第6話 紋章にされたら御大もびっくりだろうな
「紋章の形ねえ……」
紋章官の目の前で三人は悩んでいた。説明の通りなら自分たちがいつも身につける武器やら防具に印される紋章だ。適当に決めてダサいのにしてしまっては締りがない――と少なくとも俺以外の二人は考えているのだろうが正直言って俺には興味のかけらもなかった。
「シャーロットお嬢様は何の形が良いんだ?」
「いきなり、尊称を付けて呼ばないでください気持ち悪い」
「呼び捨てするなとか、尊称を付けるなとか……」
「大切なのは尊重する気持ちなんですのよ。そこのところ弁えて――」
「OK、分かった、止めろ、黙れ、良いからどれがおすすめかだけ教えろ」
オレンジ色の縦ロールが振れる。壁に貼り付けられている幾つもの紋章原型を彼女は眺めていた。彼女はそのうちの一つ指差した。ジャリヤもその指の先に注目する。
「これなんかどうですの?」
「なんですかそれ……うわっ、カエルじゃないですか気色悪い」
「気色悪いなんて罰当たりですわよ。カエルは私の故郷では幸運の象徴を表しますもの、選ぶのも当然ですわ」
シャーロットは何故か胸を張って答えていた。一方のジャリヤは呆れた様子でそれを一瞥すると別の紋章原型を指差す。
「あれはどうですか? 勇者様、吉兆の証ですよ」
ジャリヤが指す方向にあった紋章原型には不気味な目玉と不定形の触手のようなものがくんずほぐれつの状態の某邪神のようなものが描かれていた。
「……却下だ」
「えーっ!? あれはポテスタスと言ってですね。これはサンプルですけど本物は直接見ると
「吉兆の証って話は何処に行ったんだよ。そもそも、それ自分が見たらどうなるんだ?」
「もちろん、自分のSAN値が削られますね」
「危ないじゃねえか!?」
後ろから苦笑が聞こえる。振り返ると紋章官の壮年の男が若い者は良いなあとでも言いたげにこちらを興味深そうに見つめていた。
「まあ、ゆっくり決めると良いさ。時間は幾らでもあるしな」
「……お言葉に甘えさせてもらうぞ、おっさん」
紋章官が頷いたのを確認すると俺は紋章原型を適当に探して、指さした。シンプルな上弦の月のマーク、可もなく不可もないようなマークに二人は驚いたような顔をして見合わせた。
やっぱり仲がいいんじゃないのかこの二人は?
「勇者様、やっぱりそういう趣味なんですか……?」
「はしたないお方ですの……」
「どういうことだよ、転生者に分かるように説明しろ」
「そ、それはですね、サッ、サ、サ、サキ……更生した魔族の一種――」
「あー、サキュバスの奴でしたね。正直うろ覚えだったんですけど、なんでシャーロットさんは覚えてるんですか?」
「……!! ……!!!!」
声にならない悲鳴が聞こえる。貴族階級というのは往々にしてこういう感じのばっかりなのだろうか。というか、せっかく言葉を濁したのにはっきり言ってしまう辺り、ジャリヤもデリカシーがないというかなんというか……。
何のつもりなのかジャリヤはニヤニヤ顔ですり寄ってきて俺の右腕に抱きついてきた。単純にいって気持ち悪い。
「そんなに気になるなら、私と一緒にイイコトします?」
「いいや、お断りだ」
「もしかして、ドキドキしてます? 押し付けてるから?」
「お前に押し付けられるものがあるとしたら、ツッコミの立場だろうな」
「凄い鼓動が伝わってきて……///」
「いや、持病のせいで不整脈があるんだ」
「勇者は壮健な人を選んでいるので持病は無いはずですよ」
「ああ、お前にドキドキするくらいなら、心筋梗塞で今すぐ急死したほうがマシだっていうパラフレーズだったんだよ」
「酷いですねぇ!?」
こんなやり取りをしているうちにシャーロットが可愛いかえるの紋章原型を紋章官に提出し、パーティー登録の作業を進めていた。
「そういえば、君たちのパーティーの名前は何だっけか」
「ああ、そういえばパーティー名を決めそこねてましたね」
「うーん、どうしましょうかしら」
女子二人が悩んでいるなか、自分の中には確実に明確な名前が浮かんでいた。
「パーティー“誘蛾灯”なんてのはどうだ?」
「誘蛾灯?」
「まあ、蛾とかが光に魅せられて火の中に入ってしまうようなそんな感じの意味だ」
「蛾?」
ジャリヤもシャーロットも頭の上に疑問符を浮かべたかのような表情で聞き返してくる。
「いや、ほら、蝶みたいな灰色とかあんまり綺麗じゃない奴のことだ」
「あぁ、“夜の蝶”のことですね?」
「あら? “夜の蝶”ってなんですの? 多分、勇者様が言いたいのは“クモリバネ”のことじゃないんですの?」
「あぁ、またか……」
どうも生物名詞だけははっきりしないのがこの異世界の変にリアルなところだった。
「ええい! このままじゃ、永遠に決まらん、パーティー“誘蛾灯”で登録だ!」
「お、おう……」
紋章官の男性は少し引き気味に俺の答えを受けて、そして紋章をデザインしてくれた。可愛いかえるが大剣を背負っている紋章だった。何となくスタイリッシュになっているのはプロの技というところだろう。
「それで? 次は何処に行けばいいんだ?」
「えっと……多分、魔法属性とかをテストしたほうが良いんじゃないか?」
「なるほどな」
「魔導師関係はこっち側じゃなくて、反対側の向かいの方だ。健闘を祈る」
紋章官の男は笑顔で見送ってくれた。その笑い顔が紋章デザインが上手くいったからなのか、自分たちのことを芸人集団と勘違いしていたからかはついぞ分からなかった。
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