第5話 建物のショボい冒険者ギルド、略して


 町中をしばらく歩いていくと、その建物が見えてきた。冒険者ギルドとは名ばかりでまるで地域の公民館のようなさっぱりさ、まるで建物のショボい某調査局である。これからは建ショボと呼ぶことにしたい。

 案内してくれたジャリヤはどうやら緊張しているようで肩が変に上がっていた。


「た、たのもー!!」

「まるで道場破りみたいだな」

「私だって初めてなんですからしょうがないじゃないですか」


 ジャリヤはこちらの胸を人差し指で何度かつついて眉を下げる。出入り口の前でぐだぐだしていてもしょうがない。彼女を後ろから押し進めつつ、ギルドの中へと入っていくことにした。

 様々な冒険者たちの間を縫って受付を探す。勇者とその付き人ということで好奇の目が自分たちに集中していたが気にせず進んでゆく。すると、爽やかな青年がカウンターに座っているのが見えた。


「ようこそ、ギルド«藝帝げいていインスティチュート»へ! 見慣れない方ですね? 新しい冒険者の方で――」

「ゲーテ・インスティチュートだな。もう何も言うまい」

「言ったでしょう、勇者様。名前空間は限られているんですよ」


 意味不明と受け取られたであろう俺のぼやきとジャリヤの良く分からない説明を聞いて受付は頭の上に疑問符を浮かべたような顔をしながらも机の引き出しからA4サイズほどの綺麗な羊皮紙を取り出す。


「冒険者登録の場合は、こちらに冒険者の氏名とパーティー名、あと印章ジーゲルを決めてもらいます」

印章ジーゲル……? なんだこのルビ……」

「ギルド間紛争などが発生された際に敵味方の区別をしやすくするために装備などに付けることが義務付けられているマークのことですよ」

「もっとも、まあ弱小パーティーの印章ジーゲルなんて認知されてないのが普通ですし、どうせ無力ですからギルド対抗戦では主力パーティーに手当り次第にぶっ倒されるのが定石ですね。敵であれ、味方であれ関係なく」


 ジャリヤは呆れた様子で両手を広げて、手のひらを上に向け首を振る。そんな彼女の言葉を聞き、受付は苦笑しながらこちらから目をそらした。


「ま、まあ、決まりですから……」

「ふむ、ところでこれは何語で書くんだ?」

「へ? 何語でって……私達の話している言葉ですよ……?」


 それ以外に何があるのかという表情でいる受付を差し置いて、俺はジャリヤに向き直る。羊皮紙の記入欄の指示は全てルーン文字で書かれているがその内容は理解できない異世界語のようだった。

 ジャリヤは俺の後ろから手を伸ばしてペンと羊皮紙を取るとすぐに何かを書き込み始めた。


「音声言語は翻訳されてるが、文字言語は翻訳されないようだな」

「まあ、翻訳することも出来るんですけど色々問題があるんですよ。記入の指示まで自分の分かる言葉になってしまうので、書類に自分の国詞くにことばを書いてしまう人も居るんです」

「なるほどな」


 彼女のなりの配慮ということなのだろう。

 ジャリヤは書類を書き終わると受付の目の前に差し出した。


「はい、確認完了です。メンバーはジャリヤさんとヤンさんだけですね?」

「まあ、今のところは」

「一度パーティーを設立するとパーティーランクが3.0を超えるまでメンバーの追加等は出来ませんけど本当に大丈夫ですか?」

「なんかめっちゃシステムメッセージみたいな確認してくるなこの人……じゃあそれで――」


 いいです、と言いかけたところで誰かがこちらに近づいていることに気づいた。周りの冒険者を押しのけてこちらにやってくるのはオレンジ色の縦ロール、クソダサ鎧の王宮騎士団の兵団長、シャーロットだった。息を荒げながら受付のテーブルに手を叩きつける。


「そ、その……ぜぇぜぇ……そのパーティー登録待った……ですの……!」

「落ち着けよ、何なんだ一体」


 親切なことに受付さんが水を一杯持ってきたようでシャーロットはそれを飲み干すと息を落ち着けた。ゆっくりとこちらに向き直り、俺の顔を直視する。少し恥ずかしい気もしたが、顔を背けなかった。


「私をあなた方のパーティーに入れていただきたいのです」

「はい?」

「おいおい、ちょっと待て、お前王宮騎士団の兵団長だったんじゃないのかよ」


 シャーロットは問を聞いて、顔をしかめた。


「ハクギンオオドリの名を押し通したら、王宮騎士団を追い出されましたの」

「シラハリョクリュウですけどね」

「話がややこしくなるから黙ってろ、砂利」

「みんな、ハクギンオオドリのことをマナガコって呼んでて、矯正しようとしたら上官からお役御免の指示が……」

「世渡りが下手なんだな」

「貴族を呼び捨てにするあなたにだけは言われたくありませんの」


 腕を組んでそっぽを向くも引くつもりは無いらしい。知り合いは他には居ないのかもしれないし、


「それにしても、王宮騎士団の中でも呼び方がバラバラってお前らどうやって軍の統制をしているんだよ」

「騎士団はなんだかんだいって貴族のお坊ちゃま、お嬢様の集団ですからね。正規の王国軍とは違うんですよ。一種の武勲のための社交場ですから、普通は魔族調査とか諮問院やら評議会と前線を繋げるくらいの役目しか無いんです」

「そうなんですの、ですから私はそこで自分の名誉のために私の国詞を守りたかった。それだけだったのに追い出されて……」


 シャーロットは半ば泣き出しそうな表情をしていた。


「ふむ……」

「自分の言葉を誇りにするのは悪いことなんですの? 私にはそうは思えないから、だからこそ冒険者になって彼らを見返してやりたいんですの」


 彼女の必死の思いが伝わってくる。確かに、追い出した方も追い出した方だろう。中世ヨーロッパファンタジー世界観の世界に果たして言語多様性の意識が生まれるのかは完全に謎だが、それにしても横暴だ。彼女をパーティーに入れない理由はさほどない。知り合いは多ければ多いほど役に立つだろうし、彼女の信条には少し同意するところがあった。

 俺は受付のテーブルにあった羊皮紙とペンを取り上げて、シャーロットに差し出す。


「やり方はまずかったかもしれないが、その意気には賛同しよう。付いてこい、このパーティーでは言葉を守ってやる」


 シャーロットの目は喜びに輝いていた。奪い取るように自分の名を羊皮紙に書き入れると受付はそれを受け取って、紋章の手続きを始めた。

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