第2話 翻訳魔法も万能ではないってさ
俺と魔法陣の部屋から出て、しばらく外を歩いていた。日差しが眩しい。装備を整えるために市街に出て装備屋に行く必要があるらしい。
ジャリヤは歩調を合わせて俺の横に来て、こちらに顔を向けた。
「ときに勇者様のお名前はなんですか?」
「ヤンだ、それと"勇者様"じゃない」
両手の人差し指と中指を曲げて伸ばす。エアークオーテーションというやつだ。この世界の用語で勇者と呼ばれるのは分かっているが数分で慣れるものではない。恥ずかしさで否定したくもなる。
だが、ジャリヤは思いついたように人差し指を立てた。立てた指を唇に当てて同時に頬も赤らめる。
「あらぁ、勇者様、将来的にはと、考えてましたけどこんなに早くとはイケナイお方ですね」
「それはイヤンだ」
「なるほど、チートバグ動画でよく聞くやつですね?」
「それはイルーム音楽」
「
「それはアイーンだ!! そろそろ怒っていいか!? てか、異世界人なのになんで知ってるんだよ!?」
「それは大人の事情ってやつです」
ダメだ……完全に相手のペースに飲まれてる。本当にこの世界は異世界なんだろうか。
疑問と共にジャリヤは立てた人差し指を揺らす。
「それじゃあ、後ろを取ってセッちゃんで良いですか?」
「そのキャバクラに居そうなのも止めてくれ」
「ドリームなんとかはキャバクラじゃないです!! 永遠たれ、金色のマリオネット!!!!」
「だから、なんで知ってんだよ!!!!!!」
くすくすとジャリヤが笑う声が聞こえる。そんなこんなで馬鹿な会話をしているうちに眼の前に装備屋の看板らしきものが見えてきた。看板に異世界文字は見当たらない。
「おい、砂利、なんで看板に文字が書いてないんだ?」
「砂利じゃないです、砂利屋です。文字なんて書記職の人くらいしか使いませんし、冒険者の人だって読めないでしょう?」
「なるほどな」
ジャリヤは奇妙な質問をするやつだという眼差しでこちらを見た。
文字が書記職に独占されているというのも何かとリアルな話だ。地球でさえ民衆が文字言語を自由に使えるようになるまでは長い時間がかかった。ここも然りということなのだろう。
「ハーイ歓迎!!」
木造のドアを開くと店主の声が聞こえた。いかにもトレッキング風の服装、元々「冒険者」とやらだったのであろう。中を覗くと様々な武器や防具が並んでいた。片手剣に斧、弓や弩、防具もなんでもござれという様子だ。
店主はジャリヤを確認すると表情を緩めてこちらに近づいてくる。
「あなた Dzalija! あなたはなぜここにいるか?」
「実は勇者様が召喚されてしまったので装備を揃えに来たんです」
「その下らないものみたいな扱い止めてくれるか?」
「だって、一々私の言うことにツッコんで来るから……」
店主はジャリヤの言うことに納得しながら頷く。
「私は見て、そして、私は、研究のために、しっかりとした機器を手配する必要がある。それは、水平の与えでボディとマッチしている機器が、最初に選ばれるからである」
「じゃあ、武器を選ばせてもらいますねえ」
ジャリヤは何事もなかったかのように置かれている武器に目を向ける。だが、どう考えても気になることが一つあった。
「……なあ、あのおっさん、言葉遣いおかしくねえか? さっきなんて何言ってんのかさっぱりだったぞ」
「え、ああ、翻訳魔法も万能じゃないんですよ」
ジャリヤはろくろを回すようなポーズになった。垂れた金髪が少し揺れる。
「この国で話されている言葉ってまちまちで翻訳魔法はそれを全部一括して翻訳するんですけど時々精度が低いときがあって訳されても良く分からない時があるんですよね」
「なんじゃそりゃ……」
どうやらこの国は多言語国家らしい。翻訳魔法が発達したのもそれのせいなのかもしれない。
そんな小話は本題ではないとばかりに彼女は並べられている防具を物色していた。俺はそのうちの一つ、片手でも持てそうな革の防具を引き出した。
「はい、革保護? 低レベルである間、軽い保護は進展する傾向がある。防御用の能力に心配があるけれども、倒された悪魔の家族のレートを選ぶ時には、私は心配無いはずである」
「えっと……つまり、どういうことだ?」
「おお、また、非常に軽いものが好かれず、 黄色のうちのもの革もある。けれども、それ、それどころか、少量重いである」
言っていることが中途半端に分からないのが何かとイラつく。眉を上げながら、そんな店主を見ているとジャリヤが棚の中から別の革の防具を取り出した。
「ほら、これですよ」
「言ってること分かんのか?」
「いや、多分低レベルのうちは軽い防具が良いってことを言っているのかなあと思いまして、この黄色の防具を……」
「いや、ちょっと待て」
ジャリヤが取り上げた防具を良く見る。黄色というより……これは茶色だ。
「こっちではこの色を茶色とは言わないのか?」
「まあ、茶色ですけど黄色でも通じるんじゃないんですか?」
「そうか……」
どうやら、色の意味範疇はやはり微妙に違うらしい。言語によっては茶封筒のことを黄色い封筒と言う場合もあるらしいし、翻訳魔法でも訳しきれないところがあるのだろう。
少し重みのある黄色の革防具をとって、俺はまた別の装備を選ぶことにした。
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