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 飛行機型のその宇宙船はボディに比べ大きめ翼をまとったフォルムだった。歴史の教科書でみたコンコルドと呼ばれた二十世紀のジェット旅客機に似ている。

 翼にはライオンをあしらった紋章と、その横にWAGという文字がこじんまりと記してあり、その横にそれより大きめの書体で「ICARUS 1」とあった。どう見ても、その船はこちら目指しているのは間違いないと思われた。

「あれがカウフマンの雇い主の船だろうな」

オニールは苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 おそらく、ロシアか中国の船が民間船に偽装しているのだろう。奴らならやりかねない。あいつ等が乗り込んできたらアウトだ。たぶん武装した兵隊もつれてくるだろう。カウフマン=アンドロイド一体だけならなんとかなっただろうが、兵隊一個師団とか連れて来られたら敵わない。と、オニールが考えているうちに、その船はゆっくりと船の右舷に向かっていく。どうやら右舷のデッキに着鑑するつもりらしい。やがてその船は死角に入りモニタ右側からゆっくり消えていった。

「博士、こうしてはいられない。 エルメスに戻ろう」オニールはそうナカムラ博士に言うと、立ちあがって博士の腕をつかんで引っ張った。彼はカウフマンに引きちぎられたドアを跨ぐと博士の手を引き、元来た道を戻っていった。途中構造物でふさがれた通路もうまく回避して、ようやく無事にエルメスが置かれている格納庫まで戻った。意外なことに、行きはあれほど迷ったが、今回は迷うことは無かった。

途中、ナカムラ博士に、

「カーター少佐たちはどうしますの?」

と尋ねられたが、

「残念だが、見捨てるしか無い。通信も八時間以上無いんだ。おそらくもうダメだだろう」と答えた。ナカムラ博士は頷く訳でもなく黙ってついてくるだけだった。


「くそ、なんてことだ!」オニールはデッキの中で見たのは無惨にもコックピットを壊された、エルメスだった。フロントガラスはヒビが入り、計器類は使用できないほどに壊されている。

「カウフマンめ、退路を絶って逃がさないつもりだったな」オニールは思い切り壁をたたいた。

「予備のシステムも使い物になりませんこと?」ナカムラ博士が不安そうな声で言った。

「ダメだ。予備のシステムもやられている。フライトシステムのコンピュータもだ。奴はちゃんと知っていて壊していった」と、オニールが言うとナカムラ博士が怪訝そうな顔をした。

「どうした?」オニールは不審に思い聞く。オニールもなにか胸騒ぎがしたのだ。

「なにか、焦げ臭いですわ。それに遠くの方から人の声。ひとりとか二人ではないわ。何人もいますわ」と、ナカムラ博士は目を閉じ、深刻な表情で言った。

 オニールはあたりを見回す。自分たちが出入りした入り口を見るが、何の変化も無い。そのとき、バンッ! といきなり何かが破裂する音がした。右手の壁からもうもうと煙が上がり、彼の目の前も埃と煙で真っ暗になった。やがて煙が晴れると何人もの兵士らしき迷彩服とガスマスクをかぶった武装した人間が入ってくるのが見えた。

 しばらくすると兵士たちが部屋の中で散らばり何かの合図をした。するとオニールが見てもすぐ判る上等なスーツを着た、きれいな身なりの紳士が護衛の兵士を連れて入って来た。まだ若い、二十代後半から三十代のモデルのような長身の男だ。手指は女性のようにほっそりしていている。相当育ちがいいのだろう。

 煙が晴れるに連れ顔もはっきり見えるようになってくる。驚いたことにロシア人でも中国人でもない。ドイツ系のようだ。なるほどカウフマンがドイツ人をモデルの作られたのはそう言うことか? しかしヨーロッパ共同体は宇宙開発に協力はしているがロケットのみで、こんなシャトルは聞いたことがない。

それに彼らがそんな野望を抱いているなんて初耳だ。しかし兵士の軍服はどうみてもEUのそれではない。

 スーツの男は周りを一瞥するとエルメスに向かって声を張り上げた。

「やあ、オニール大佐! そこにいるのは判っているよ。ちょっとこちらに降りてきて話さないか!」完璧な英語。ドイツ人特有のドイツ訛の英語ではない。

「こう見えて、私は短気なんだ早く降りてきてくれないと無理矢理にでも降りてもらうよ」ドイツ人が右手を胸のところまで上げ、パチッと指を鳴らすと周りの兵士はスチャっと一斉に銃をこちらに向けて構えた。

「ナカムラ博士、投降するしかなさそうだな」彼はまたも苦悶に満ちた表情を浮か彼女に言った。彼女は無言でうなずいた。すべてをオニールに任せるほか無かったのだ。暫くしてオニールたちはエルメスのタラップから両手をあげて降り始めた。

「やあ、オニール大佐。 はじめまして。 そちらのご婦人とは二回目かな?」オニールはこのドイツ人とナカムラ博士が顔見知りと知って驚愕した。

「ナカムラ博士?」オニールは彼女に問いかけたが、彼女は顔を背けた。

「おい、おまえは何者だ?」オニールはドイツ人に問いかけた。

「ああ、失敬。 自己紹介がまだだったね。 私はウォルフガング・フルーア。 WAGの最高責任者だ」WAG。聞いたことがある。確かヨーロッパ共同体以前にまだドイツと言う国があるころから存在する航空機、軍需産業のコングロマリットだ。エンジン、機体などの宇宙開発の一翼を担っている企業でもある。しかし、こんな極秘裏に宇宙船を打ち上げるような話は聞いたこと無い。

「なぜ一企業の人間が軍隊をつれている? 軍服から察するにこいつらは政府軍ではないな?」オニールはウォルフガング・フルーアと名乗る男を問いつめた。

「君がそんなことを知ってどうする?  まあ、教えてやってもいいだろ。たしかに政府軍では無い、WAGの私兵だ」フルーアと名乗る男は凍てつかせるような冷たい視線でオニールを睨んだ。オニールはすうっと息を飲み込むと、

「私兵だと?  今時私兵を認めているなんて何処の後進国だ? おまえはヨーロッパ共同体の人間だろ?」と、ドスのきいた声でフルーアに言った。それでも彼は動じず、

「ああ、そうだ。しかし私には特権が与えられているのだよ。ご存じの通りWAGはヨーロッパ共同体随一の軍需産業コングロマリットだ。新兵器開発のためなら、開発部隊と言う名目で軍隊などどうにでもなるのだよ。しかもここは宇宙だ、国家どころか国連の法律は通用しない治外法権。君を蜂の巣にしようが、そこの女性を陵辱しようが問題にならない。もっとも我々はマフィアではない。そんなゲスなことはしない」と言うと、私兵たちに目配せをして、銃を下げさせた。オニールは、先ほどと同じ口調で、

「じゃ、どうしようと言うのかね? どうみても歓迎しているようには見えない。このままおとなしく地球に返してくれるものとは思えない」とフルーアに尋ねた。彼は、不遜な笑みを浮かべると、

「察しがいいね。さすがオニール大佐。頭の回転が速い。そう、君たちはいろいろ知りすぎた」と言った。そしてブロンドの髪をくしで整えると、

「君たちは全世界の英雄となり得るだろう。初めて水星から生還した人間として、そしてここが重要なんだが、エイリアンの超技術というお土産を持ち帰った人間としてだ。合衆国政府の人間たちは君たちが無事に極秘ミッションをクリア出来て、さぞかし嬉しいだろう」と言い放った。オニールは彼のある一言が引っかかった。

「極秘ミッション? どういうことだ?」オニールがそう言うと、フルーアはほくそ笑みながら口を開いた。

「君たちはミッションの途中で、計画の変更を知らされただろう? あれは、ただの偶然じゃないんだよ。このエイリアンの遺跡をしらべるために計画されたのさ。いま、軌道上で一生懸命作っている君達の救出船は、このおみやげを持ってくるために作っているんだよ。しかし彼らは気付くのが遅かった。われわれはこれを何年も前から気づき、調査して計画してきた。そして幸いにも今回の水星探査計画に便乗させてもらったのだよ」フルーアは最後には笑いを堪えられず、吹き出しながらオニールに答えた。

「くそ! この下衆野郎が」オニールは頭の中ですべての疑問が氷解していくのが判り、思わず悪態をついた。

「ああ、ところで我々は君を我が社にスカウトしようかと思う。報酬は言い値で聞くよ。もちろん何処まで期待に添えるか判らんが、常識の範囲内で…」と、フルーアが言いかけたところで、

「断ったらどうする?」とオニールが遮った。

フルーアは、フンっと鼻を鳴らすと、

「殺しはしないよ。ただし…」ナカムラ博士のほうをちらっと見ると、

「そちらの日本人と一緒に脳味噌をいじらせてもらう」と言った。ナカムラ博士の顔が恐怖で歪んで行くのが判った。

「なあに、痛いのはほんの少しの間だ。痛みを感じる部分と記憶を司る部分を少しいじらせてもらうだけだよ」

「何だと?」外科手術で脳の記憶部位を切除するつもりか? オニールは怒りと憎悪に満ちた顔でフルーアをにらみつけて言った。

しかしドイツ人は、顔色一つ変えずに、

「今回のミッションで見たことはすべて忘れてもらなければならない」というと、かしげた頭を指で指して、

「記憶している部位を少し手術で取り除くんだ。ある特殊な蛍光試薬を静脈注射するんだ。そうすると、紫外線をあてると最近記憶した部分が光る。そうしてその部分をメスで切り取る」ドイツ人は手を頭の上でくるくると回しながら言った。なんて恐ろしくて野蛮な方法なんだ。

「しかしこの方法は欠点があってね。下手をすると青年期の記憶まで奪ってしまう。特に二十代までの人間にとってはね、かなりの確率で十代までの記憶が欠損する。まれに幼児まで退行してしまう奴もいるが。しかも脳細胞は実際には成長しきった大人のものだから、いくら初等教育をほどこしても精神的に成長することはない。厳しいものだよ」

ナカムラ博士は恐怖で失神して倒れたが、オニールがしっかりと支えた。

「なに、安心してくれ。そうなったら我が社が一生の面倒を見る。もちろん、我が社がそこまで存続できていればという前提だがね」

そんなのまっぴらごめんだ。オニールは激しい怒りがこみ上げてきたが、同時にこの絶望的状況ではどうにもならないことも判っていた。

「わかった。協力する。君らのプランに乗るよ。それで手術はしないんだな?」

 恐らくこれから、自由はかなり制限されるだろう。最悪の場合一生外にでることもかなわない囚人のような身になるかもしれない。しかし、脳味噌をえぐられるよりはましだ。

「ああ、君は聞き分けがいいと思ったよ。さすが判断が速いな、合衆国大佐なだけある。では早速シャトルに戻ろう、契約の準備だ」と、オニールに握手を求めた。オニールは渋々握手に応じるとナカムラ博士を抱き抱えた。

「フリッツ! ラルフ! ゲーヘン ズィ ニーマン アイン ヤパニーシュ フラウ ディ アウフ デン シュトーレ《この日本人女をシャトルに連れて行け》」

兵士はオニールからナカムラ博士を引き離すと、

「ヘイ! シュテ アウフ!《おい、起きろ!》」と彼女の髪をつかんで頭を揺すった。

「おい、丁寧に扱えよ!」オニールは博士のぞんざいな扱いに怒りがこみ上げた。それに対してフルーアは、

「どうせ、すぐに記憶を消すんだ。べつに大したことは無い」と、冷徹な目を向け言い放った。オニールは彼の言葉に驚愕した。

「おい、どういうことだ? さっき記憶は奪わないと言ったじゃないか?」オニールは怒りのあまり大きな声で怒鳴った。しかし、フルーアはさめざめとした表情で、

「ああ、君の記憶は約束通り奪わないよ。でも日本人に関してはそんな約束はしていない」と言い放った。まるで感情のないロボットだ。オニールは思わずフルーアの胸ぐらを掴み、

「おい、おまえの会社と契約すればいいと言ったじゃないか?」と、怒鳴ったが、直ぐ私兵二人に銃床で頭を殴られて倒された。フルーアはオニールにつかまれ乱れた胸ぐらをさっと治すと、

「ああ、あれはあくまでも君に関しての話だよ。彼女とは契約するつもりなんて鼻から無い」と言い放った。

 オニールは頭をさすりながら体を起こした。頭がもの凄く痛い。ふと手を見ると血がべっとり付いている。彼はふらふらと立ち上がり、フルーアに、

「彼女はとても優秀だ。きっと役に立つ」と懇願した。しかし彼は冷ややかな表情で、

「残念だが彼女は中庸だよ。それはとっくにリサーチ済みだ。我が国には彼女レベルの人材はたくさんいる。それに彼女はアジア人だ。われわれよりも劣ることは明白だ」と言った。まるで二十世紀初頭のナチスじゃないか? 

「それは彼女に失礼だぞ」オニールは烈火のごとく怒ると、また彼にくってかかろうとしたが、兵士たちに銃を向けられ制止された。フルーアはさっきと打って変わり険しい顔で、

「失礼?  何を言っているんだ? 失礼なのは貴様だ。いいか、アジア人は我々には不要だ。理由はたくさんある。我々も昔二十一世紀の初頭にたくさんのアジア人を雇った。しかしその結果はどうだ? やつらは技術を盗みそれを母国にフィードバックした。その結果アジアの軍需産業は我々を脅かして倒産寸前まで追いつめたのだ。あいにく彼らはコピー以外の技術に長けてなかった。精巧にコピーしたものの、その品質が絶望的だった。我々ドイツ人のような緻密さにそもそもかけているのだ。我々はすぐさまアジア人を我が社から追放した。おかげで核心技術を盗まれる直前で追い出せた。思想という名の核心技術だ。かれらは思想、哲学まではコピーできなかったのだ。それを手に入れられたら我が社、いやヨーロッパ共同体は滅亡していただろう」と表情とは裏腹に彼はあくまでも冷静、冷徹に言い放った。

「コム ション、コム ヒア《さあ、こっちに来い!》」とフリッツかラルフかどちらか判らないがドイツ人の兵士はナカムラ博士の腕を掴むと手かせを填めて、銃で小突いた。

「おい、やめないか!」オニールはドイツ人兵に突っかかったが、兵士からまたも銃床でど突かれ、その勢いで床に転んだ。そして彼らはさらにこれでもかと言うくらいにオニールの後頭部を銃床で殴打した。

「客人に失礼なことをするんじゃない!」フルーアは兵士らをきつく睨みつけた。さすがに横暴な兵士共も彼には逆らえないらしく、下がって敬礼して詫びた。

「部下が失礼なことをした。すまない」フルーアはオニールに詫びたが、それは心にもない形式的な物だった。彼はたとえ白人でもオニールに特に敬意を払っているわけでもなかった。誰に対しても冷徹だ、本当に感情がない耳がとがった宇宙人のようだった。


 我々は、物が散乱して歩きにくい通路を進んでいった。左舷側から右舷にまわるのはのそれほど簡単なことでは無かった。本来は貨物用の運搬路があるようだが、戦闘で破壊されたらしく隔壁によって封鎖されていた。むりやり隔壁をを破壊すれば、船内の空気が排気されてしまう。もっともこれはフルーアの受け売りだ。本当のことか判らない。

「ここを抜ければ右舷デッキの入り口だ」

フルーアがそう言うと、先頭の兵士がくるくると隔壁ドアのハンドルを回す。兵士は数回ハンドルを回すとドアを手前に引き向こう側の区画に入っていった。そのときだった。ドアの向こう側からパンパンパンと銃声が響き、その場はただならぬ気配に支配された。

「何事だ! おい、フリッツ、ラルフ、様子を見てこい」フルーアが叫ぶと、ナカムラ博士を護送していた二人の兵士は、彼女を置いたまま、ドアに近付いていった。しかし彼らよりも一瞬早く何か異質なものがぶんぶんと機械音を鳴らして、こちら側に進入してきた。ロボットだ。一瞬で殺気を感じたオニールはナカムラ博士の手をとり、そこらにおいてあるコンテナとコンテナの隙間に隠れた。そしてその直後、ロボットは有無も言わず、銃撃を開始した。兵士たちも反撃するが、全く歯が立たなかったようで、あっと言う間に彼らの銃声がとぎれた。それ《・・》は、しばらく部屋の中をうろうろしていたが他の獲物を追ってオニール達が来た左舷に向かって行った。そして暫くすると壁の向こう側は銃撃とドイツ人たちの絶叫に支配されたが、暫くするとそれも無音になった。

 コンテナの影から出た、オニールは辺りの惨劇を見入った。そこには血塗れになった数人の兵士が見るも無惨に倒れていた。

「おい、しっかりしろ!」オニールはドイツ人兵を揺すってみたが無反応だった。どうやら即死の様だ。オニールはフルーアを探したが、そこには彼はいなかった。連れ去られたのか、それとも…。オニールは隔壁扉の近くにグチャグチャになって誰だか判別のつかない肉塊を見つけたがそれがフルーアかどうかは判らなかった。

「ナカムラ博士、行こう!」オニールはコンテナの陰からナカムラ博士を引っ張り出すと、彼女の目を覆い、

「博士、見ちゃだめだ。 私が手を引くからいいと言うまで目を開けないでくれ」と言った。彼女は、

「大佐、大丈夫ですわ。わたくし、これでも医者ですのよ」と言ったが、やはり見せるのは精神にダメージを与えるだろう。オニールは彼女の手を引っ張って隔壁ドアを通り、この惨劇現場を抜け、右舷デッキに入った。やはりここも血の海だった。

 ドイツ人兵の死体は十二人ほどだ。生き残りはいるのだろうか。うまくすれば彼らのシャトルを使えば脱出出来るかもしれない。

オニールはデッキの中をくまなく探したが、彼らのシャトルは見つからなかった。

「大きすぎて、デッキの中には入れなかったのか」オニールは一人ごちた。左舷デッキのエレベータは、エルメスでもギリギリのるかどうか大きさだった。おそらく格納デッキに入るほど小さくないのだろう。

「助けて…」オニールの背後から声が聞こえた。見ると瀕死の兵士がひとり手を挙げている。

「大丈夫か?」オニールが駆け寄ると彼はゼイゼイ息を切らせながら、オニールに助けを求めて口を開いた。

「でかい、クロームメッキのトースターのようなロボットが、いきなり入ってきて全員殺していきやがった。あいつら降参しても無視しやがって…」兵士はスコットランド人らしくスコットランド訛りの英語で意識絶え絶えに口をぱくぱくさせながら話した。意識が朦朧としているらしく、白目をむいてそれでもなんとか、オニールに伝えたいようだ。

「おい、しっかりしろ! シャトルは、シャトルは何処にある? 連れて行ってやるから行き方を教えろ」オニールはせめてシャトルの行き方だけでも聞き出そうとした。しかし、彼はある部分を指さすとそのまま息絶えてしまった。

 オニールが彼の指さすほうをみると、それほど広くない階段があるスペースがあり、それは上のデッキに通じている様だった。

「どうやらあそこがシャトルの発着場に通じているようだ。 博士大丈夫か?」オニールが尋ねると博士はか細い声で、

「ええ。でも少し気分が悪いですわ」おそらく周りの血のにおいで気分悪くなってしまったのかもしれない。医者と言ってもやはりこういう状況には慣れていないらしい。

「そうか。でももう少しの辛抱だよ。がまんして歩こう」彼は博士のか細い手を握って階段を上った。オニールはあの殺人ロボットが待ち構えていないか、危惧していたが幸いにも其処には何もいなかった。彼はデッキの上にボーディングブリッジを見つけると恐る恐るそこに近づいて行った。

「大佐、シャトルに誰もいないとして、操縦は大丈夫かしら」ナカムラ博士が言った。

「大丈夫さ、私は元は空軍パイロットだ。 たいていの宇宙船の操縦はだいたいできるよ」半分口から出任せだが半分は本当だ。ただ、この船のコクピットはまだ見たこと無いのでそれを見るまでは何とも言えないというのが本当のところだ。

 彼らがボーディングブリッジを渡りきると堅く閉ざされた船のハッチが見えた。オニールはドアを押したり、蹴ったりしてみたがびくとも動かなかった。外部から開けられるような、レバーやスイッチ類も見つからない。 大気に突入した際の摩擦を考えてなるべくフラットに作っている様だった。正直これは誤算だった。きっと外部から開けるにはなにか認証キーの様な物がないとダメなんだろう。

オニールはしばらく考えた後、ナカムラ博士に、

「認証キーを手に入れなければ。君はしばらくここに居てくれ。いいかい、僕が良いと言うまで絶対に動くなよ」と言い残し、再び下のデッキまで戻って行った。周りに充分注意して再び惨劇現場に戻ると、一番傷が浅そうな兵士を探した。ちょうどさっき瀕死だった兵士がいちばん傷が浅そうだった。

「おい、おまえ生きているか? 船の認証キーをよこせ」オニールが話しかけたが無言だった。鼻に手を当てたが既に息絶えていた。気が進まなかったが彼の持ち物を探って認証キーを探すことにした。彼は血だらけの兵士の遺体を探り始め、しばらくすると腋の部分に小さな板きれ状の堅い部分があるのを見つけた。生憎ポケットも何も無い部分だ。それを何だか調べるには服を脱がせるしかなかったが、生憎ファスナー部分は銃痕で血だらけになっていて、どこから外せば良いか判らなかった。それでもオニールはそれらしい部分をまさぐり、ようやくがっちりと食い込んだファスナーのスライダー部分を見つけた。彼は血糊で固まったそれを何とかこじ開け、戦闘服の胸を開くその板きれを引きずり出した。血糊がべっとりとくっついたそれを手でこすると、顔写真と名前、ID番号が見えてきた。字は判別できないが身分証なのは容易に想像出来た。おそらく認証キーも一緒になっているだろう。

 彼はズボンの裾で血糊をこすり落としながら、シャトルのハッチまで戻った。不安げに待っていた博士の額にキスをして、

「さ、キーはゲットした。 早く地球へ帰ろう」

と、彼女を安心させて、キーをハッチにかざした。しかし何も反応しない。クソっ! これでは無かったか。どうする、また戻って探すか。オニールは一瞬落胆しかけた。だが、まだ神は彼を見捨てていなかった様だ。不意に、なめらかな機体の表面の一部が急に沈み込んだと思うと大きな口のように開いた。カードキーは本物だった。単に反応が遅いだけだったのだ。

 オニールはナカムラ博士の手を引っ張りシャトルの中に入った。意外に船内はひんやりしている。

「おーい! 誰もいないのか?」

船内は無音だった。機器の電源も落ちているらしく、ぶーんというハム音すら聞こえなかった。インジケータもついている様子はなかった。生命維持装置すら切ってあるというのか?早く電源を立ち上げないと酸素も切れるかもしれない。ふと、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。そこにはガタいの良い、大男が立っていた。

「ダニエル!」

 暗くてよく見えなかったが紛れもなくダニエル・カーターだった。

「大佐の声が聞こえたので、出てきました。よくご無事で」

見たところ、服に血がべっとり付いているようだったが、大けがでは無いらしい。

「よかった! 無事でほんとうに良かった」

オニールはカーター少佐をハグして軽く肩を叩くと、

「どうした? 無線連絡も無いからてっきりやられたものかと」と言った。オニールは彼らは死んだとばかり思っていたので、驚いていたのだった。

「無線はさっき、と言っても、もう六時間も前ですが使えなくなりました。それとジャックが怪我をしていて、動けないのです」

ハモンド少佐が怪我をしていると聴いてオニールは彼の事が気になり直ぐ容態を確認したが、あまりよくないようだ。

「止血はしましたが。出血が多かったのか意識が朦朧としていて」とカーターが言った。オニールはナカムラ博士に治療を依頼したが痛み止めの投与と止血くらいしか出来ないようだった。


「なにぶん、あのあと正体不明な何かに襲撃されて、気が付くと自分もジャックも暗闇置き去りにされていて…。そのうちに奴等がやってきて、ここまで連行されたのです。あいつら、ジャックの容体良くないのに治療もしないでほったらかしにしやがって。くそったれが」カーター少佐は自分たちの不当な扱いに憤っていた。

 ドイツ人たちのシャトルが着艦して直ぐ此処に連行されたので外の様子は判らずロボットに関しては知らなかったらしい。とにかく兵士たちが大騒ぎして出ていったのでただ事では無かったの認識していた。

 オニールは彼らにドイツ人たちを屠った殺人ロボットとカウフマンの話をした。しかし彼らは、カウフマンに関しては全く関知しておらず、彼がアンドロイドで有ることは知らなかった。

「あいつ...、カウフマンは死んでなかった。と言うか元より生きてすらいなかったんだ。ただの高性能な機械仕掛けの人形だったんだ。そして、我々をまんまと騙して、水星で見つけた異星人の宇宙挺を使って単独でこの船を盗るために乗り込んできたんだ」

「しかし、一瞬にして太陽の傍からここまで移動できるなんて…。とんでもない船ですね。あいつ等がほしがるのは判ります。それに殺人ロボットですか、それは厄介ですね。一刻も早く脱出しなくては」とカーター少佐は言った。

オニールは、

「それに関してはこの船を奪取するしか無いと考えている」と言った。カーター少佐が、

「本気ですか? こんな見たことも無い船なんて。どうやって発進させるか見当つかないですよ」といぶかしげに言ったが、オニールは、気にもとめず、

「大丈夫だ。おまえもパイロットなんだから判るだろう。なんとか操縦できるさ」と、カーターの肩を叩いて言った。

「しかし…」

さすがに、成功するか判らないこのミッションにカーター少佐は少し躊躇していたが、覚悟を決めることにした。彼にもこれより可能性のあるプランはどう考えても思いつかなかったからである。


 コクピットに入ったオニールたちは、最初計器など機器の多さに驚いたが、よくよく調べると意外にも通常のジェット機とさほど変わらない構成で安心した。これならなんとかエイリアン船から発艦して、地球の周回軌道に乗るくらいは簡単にできそうだ。周回軌道にさえ乗れれば、あとはどうとでもなる。

 とりあえずは地球との通信手段を確保して、現況を報告しよう。WAGの件について内偵が取れれば、計画に関わった連中は逮捕されるだろう。もっともヨーロッパ連合政府がどう出るかは判らないが仮にも同盟国だ。まさかWAGとつるんでいるとは思えないし、これは立派な犯罪行為だ。協力を断るはずは無い。

「ダニエル、どうだ? 問題なさそうか?」

オニールがコックピットの調査をしているカーター少佐に尋ねると、彼は、

「操縦はほとんどジェット機と変わりません。発艦は問題無いでしょう。問題は大気圏への突入です。通常は恐らくエクセルシオールと同様コンピュータによるフルオート制御でしょうが、制御はWAGが握っているはずです。だとすると、大気圏突入後はWAGの滑走路に誘導されるはずです。その際はうまく着陸出来ても、WAGの奴等に捕らえられてしまいます。なんとか、連邦政府に拠点を抑えてもらえないと危険でしょう」と答えた。オニールは、

「なんとしてもNASAと連絡つけて、連邦政府に動いてもらうようにしよう。もしダメでも最悪でも地球周回軌道まではどうにかたどりついて、救出を待つしかない」と言うと、ナカムラ博士の方に振り返り、

「ナカムラ博士、ジャックの容態はどうだ?」と彼女に尋ねた。彼女は医療パッド(この船内の医療室を漁って持ってきた物だ)をパタパタと叩きながら彼の容態をチェックすると、

「落ち着いてます。なんとか峠を越したようですわ」と答えた。

オニールはハモンド少佐に近づくと、

「それでは少しきついかもしれないが、耐えてくれ」とささやいた。まだ意識は無いみたいだったが、頷いたように思えた。オニールがナカムラ博士に、

「彼をベッドに固定してくれ」と言った。彼女は、ハモンド少佐を軽々と抱え—ほぼ無重力な為身長6フィート、180ポンドのハモンドでも軽々と持ち運べる—、コクピットを出て行った。

「さて、まずは始動させて見よう」と、オニールが言うと、カーター少佐はパイロット席に座り込んでシャトルのAPUの電源を入れた。ブーンと機体全体が小刻みに震え始める。

「まず、APUの始動は問題無いようです」カーター少佐は計器類をチェックしながら言った。今のところぽつぽつと黄色インジケーターが点灯しているが、重要な部分では無いようだ。そして十数分後それらのインジケーターも緑色になり、振動はいっそう大きくなりメインエンジンが始動し始めたのが判った。カーター少佐はドッキングクランプの解除ボタンを押すと、計器を見ながらクランプが外れるのを確認し始めた。しかし、十分ほど経過してもクランプが外れる気配が無かった。カーター少佐はフライトマニュアルを確認し、何度もリトライして見たが、クランプが外れた形跡は無かった。

「大佐、クランプが外れないようです」カーター少佐は少し焦った様子で声を上げた。

「クランプが外れない? 計器の故障じゃ無いのか?」とオニールが声を荒げた。

「判りません。他の計器は問題ありませんからこれだけ故障というのは考えにくいです。なんとか確認方法があれば良いのですが」

とカーター少佐は、モニターの切り替えのアップダウンスイッチをカチカチと押しながら、言った。

「おい、ちょっとスイッチを止めてくれ」とオニールが言うと、カーター少佐はスイッチを止め、「どうしました?」と言った。

「少し戻してくれ」とオニールが言うと、カーター少佐はさっきとは逆順ににモニターを切り替えた、10カ所ほど戻したところで、オニールが、「そこで止めてくれ」と言った。其処には、エイリアン船から伸びたクランプががっちりと船を抑えているのが見えた。

「これではこの船のクランプ解除ボタンをいくら押してもだめだな」オニールは、両手を頭の後ろに組むと、目をつぶり考え込んだ。


 その後、一時間ほどオニールとカーター少佐はクランプの解除を試していた。

「船のドッキングクランプが外れないと帰ることも出来ないぞ」とオニールの顔にも焦りが見えてきた。

「でも困りました。どうやっても外し方が判りません」カーター少佐が言った。

「なんとかエイリアン船のシステムをハック出来無いのか?」とオニールが言うと、カーター少佐は、

「それがダメ元でやって見ましたが侵入できません一番最初に試しました。仕方有りません、我々人類の船では無いのですから」オニールは暫く考え込むと、

「ジョンドウだ」と呟いた。

カーター少佐は一瞬何のことか理解できなかった。

「さっき言っていた、異星人の生き残りですか? でも奴がどう役に立つというんです?」彼は腑に落ちないという顔でオニールに尋ねてきた。

「たぶん彼はこの船のコントロールを握っているはずだ。うまく彼とコミュニケーション取れればなんとかなるかも知れない」

オニールは足下の残骸をけ飛ばすと、

「急ごう、やつらに見つかる前に」と、言いのこし、コクピットを出た。オニールとカーターは船を出てエイリアン船の中枢へ向かっていった。


 フライトデッキから、エイリアン船内に戻ると思ったより静まりかえっていて、却って不気味に感じた。

「さてここからまた暫く歩くことになるな」

オニールが静寂を破るかのように言った。

「やつらが現れなければいいですけど」カーター少佐は、WAG兵から奪った銃を構え辺りをうかがいながら言った。この銃もどうせ奴等ロボット兵には大して効かないだろう。効いていたらドイツ人たちが全滅するはずは無い。しかし、丸腰で居るよりはましだ。たとえ気休めに過ぎなくても。

 何回目の曲がり角だったろうか? それは不意に起こった。

「大佐、何か今聞こえませんでしたか? 今?」とカーター少佐が銃を構えてあちこちの気配を探りながらオニールに尋ねた。

「いや、私には聞こえなかったぞ? なに...」とオニールが言いかけた時、彼の耳にもそのウィーンウィーンという機械の動作音が聞こえてきた。カリカリカリ。金属をひっかくような音が右の扉から聞こえた。そしてその次の瞬間はドアがバンと音を立てて動いた。二人はとっさに曲がり角の手前まで飛び戻った。彼らが角に隠れるか隠れないかの間に、激しい銃撃音で静寂がかき消された。すでに、それらは二人の居場所を察知していた。

「おい、こっちに来るぞ!」オニールがカーターに叫んだ。今更おとなしく隠れているような余裕は無かった。二人は柱の陰に隠れながら、後退していったが銃撃が激しすぎて、なかなか思うように距離を離すことができない。

「あいつら、何時弾切れになるんだ? ちっとも攻撃が止まないぞ!」オニールとカーター少佐は交互に柱の陰から応戦しながら、策を考えた。

「おい、ダニエル、あそこ見てみろ!」

オニールは何かに気が付いたようだ。

「なんです? なにか脱出口みたいなのがありましたか? ひょとしてあそこのコンテナの事ですか?」カーター少佐は反撃に必死でオニールが指した場所が判らなかった。

「ちがう、もっと左だ。あの柱の奥だ」オニールが怒鳴り、カーター少佐は必死に探した。

「あそこの扉ですか? 小火器SMALL  ARMS…」と、カーターが言うと、オニールはにやりと笑い、

「ああ、そうだ。字面のとおりだとすると、あそこに銃や手榴弾があるかもしれない」と言った。カーター少佐も、反撃しながら、

「ラッキーですね。 なんとかあそこまで行ければ...。 しかし銃撃が止まないとあそこまで行く間に蜂の巣です」と言い、暫くして、

「私に良い考えがあります。あそこのコンテナを見てください」と続けた。オニールたちとロボットの間に小さめのコンテナボックスが数個詰まれていた。

「あの中身はなんだか判らないが、銃で撃てば、奴らの注意を引きつけられるかもしれません。その間にあそこの柱の陰まで移動できればなんとか武器庫に入れます」とカーター少佐が言った。オニールは、

「なるほど、なかなか考えたな。中身が爆薬や可燃物なら、奴等にダメージを与えられる可能性もある。よし、その案を許可する。合図をしたら、打ち込め!」暫くすると一瞬敵の攻撃が止んだ。弾切れかもしれないが、このチャンスを逃すと、やられるかもしれない。オニールは3,2,1とカーターに手で合図を送った。カーター少佐はすかさず、コンテナに銃弾を撃ち込んだ。

 敵は慌てもせずにコンテナに銃を向けるとパンパンと数十発を打ったが、其処には敵は居ないと気づいたようで直ぐに銃口を此方に向け撃ってきた。そのとき閃光が辺りを真っ白に照らし即座に激しい爆発音が聞こえた。オニールとカーター少佐は、壁と柱の陰に身を縮こませ小さく丸くなって衝撃をやり過ごしたが、敵はそうは行かなかったようだ。

 何が入っていたか判らないがコンテナの爆発に巻き込まれ、ばらばらになって燃えている。何台のロボットが居たのだろうか? 少なくとも頭と思われる部品が三つほど転がっていた。赤く光っていた目は既に消えて動作してないのが判った。

「大佐、やりましたね」とカーター少佐が言うと、オニールは、「ああ」と一言だけ答えた。全身が激しく痛い。さっきまで気が付かなかったが太ももから血が出ているし、服の裾が黒く焦げている。カーター少佐を見やると、かれも袖の所から煙が出ているし、ブロンドの髪の毛も一部黒くなっていた。

「全く世話を焼かせやがる」カーター少佐がロボットの一体を足で蹴飛ばした。そのとき、通路の端でカサッと何か動く音がした。

「ダニエル、伏せろ!」オニールが大声を張り上げると、カーター少佐はぱっと頭を抱え床にしゃがんだ。そしてオニールはすかさず音がする方向へ銃弾を撃ち込んだ。その先にはまだ半身生き残っていたロボットの残骸が腕をあげて、をカーター少佐に向けていた。すでにその銃口から火が吹いていて、彼の頭上をかすめた。

チュイーンと銃弾がはじかれる音が聞こえたが、直ぐにオニールが撃った銃弾の音にかき消された。0.71インチの弾丸を数発浴びて、ローマ帝国の兵隊のようなロボットは動かなくなった。

「おい、ダニエル大丈夫か?」オニールはカーター少佐に近寄ると、肩を抱えて言った。

「いや、大丈夫です。かすり傷ですよ」とカーター少佐は言ったが、直撃は免れた物の、傷は浅くは無く、頭に目立つ銃創が付いていた。ぎりぎりのところで避けたが間に合わなかったのだろう。オニールはカーター少佐のポケットから応急処理用の包帯を出すと頭をぐるぐると巻いた。

「ありがとうございます。大佐」カーター少佐は息を切らせてオニールに答えた。

「大丈夫か? 無理することはない。彼処の武器庫なら安全だ。彼処で待っていれば良い」とオニールが言ったが、

「大丈夫ですよ。これくらい。琉球戦争のときに比べたら大したこと有りません。それより武器を補給して先を急ぎましょう」と言ってオニールのすすめを断った。


 CICの中に入ると異星人ジョンドウは変わらず水槽の中に半身を浸していた。

「とても異星人には見えない」初めてジョンドウを見たカーター少佐は思わずつぶやいた。オニールはジョンドウの耳元に口を近づけささやいた。

「おい、聞こえるか?」

ジョンドウは一瞬からだをぴくっと動かしたが、すぐに元通り身動きしなくなった。しかし、オニールの言葉は聞こえたようで、口を開けて語り始めた。

「敵は機械、 機械は味方、子孫は繁栄、子供は親を探しだした。機械は停止。停止した機械は機会を伺っている。子供を望みは親がかなえる」

また、無意味な言葉だ。

「英語の様ですが支離滅裂ですね。意味がわかりません」

カーター少佐はオニールを見やるとそう言った。

「そうだ。意味が分からない。しゃべる言葉は英語に聞こえるが...」

オニールはジョンドウの耳元に顔を近づけ静かに、だが力強く言った。

「いいか? まずこの船内のロボットを停止させろ!」

ジョンドウは、口を開き一瞬ためらった様だったが、話し始めた。

「子は子孫、愛は伝わらない、母は残酷、血は緑色、時は機械が作り出す。神は近くにいる」

また、意味のない言葉の羅列だ。こいつに頼る事に意味があるのだろうか。そのとき、カーター少佐が青ざめた顔で呟いた。

「大佐、来ました。やつらです」カーターが指さした方向から、ブーン、ブーンと聞き覚えがある音が聞こえてきた。頭部にある赤いセンサーか目のような光が明滅して辺りをスキャンしている。

「ヤバイ! 伏せろ」オニールはそう言うと、カーターを引っ張り、制御板の陰に隠れた。

「これはまずいですよ。ここは袋小路です。逃げ場が無い」カーターは武器を構えて、気配をうかがっている。

「そんなことは、判っている。なんとかしないと」オニールの額に脂汗がにじむ。

「こうなったらこいつを盾にするしかあるまい」オニールはジョンドウを指さしていった。

「あいつ等に通用しますか? いざとなった彼なんて無視して撃ってくるんじゃ?」カーターは汗でびっしょりになった髪を撫でつけていった。

「いや、大丈夫さ彼はこの船の要だ。実際にこの船をバルカン帯からここまで飛ばしたんだ。あいつ等だってこいつが重要だって判っているはずだ」

 ロボットはあたりを憚らず、部屋の中に入ってくる。そして、部屋の中央までくると整然と並び始めた。ロボットの鏡のように磨き上げられたボディが不気味に光っていた。

「大佐、なんか様子がおかしいです」カーターは頭を半分ほどもたげ、ロボットの様子を確認するとそう言った。ロボットたちは整然と並んだあと、まるでスイッチを切られたかのように静止していた。ほんの数分前まで、赤いイメージセンサーを左右に振りながらスキャンをしていたのに、今は赤い目も消えてがらくたのように佇んでいた。

「大佐の言った事が通じたんですかね?」カーターはほっとした表情で言った。

「いや、どうだろうか?」オニールは、この意外な展開に少々戸惑っていた。実際には少しほっとしたところだが、あまりにもとんとん拍子に事が運んでしまったのが気に入らなかった。

「大佐、どうしましたか?」オニールのくぐもった顔見てカーターは気になって尋ねた。

「いや何でも無い」何でも無くは無い。何だろうかこの嫌な感じは。と彼は考えた。

「そうですか。なんでも無ければ良いです。それよりこいつに早くクランプを外すように言ってください。また奴等ロボットが動き出す前に」とカーター少佐に言われたオニールは気を取り直し、ジョンドウに近づくため立ち上がろうとした。しかし彼が動き出す前に、視野の隅で何かが動いた。

「彼に頼んでも無駄だよ」聞き覚えのある冷徹な声が辺りに響いた。体中が銃創でボロボロになったフルーアだった。


 オニールとカーター少佐は一斉に銃を構えその銃口をフルーアに向けた。

「ハハハ、止めてくれたまえ。こんなボロボロの体で君らに逆らうのは無理だよ。銃を下ろしてくれ」オニールとカーター少佐は顔を向き合わせた。彼らは目配せし銃を下ろした。フルーアの今のありさまを見れば反撃なんて無理だと言うことなのは明らかだからだ。

 彼は体の至る所が銃撃によりボロボロになっており、固まった血液が黒く服にこびりついていた。オマケに右腕が取れかけてぶらぶらしているし、足もかなりダメージを受けているようで、びっこを引いている。もっともそれはただの振りかもしれないが。こんな状態で生きているとはとても思えなかった。よくよく見ると後頭部の後ろも不自然にへこんでいる。彼は左手に持った、何か黒いたばこ入れくらいの小さな箱を弱々しく振りかざして言った。

「私はこの船の全権を掌握出来たんだよ。どういうことか判るかね?」

 彼は首を振って続けた。 

「君たちの命は私が握っているんだよ」

 カーター少佐は即座に銃を構えフルーアを撃とうとしたが、彼の銃は直ぐにはじき飛ばされた。

「いっ!」カーター少佐は思わず声をあげ、両手を押さえてうずくまった。銃をはじかれた衝撃でカーター少佐の手に激痛が走ったのだ。

 オニールが銃声の聞こえた方向を見ると、停止していたはずのロボットが銃がビルトインされている右手掲げていた。

「判って戴けたかな?」とフルーアはほくそ笑みながら冷ややかに言った。何故ダニエルを直接撃たない? 殺そうと思えば出来たはずだ。何か企んでいるに違いない。とオニールは思った。フルーアは既に見透かしたようにオニールに言った。

「何故君たちを殺さないんだろうかと思っただろう? ま、不思議では無い。ここで君たちに提案があるのだ。どうだい、私と取引しないかね?」オニールは想定も出来なかった彼の提案に驚いた。

「どういうことだ? 我々を殺すつもりだった癖に」とオニールは吐き捨てた。

「ハハハ。殺すなんて一言も言ってないじゃないか? まあ、日本人の記憶は消させてもらうつもりだったがね。でもこんな状況じゃいまさらそんなことはどうでも良くなった。ご覧の通り私の体はこんな状態だ。もう長くは持たないだろう。なので、もうこれ以上君たちを排除するのは止めようと思う」フルーアはそう言うとびっこを引いて近づいてきた。今、彼に敵対するとまたロボット兵に撃たれるかもしれない。そう思うとオニールはひとまずこのまま様子を探ろうとした。この状況で自分たちを撃たないと言うことは、殺すつもりは無いと言うことだからだ。

 フルーアはオニールの側まで来ると、

「君らをここから帰してあげよう。無論無料タダというわけでは無い。代わりに私の頼みを一つ聞いて欲しいのだ」と言った。

「頼み?」とオニールは彼の顔を伺いながら言うと、彼に違和感を感じることに気が付いた。銃弾でボロボロになったスーツと首筋に光る物が見える。なんだこれは? ギブスのたぐいにしては妙に体と一体化しているように見える。サイボーグか? まさかアンドロイド? 怪我でぼろぼろになっている体の一部を凝視しているオニールに気が付いた彼は、

「ああ、気が付いたようだね。そうだよ、私は人間では無いアンドロイドだ。カウフマンほど丈夫に出来ては居ないがね。だが君ら生身の人間よりは丈夫だ。そうでなければあの銃撃で生き残れるわけ無いからね。もっともばらばらに破壊されても、死ぬことも無いがね。本当の私は此処には居ないからね」とフルーアは言った。

「おまえは、フルーアのアバターなのか?」オニールは呟いた。

「そう、ご名答。私はアバターだよ。私のような人物がわざわざこんな場所に来るなんて、することは無いからね。さて、そんな話はともかく条件だが...」というと彼は葉巻ほどの大きさの棒状の装置を取り出した。

「この中に、この船に関する重要な情報を記録してある。人類の命運がかかっている重要な情報だ」フルーアのアバターはオニールにそれを渡すと、データの途切れかけたような、かすれた声で続けた。

「これを地球上に居る私の本体に届けて欲しい」

 オニールは受け取った装置をまじまじと見つめた。無線で通信するのだろうか? 継ぎ目もコネクタのたぐいも一切無かった。

「シャトルのクランプを外すため、私は再度こいつ《ジョンドウ》と接続してみる。だが、もう私の体も持たないだろう。

 次は君らとこれ《アバター》を通してコミュニケーション取れるか判らない。だから、この体で君らに会えるのは、これが最後になるだろう」フルーアはあれ《ジョンドウ》から伸びるケーブルを手にしてそう言った。

「地球に戻れば生身のあんたに逢えるんだろう?」とオニールが彼に言うと、

「本当の私は君の祖父より年上のおじいさんだ。生身と言っても全く違うさ」といった。

「さ、早く行け。シャトルは自動で発進して、WAGの基地に着陸する。それとその機械を解読なんてするなよ。それは我々の成果なんだ。それだけは守ってくれ」

 オニールはその葉巻型の装置をしっかり握ると、カーター少佐と共にCICを後にした。

「ちょっとビックリしましたね。あんなに素直に帰してくれるなんて」とカーター少佐が言った。

「私はまだ少し疑念が残っているんだがな」オニールが言った。シャトルに戻るまでの帰り道は空恐ろしいくらいに何の障害も無かった。シャトルに到着したのは、十八時半過ぎ。CICを立ち去るときの時刻は十八時を十分ほど回ったところだから、三十分もかかっていない。ハッチを開けると、ナカムラ博士が迎えてくれた。

「博士、何事も無かったかね?」とオニールが尋ねた。博士が、

「ええ、此方は退屈な程何もなかったですわよ...」と答えかけたそのとき、オニールの後から入ってきたカーター少佐が、

「博士! 喜んでください! 地球に帰れますよ!」と、雄叫びを上げるように言って、彼女に抱きついた。びっくりした彼女はきょとんとしながらも直ぐに状況を把握出来たようで、喜びと安堵のまなざしとなった。

「よかったわ! 大佐、ようやく私たち帰れるんですね?」と目をうるうるとさせながら言った。カーター少佐から離れた博士はオニールに抱きしめて、

「大佐、ありがとう!」と礼を言いながら、あふれ出た涙をぬぐった。オニールは、

「ああ、そうだよ。帰れる」と抱き合った体を少し離し、彼女の両肩を手でがしっと掴んで言った。そのまなざしは恋人を見る目と言うより、我が子を見る目だった。彼女が愛おしくてたまらない。といった表情だった。しかしオニールには心配な事が一つあった。

彼の顔は再び厳しい表情になり彼女に、

「ところでジャックの具合はどうだ?」

と尋ねた。すると彼女は、

「とりあえず、落ち着いたって所ですわね。恐らくもう危機は脱したと思いますわ」と言った。彼女の表情からいって気休めと言うわけでは無いことが伺える。彼女に案内され、医療室らしい小部屋に案内されたオニールはベッドに横たわる部下を見つけた。

「まだ意識は回復してないですけれど、バイタルは安定してますわ。でも、良かったですわ。この船に一通りの医療設備が有って。ハモンド少佐もこれのおかげで何とか持ち直してくれたんですもの」とナカムラ博士は、ほっとした表情で言った。彼らが必死に戦っている間に彼女もまたハモンドの命を救うため戦っていたのだ。

「ナカムラ博士、ありがとう。私の大切な部下を救ってくれて」汗と入り交じった涙を拭きながら彼女に言った。彼女はそんなオニールに驕り事も無く、

「別にそんな大したことをしたわけでは無いですわ。医者として当然のことですもの」

と言った。そのとき船が、がくんと揺れた。

思ったより早いな? とオニールは思った。

「何事ですの?」ナカムラ博士は少し不安な顔で言った。オニールは彼女を抱き寄せると、

「恐らく、フルーアが最後の力を振り絞って、船の制御を解除してくれたんだろう。だとするとこうしては居られない。早く座席に着かないと、発進時の加速で壁にたたきつけられるぞ」と彼女に言うと、ベッドに横たわっているハモンドを担ぎ、ナカムラ博士の手を引っ張った。操縦室に入るとすでにカーター少佐はメイン座席に座って、計器をチェックしていた。

「状況はどうなっている?」

オニールがカーター少佐に尋ねると、彼は険しい表情で、

「コントロールが一切効きません。船のオートパイロットシステムにすべて奪われたようです。既に発進シーケンスに入っているようで、このままだとあと数十分のうちに動き出します」

 フルーアは船は自動操縦で恐らくドイツにあるWAGの基地に着陸すると言っていた。WAGの基地に行くのは危険だ。やつが素直に俺たちを生かしてくれるとは思わない。

「気になるのはこの装置」オニールはポケットに入っている葉巻大の物体をまさぐってそう思った。

 こいつはきっとアメリカも知り得ない重大な情報が隠されている。恐らく超光速ドライブか兵器の設計図。これは奴等に渡したらマズい。世界のパワーバランスが崩れる。これはなんとしてもアメリカ本国に持ち帰らなければならない。とりあえず巡航速度になれば、まだ自動操縦システムに介入できるチャンスがあるかもしれない。現在座標は判らないが恐らく月と地球の中間座標。そうであれば地球までは四日の猶予がある。それまでにハッキングでもなんでもして、システム介入出来れば良いのだが。

 それにしてもハモンドの意識が回復してくれれば。彼のハッキング能力はその辺のハッカーより上だ。きっとうまくいく。しかし、起きてくれないことにはどうにもならない。

 オニールとナカムラ博士は、ハモンド少佐を座席最後部に座らせ、ベルトで固定した。これで転げ回る心配も無い。直ぐ横にはナカムラ博士を座らせて、様子を見ていてもらおう。まだ予断を許せる状況では無い。

 オニールはカーター少佐とともに最前列の操縦席に座ると、不足の事態に備え、計器類のチェックを始めた。フルーアが話したとおりだとすると間もなく発進するはずだ。さてその後どうするかだ。とりあえず何とか地球のNASA本部か軍と連絡を取らなければ。大統領と直接掛け合う必要も有るかもしれない。これは高度に政治的な問題も孕んでいる。

 オニールが思索にふけっていると、やがて、すべてのインディケータが緑色になって点滅をした。いよいよ発進になるんだろう。

エンジンが始動し始めた様だ。キュイーンと甲高い音が船内に響く。

「ドッキングクランプ、解除確認しました。ボタン、スイッチ類は全く受け付けないですね」と、カーター少佐が言った。

 想定通り、此方の操作は全く出来ないって事のようだ。このまま、WAGの施設まで何も出来ないで指を咥えているだけなのか? エンジン音の周波数が徐々に高くなり、ついには飽和し最大になった。

「そろそろの様です」とカーター少佐が報告すると、船はがくんと揺れ、少し上昇すると続いてそろそろと前進を始めた。

 船内に緊張した空気が張り詰めた。自動航行とは言え、自分たちでコントロールできている訳では無いからだ。此処を脱出することが出来るだろうか。とりあえず、地球に着いてからの事は考えるのを止めよう。

 だがそんなクルーの心情は希有であった。船はゆっくりとデッキの中を進み、何事もなく船の外に出た。正面から太陽からまばゆい光が差し込むが、それを感じる前にフロントガラスのオートフィルターにより減光した。

そして船はすぐさま一五度ほど方向を変え、息をつく暇の無いくらいの早さでエンジンを点火し加速した。だが空気抵抗も重力もないため、加速はそれほど長くは必要なかった。

巡航速度に乗った船は地球に切っ先を向け何も無い世界を進んでいく。取りあえずは順調に事は運んでいるようだった。

「ダニエル、NASA本部に連絡を取ってくれ」とオニールがカーター少佐に指示をすると、彼は、

「ダメです。最初に試しましたが、無線機も使えません。操縦同様ロックされているようです」と答えた。なにもかも対策済みという訳か。オニールはホゾを噛んだ。

「ダニエル、なんとか制御を奪い取ることはできるか?」とオニールはカーター少佐に尋ねた。

「システムに侵入ハックすることさえ出来れば、なんとかできるかもしれませんが、私には無理です。ジャックさえ、何とかなれば...」カーター少佐はそういうとハモンド少佐をみやった。だが相変わらず彼の意識は回復していないようだった。

「ジャックの事は今は仕方ない。まず自分たちのやれることをしよう。スティックのインターフェイスを接続出来るようにしてくれ」とオニールは言った。

「大佐、私は何をすればよいですの?」とナカムラ博士が言うと、オニールは、

「博士は私とこいつの解析を手伝ってほしい」オニールはポケットから葉巻型の物体を取り出して言った。


 オニールはフルーアから預かった、葉巻型の物体を開けようと調べてたが継ぎ目らしき物が無いその物体を開ける手段を見つけることは出来なかった。

「いったい、どうやって開ければ良いのか?」オニールはいい加減精魂がつき始めていた。

「もう一度、私に貸してくださいませんこと?」ナカムラ博士はそう言って、オニールが持っているその物体を受け取る。

 手触りはとても堅く、適度にひんやりとしているが、金属ほど冷たい訳では無かった。かといってその触感からはプラスティックや木のようなぬくもりは全く感じず、強いてあげれば大理石のような質感だった。

「ひねれば良いのかしら?」彼女は両端を持って軽くひねってみたが、当たり前といった感じでびくともしなかった。

「やっぱりダメですわ。無線かなにかで通信するということですの?」彼女がテーブルにそれを置くとゆっくりと回転しながら止まった。オニールはその様子を見て、はっとした。

「ちょっと博士、それを渡してくれないか?」オニールはそれを受け取ると、もう一度テーブルの上に置いて、軽く回した。

それは当然のようにくるくると回り、やがて止まった。オニールは、再びそれを手に取りさっきと同じようにテーブルの上で回転させ、注意深くそれを観察した。

「博士、こいつを見て何か気が付かないか?」オニールは言った。

「今見ていて気が付きましたが、それっていつも同じ角度で止まってませんこと?」とナカムラ博士は不思議な物を見つめる様なまなざしで言った。

「そうだ、同じ角度で止まる。何故だと思う?」オニールは少年のように目を輝かせ、彼女に尋ねた。

「よくわかりませんわ。磁石のようにある部分を指し示しているように思えますけど」と、彼女は困惑した表情で答えた。オニールは、彼女の両肩を掴むと嬉々とした声で彼女に、

「そうだよ! 私もそう思ったんだ!」と言った。そして続けて、

「これが指し示す方向に何かあるんだ。ヒントになるような事がね」と言った。そして彼女と共にそれが指し示す方を見やった。彼らの視線の先はこの船のコクピットだった。


「ダニエル、そっちの状況はどうだ?」オニールはコクピットに入るなりそう言った。

「インターフェースには繋ぐことが出来ましたが、やはりログインするのは難しいです。総当たりでユーザーIDを検索しているのですが、何時終わるやら。そのうちシステムも異常に気が付いて完全にロックされるかもしれません」カーター少佐は精魂つきたと言った表情で彼に言った。

「そうか、判った。やれる限り続けてくれ。ところで、こいつについて少し判った事がある。ちょっと見ててくれ」オニールはそう言う、例の物体をカーター少佐の目の前に置き、手でくるくると回転させた。それは数十秒ぐるぐると回ったが空気抵抗でやがて回るのを止めた。

「それが何だと言うんです?」カーター少佐は意味がわからず、きょとんとした顔で言った。

「いいか、いまの状態を良く覚えておいてくれ」オニールはそう言うと再びそれをくるくると回転させた。それはまた数十秒回転するとやがて回ることを止め静止した。

「まったく意味がわかりませんが」カーター少佐はオニールの意図が理解できず困惑した。オニールはカーター少佐の肩に手を置き、口を開いた。

「まあ、一度や二度じゃ理解できないかもしれないな。良いか、一度目の状態を良く思い出して欲しい」

 オニールはそれの角度を少し変えて手を離した。時計方向に四五度回転させたそれは、逆方向にゆっくり回転しぴたりと元の角度に戻った。それの奇妙な振る舞いに気が付いたカーター少佐は今度は自らの手でそれを回転させた。数回くるくると回転したそれはやはり同じ方向で止まった。

「何ですかこれは? 磁力か静電気でも帯びているのですか?」とカーター少佐は神妙な顔で言った。

「判らない。ただ私の推測では何か重要な物を指している気がする」とオニールは言った。

「なにかこの船の重要機密の部分でしょうか?」とカーター少佐は呟いた。

「そうかもしれない。とりあえず探してみる価値はある」オニールはそう言って、それを手に取るとコクピットのあちこちで同じ事を繰り返した。オニールはコクピットの一部分を指さしカーター少佐に尋ねた。

「ダニエル、これは何だ?」彼の指さした部分は丸くクロームメッキされていたが他のボタン、スイッチ類と違ってパネルに印刷されたように、平坦になっていた。スイッチやインジケータなら印字があっても良さそうだが、何も無く何かの機能がある用に見えなかった。

「何でしょう、メンブレンスイッチみたいですが押してびくともしません。ただの飾りのようですね」カーター少佐は親指でそのメッキ部分をぐいっと押して見せた。

 オニールは無言で軽く手に持った物体をそこに近づけて見せた。すると、メッキ部分がまるで水銀のように波打ちだってきた。カーター少佐はぽかんと口を開け唖然とした表情で見つめていた。ナカムラ博士は思わず手で口を押さえた。オニールが物体をさらに近づけ手を離すと、それはその水銀状になった部分にまるで吸い寄せられるように、引っ張られていった。やがてそれは其処にすっと吸い込まれ、ぴったりはまった。

「なんてことだ」オニールは思わず叫んだ。カーター少佐とナカムラ博士は唖然とそれを見つめるだけで、声すら出なかった。それはただ其処に収まるだけで終わらず徐々に其処へ吸い込まれていった。やがてそれはその中にすっぽりと吸い込まれると、跡形もみえなくなりその部分は元の通り、ただパネルにメッキされた何かのスイッチのように一体化してしまった。オニールははっと我に返り、そのメッキ部分を引っ掻いたがつるっとした手触りのまま、元の固体に戻っていた。

「どうなっているんです?」カーター少佐は重い口をようやく開いた。

「おそらくこれがそれ《・・》のインターフェイスなんだろう。それ《・・》は彼処に吸い込まれる様に入っていった。彼処は要するにそれ《・・》専用のメディアスロットなんだろう。とにかくそれ《・・》からデータを取り出す道筋がついた。あとはここのシステムにうまくハックできれば...」

 オニールがそう言いかけた直後、突然コンソールのスピーカーから英語とは異なる言語でメッセージが流れた。

「Notantrieb-Protokoll installiert ist. Das Schiff dies als um die Notfallsequenz X laufen Dank euch von mutiges Handeln」

オニールは士官学校でのドイツ語の成績は惨憺たる物だったが、これはなんと言っているかなんとなく判った。

「緊急プログラムを実行する...」

その先は言わなかった。だが、こいつが何をしようとしているか察しが付いた。

「大佐! どういうことですか? 非常時対応プログラムって...」カーター少佐が顔を引きつらせて尋ねると、

「俺たちはまんまと嵌められたと言うことだ。くそっ! フルーアの奴め!」と、オニールは先ほどの物体が収まっている部分を拳で叩いた。

「どういうことですの?」事態を理解できていないナカムラ博士はきょとんとした表情で彼らに尋ねた。

「フルーアが私たちに渡したストレージは最初から、重要データでもなんでも無かったんだ。奴は我々がこうすることを見越してこれをよこしたんだ。このストレージは船の自爆プログラムのたぐいなのさ」オニールは彼女にかいつまんで説明をした。

 実際自爆かどうかはまだ判らないが、我々を地球まで届けてくれるような甘いものでは無いことは確かだ。おそらく、敵、彼らにとってだが、の襲撃に遭った場合に備えた緊急プログラムなんだろう。まさに我々は彼らにとっては敵だからな。このまま地球に帰れば、絶対に奴等の企てはばれてしまう。やつらはここまで秘密裏にこの計画を進めていたのだ。おそらくあの宇宙戦艦を自らの物にして世界の覇権を手にするつもりだろう。そうすればアメリカ、ロシア、中国、イスラムを中心とする現在の支配構造をがらりと変えることが出来る。特に中国、イスラムは西側陣営の思想と相容れない。   

 まずあの戦艦を研究して異星人のハイテクノロジー由来の兵器を創るだろう。そうして中国、イスラム、ロシア、ひょっとしたらアメリカも屈服させるに違いない。言うことを効かなければそれを使って蹂躙するつもりかもしれない。それには我々は邪魔なのだ。あのハイテクノロジーの塊を知るものは何人も許さないだろう。

 オニールはカーター少佐に顔を向けると、

「ダニエル、現在の状況を確認しろ! 緊急プログラムが、何をしようとしているのか確かめなければいけない。船の爆破なら一刻も無駄には出来ない」と命令した。

「アイアイサー、直ぐ始めます」カーター少佐は踵を返し操縦席に座り計器を調べ状況確認を始めた。

「ナカムラ博士はなんとかジャックの意識をもどす事に専念してくれ。薬を使ってもかまわない」とオニールはナカムラ博士に言うと、

「そんな、薬を使うのは危険です」と彼女ははっきりと言った。彼女は何か言いかけたがオニールはそれを遮り、

「危険は承知だ。しかしこのままだとあと十数時間でみんな死んでしまう。わかってくれ」とまくし立てた。

「判りましたわ。大佐の言うとおりにしますわ」彼女はまだ納得出来ないようだったが、渋々と承諾をした。

 彼女は薬箱からトリメチルフェニデートのアンプルを取り出し、無痛皮下注射器のポッドにセットすると、ハモンド少佐の首筋に先端を押さえつけ、トリガーを弾いて薬液を静脈に注入した。薬の効果は直ぐに顕れた。ハモンド少佐はうっすらと目を開けると、辺りを見回した。しかしまだ覚醒しているとは言いがたかった。まだ、夢の中に居るようにとろんとした目で正面をぼーっと見ている。

「ジャック、おい、ジャック、聞こえるか? 私だ、オニールだ」オニールはハモンド少佐の頬を軽く叩いて目を覚まさせようとした。しかし、五日間は意識が無かったのだ。直ぐに目が覚めるはずも無かった。

「あまり、無理に起こそうとするのは精神に良くありませんわ」ナカムラ博士はオニールをたしなめた。オニールは、彼を起こすのをひとまずは諦めた。しかしこの状況で自然に覚醒するのを待つわけにも行かない。

「博士、薬をもう一度打ってくれないか?」オニールは彼女の両肩を掴んで言った。オニールの言葉に彼女は驚いて目を大きく見開いた。

「ダメですわ! そんなこと出来ません! 今さっき注射した量は成人男子への一日の処方量めいっぱいですのよ! これ以上打つとどうなるか判りませんことよ。急性中毒で死んでしまいますわ!」彼女は薬箱を後ろに隠しそうとした。すると、オニールはその薬箱をばっと彼女から取り上げた。

「何をするつもりですの?」と彼女が叫ぶと驚いたカーター少佐もハッキングを一時ストップして駆け寄った。

「いいか、もう一刻の猶予も無いんだ! なんとしてでも彼に起きてもらう」カーター少佐はどうすれば良いかわからず手をこまねいていたが、オニールの、「カーター少佐。命令だ、手を出すな」という言葉でその場から一歩も近づけなかった。

 オニールは薬箱から皮下注射器とトリメチルフェニデートのアンプルを取り出し、注射器にアンプルをセットするとハモンド少佐の首筋に押しつけた。オニールは一瞬ためらったが、トリガーを引きハモンド少佐の首筋からアンプルの全量を注入した。ナカムラ博士は両手で顔を押さえている。きっとこれから起こるであろう事を想像して見るに耐えられなかったのだろう。

 オニールが注射を終えると、ナカムラ博士の危惧した通り、ハモンド少佐の顔色は目に見えて青ざめていった。だが、しばらくすると、逆に真っ赤に紅潮し、目を大きく見開き、体が小刻みに揺れ始めた。

「うううぅっ」ハモンド少佐が今まで効いたことの無い声を出して、うなり始めた。

「アナフィラキシーだ!」オニールは叫ぶとナカムラ博士に、「博士なんとかしろ」と言った。博士は、「だから言いましたのに」

と一言言って、薬箱の中を探し始めた。

「だめですわ。アドレナリン製剤が見当たりませんの」博士は絶望的な表情を見せて、オニールに言った。

「博士! 船内の医務室を探して来い!」

「医務室は最初に確認しましたわ! めぼしい物はすべて取り出しましたわ!」

「それでもいい! 探してこい! 何処か見落としているところがあるはずだ!」

「わかりましたわ。その間、ハモンド少佐を見ててくださる?」

「ああ、任したまえ」

「とりあえず、何か噛ませておかないと舌を切るぞ」オニールは未使用の包帯を医療ケースから取り出すと、ハモンド少佐の口中へねじ込んだ。ハモンド少佐はうなり声あげ、包帯を取り除こうとして暴れ出した。操縦席のカーター少佐も飛んできて、ハモンド少佐を押さえつけた。オニールは、医療ケースにある残りの包帯を取り出すと、ハモンド少佐の手と足を動かないように椅子に縛り付けた。

「やばいな、チアノーゼが出始めたぞ」オニールが呟いた。ハモンド少佐の唇の周りが紫色になって来たのだ。博士はまだか? このままではハモンドが危ないぞ。

「ダニエル! 私は医務室に行って彼女を手伝ってくる、ハモンドを見ていてくれ。なにかおかしな事があったら直ぐに呼んでくれ」オニールは気が焦りのあまり、早足で医務室に向かった。しかし、彼が向かうまでも無く彼女は直ぐに医療室から飛び出てきた。

「大佐! 見つかりましたわ!」彼女は髪の毛を振り乱して、こちらにむかって来た。ほほにはひっかき傷がある。探している途中で何処かで切ったのだろう。彼女はオニールから皮下注射器を奪い、トリメチルフェニデートのアンプルを強引に引き抜き、アドレナリン製剤のアンプルを代わりに差し込んだ。そして、真っ青な顔のハモンド少佐に注射器でアドレナリンを打ち込んだ。

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