺の言葉に頷いた。ジャリヤも少し目を泳がせて不安そうにしていたが、ゆっくりと頷いていた。ジャリヤとシャーロットは言われたとおりおとなしく帰っていった。ルートヴィヒも店の方に戻ったかと思いきや、テーブルの上に色とりどりの瓶を数本並べた。


「これは、戦いのために使われうる部分である。私もあなたを助ける」


 ルートヴィヒは真剣な表情で静かにそういった。彼の表情も事を深刻に捉えていることを表していた。大賢者とやらは本当に強者中の強者なのだろう。それでも行く理由は味方だと思っていた奴に後ろから刺されたくなかったから、ジャリヤたちの言葉を知ることなく倒されてしまうリスクを出来るだけ減らすためだ。

 だが、それだけではなくただでさえ嫌いな翻訳魔法を使って悪事を為そうという性根が酷く気に入らなかったというのもある。


「ありがとよ、おっさん」


 ポーションを掴むと俺は店のさらに奥の方の自室に戻っていった。


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