異世界転生したけど日本語が通じた
Fafs F. Sashimi
第1話 頻度解析などする必要がなかった
異世界転移といえば大抵の人は次のようなことを想像するだろう。
異世界語があって、主人公は少しづつ言葉を学習していく。一話、二話、三話も経てば日本語が耳に聞こえてくるものだ。それでも、元の世界とは言葉が違うことははっきりと分かる。
そう、そうでもなければ。
最初から言葉が通じる異世界だったら、それは【本当の異世界】ではない。
そう思っていただけにその声に俺は眉間を潜めざるを得なかった。
「勇者様?」
綺麗なブロンドのツーサイドアップ、端正な顔、エメラルドグリーンの瞳がこちらを覗く。地面には何やら光で魔法陣のようなものが浮かび上がっていた。起きたら見覚えのない土地にいる。こんなものは誘拐か記憶喪失か異世界転生と相場が決まっている。だが、むさい男を誘拐する物好きに追いかけられていた記憶もなけば、記憶喪失であれば目の前の魔法陣の光の説明が付かない。典型的な異世界転移という感じがしていた。
もし異世界に転移したなら、現地の言語を学びたいと思っていただけにダメージは大きかった。
「勇者様、いきなり異世界から呼び出して申し訳ありま――」
「はぁっ……俺の異世界語が……異世界語学習の楽しみが……」
「あれ、通じてないのかな……? 魔法はちゃんと設定しておいたはずなのに……」
少女の口からは日本語の単語が続く。俺は最悪の状況に頭を抱えながら、地面に打ち付けた。
きっと眼の前の少女の言葉は日本語に良く似た何かで日本語ではないんだ。気が動転していて日本語が聞こえるだけなのかもしれない。そうだ、そうに決まっている。実は日本語の音素列を逐字変換することによって真の異世界語の意味が……!
「あの……」
「そうだ! お前、名前は何だ!?」
いくら、異世界語で話さない世界であっても名前が日本人っぽいのは少数な気がしなくもない。ブロンドの少女の肩を掴んで前後に揺らして尋ねる。少女は奇妙げに俺を見ながら、口を開いた。
「私の名前は
「なんだその中途半端な翻字は!? 普通にアレス・ジャリヤじゃダメなのか!?」
「ほん……なんですって?」
翻字なんて言葉は今まで聞いたことがないという雰囲気で彼女は眉を潜めた。
「まあいい、砂利かなんか知らないがなんで俺がここに呼ばれたのか説明してくれないか」
「土属性じゃなくて、砂利屋です。勇者様がこの異世界インドラに召喚された理由はですね」
「インドラはヒンドゥー教神話の神様の名前だったな」
「……。勇者様は魔王サタンを倒す切り札として異世界から召喚されてですね」
「次は聖書かぁ」
「あの、一々コンフィグに突っ込まないでもらますかね?こちらも使える名前空間は限られてるんですから分かってもらわないと困るんです」
「
いよいよ、この世界の存在が良くわからなくなってきた。眼の前の少女はため息をつくと、手を合わせて俺に向き直ってきた。
「まあいいです、ともかく魔王が倒せなければ勇者様は元の世界には帰れないことだけはご留意ください」
「それは良いんだが、なんでお前は日本語を喋っているんだ?」
「ああ、いえ、私は勇者様の言葉を話しているのではなくて……」
少女は胸に手を当てて、何やら呪文を唱える。すると、光の糸が何本か彼女の背後から出てゆき、いつの間にか日本語の息遣いが消えてしまった。
"
「おぉ!」
なんだ、異世界語がちゃんとあるじゃないか!!
見たところ、英語や日本語を適当に変換したような代物でも無さそうに見える。喜んでいるのもつかの間、彼女は先程唱えた呪文を逆再生するように唱えた。青白い光の糸は少女の元に再吸収されて、息遣いも日本語らしいものに戻ってくる。
「おい、その翻訳魔法的なやつは切っといてくれよ」
「え? でも私達の言葉が通じなくなりますし、その度に解説をしてるんじゃ面倒すぎますし……そもそも言葉なんかで手間を取られたくないから翻訳魔法が発達したのであって――」
「あ、言葉なんかっていったか? 打ちのめして、今日の夕飯のポトフにするぞ」
無意識に出てきてしまった剣幕にジャリヤは引き気味に後ずさる。
「と、ともかく、勇者様に頼みたいのは魔王の討伐であって、言語学習じゃないんですよ」
「なあ、魔王を討伐しなかったらどうなるんだよ」
「そうですね、この世界が滅びて、勇者様は元の世界に戻れなくなります」
「じゃあ、今までこの世界が維持されていたのはなんでだ?」
「魔王は世界の理によって勇者と結び付けられていて、勇者がこの世界に召喚されなければ魔王は真の力を出せないからです。あなたが来たことで魔王は真の力を取り戻し、この世界を破壊しようとするのです」
ふむ、どうやらこの異世界の住民は馬鹿らしい。魔王に真の力を出させたくないなら勇者を召喚しなければいいのに。
ともかく元の世界に帰れなくなるのだけは面倒だ。出来れば「魔王」なんかを倒すよりもこの異世界の言語を学びたい。だが、目の前の少女に掛けられた翻訳魔法を解かない限りにはそれをするには不可能だ。
そのために魔法の鍛錬をするのも一理ある。全ては異世界語習得のために……。
「分かった、協力しよう。まず、どうすればいい?」
「そうですねえ、いきなり魔王に立ち向かうには無理があるのでまずは装備を整えてから魔物を討伐してレベル上げしなきゃですね」
ジャリヤは俺を後ろにツーサイドアップを揺らしながら先を行く。未だにおぼつかない足元で俺はその背中を追った。
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