第4話 ※地域によって名前は異なります


 王宮騎士団とやらが来るのにはさほど時間は掛からなかった。鋼鉄の鎧で身を包んだ騎士たちがぞろぞろと集まってきて実況見分をしているのはとても頼もしくて安心できる。文句があるとすれば、筆頭がやけにうるさそうな縦ロールの女の子だったことだ。

 ジャリヤや店主を押しのけるようにしてオレンジの縦ロールの女の子が眼の前に出てくる。胸を張って如何にも自分こそ勇者に面するに相応しい、他の人間は皆下郎とばかりの態度は見てて快いものではなかった。


「王宮騎士団第三竜兵団団長のシャーロットですわ。勇者様、以後、お見知りおきくださいませ」

「鎧に名前をプリントするんだな」


 胸当てに文字が一列に並んでいる。正直言ってクソダサい。並んでいる文字がルーン文字だ。しかし、何も驚くことはない。この世界が異世界ではなく誤世界であるのは十分理解させられているからだ。こんなことなら、ゲルマン神話世界にでも投げ込まれたほうがマシだったはずだ。


「名前は……Readingリーディングか」


 所詮、英語か――という感想が漏れた。しかし、彼女は頭を振って否定した。


「それはレディングと読むのです。あと省略してるのは家名ですわ」

「そういう慣習なのか?」

「いいえ、家名も大切ですが私の名を世界に残さなければなりませんので」

「なんだ、西洋玉葱エシャロットみたいな名前しやがって仰々しいことを」

「何 か 言 い ま し た か し ら ?」


 ぼそっと言ったろくでもない台詞を訊かれてしまっていたらしい。なんでもないと手を振るとシャーロットはふんっと顔を背けて実況見分をする騎士たちのところに行ってしまった。

 かと思えば、ジャリヤが体に降り掛かった砂埃を払いながらこちらに近づいてくる。彼女はシャーロットに見向きもせず、垂れた金髪を揺らしながら専ら倒れたドラゴンの方を見ていた。


「シラハヨクリュウが出てくるなんて、魔王も勇者様を倒そうと本気みたいですね」

「おい、シャーロット、シラハヨクリュウってのは普通ここへは来ないのか?」

「貴族を呼び捨てにしないでいただけますかしら? そもそも、シラハヨクリュウって何なんですの」


 シャーロットは怪訝そうな顔でこちらを見る。同時にジャリヤも不思議そうに首を傾げる。


「えっ、このドラゴンはシラハヨクリュウですよね?」

「いや、ハクギンオオドリじゃないんですの?」


 むむっ? どうやら、生物種の呼び方が違うらしいな。

 同じ生物でも方言によってまちまちの呼び方があるのは良くあることだ。メダカは地域によってはミミンジャコ,メメンジャコ、ウキンタ、オキンチャと呼ばれるらしい。

 別の騎士が疑問に満ちた顔でこっちに歩いてきた。


「このドラゴンってマナガコって呼ぶじゃないんですか?」

「そんなわけ無いでしょう? ハクギンオオドリだと昔から決まっているのですよ。騎士なら言葉遣いに気をつけなさい」

「いいや、シラハヨクリュウですね。ミジンコに毛が生えた程度の知能で魔族名を語ってもらっては困りますね」

「あら残念、ミジンコには元々毛が生えてますわ!」

「なんでファンタジー世界観なのにミジンコの繊毛知ってるんだよ。おかしいだr――」

「「勇者様は黙っててください」」


 俺に反論するときだけ、息ぴったりになるとか仲良しかよ。

 そんな二人を見ているうちにドラゴンの体は店の外に運び出されていたらしい。シャーロットもいつの間にか、周りには居なくなっていた。去る前に一言くらい言ってくれても良かったのに宮廷騎士団というのはそれほどにも忙しいものなのだろうか。

 騎士たちの様子を棒立ちで眺めていた店主は哀れにも泣きそうな表情になっていた。


「それは問題である。私はこれで暮らすことができない」

「店が潰れちゃ商売も出来ねえしな。でも、おっさんも冒険者だったんだろ」


 店主は虚しく首を振る。


「それは数十年前である。たとえまた、すでにギルドの冒険人登録が壊れて、冒険人ランクが最初からやり直されて、ライフが成らなくても。結局、私はすぐ終わりからそのような物質的な力を欠く。私がそれを持っていることで、それは、誘導できる経験であるだけである」

「そうだ、勇者様。私達がこの店を立て直すために冒険者として働いたら良いんじゃないんですか? 経験値を貯めるののついでにと言ってはなんですが」

「あぁ、あのTOEICみたいなやつな」


 ジャリヤはきょとんとした顔になるもあまり気にせず、そこら辺に落ちていた剣を取り上げてこちらに差し出してきた。


「あいにく、宮殿に勇者様を泊めておくのも色々と面倒があるんですよ。だから、働く代わりにこの裏にでも住ませてもらうのが良いと思います」

「あなたは残念で、それは哀れであり続けているけれども、あなたは私に手を貸すか?」


 申し訳なさそうに店主も嘆願してくる。ここまでお願いされては引き下がるほうが難しいというものだ。ジャリヤの差し出した剣を掴む。思ったよりも重くて危うく落としかけるが両手でしっかりと支えた。


「TOEICだか、CEFRだか良く分からん世界だがまあやるしかないだろ」


 決意の言葉は相変わらず二人に良く分からないという表情で迎えられていた。


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