9

「ナカムラ博士、ちょっと来てくれ」

何かの液体に満たされた、全長2メートルほどもある水槽というか浴槽に男が浸かっていた。生命維持のためか無数のパイプが彼につながっている。だが驚いたことに顔の部分は口にも鼻にもなにもつながれていない。栄養補給は直接、血管を通して行われているみたいだ。

「何なんですの?」

彼を見た博士は思わず口を抑えて言った。

「何だろう? 乗組員は化石化した人骨だけなのに彼だけ生きている。しかもどう見てもこの男は三十代かそこらだ」

オニールは浴槽をのぞき込み彼に話しかけた。

「おい、こんにちは! 君は誰だ?」

反応はない。死んでいるのか?

「おい、生きているのか?」

オニールが彼の胸に手をあてようとした寸前に、彼の体がビクッと動いた。

オニールは慌てて手を引っ込める。

彼は、瞼をぴくぴくさせやがて口を開いた。

「予定は不規則。すべては原則。調和は無効。彼は子供。我々は指導者。すべては彼方」

オニールは目をぱちくりさせた。

「驚いた! 英語をしゃべっているぞ?」

ナカムラ博士は、

「でも、言っていることは意味不明ですわ」

と、びっくりしながらも冷静に言った。

オニールは彼に、

「私は合衆国軍人のオニールだ! 君はなんて言う名前だい?」

と尋ねた。

「名前? 名前は否定。気分は不明。敵は機械。仲間は墓標。原子は交わる」

彼は、先ほどと同様意味不明な言葉を続けるだけだ。

「だめだ。壊れている」

オニールはぼそっとつぶやいた。そして無線機を手に取るとカーターたちに連絡をとった。

「こちらオニール。ダニエル、そちらの様子はどうだ?」

「こちら、カーター。 エンジンは生きているようです。核推進エンジンのようですね。無人でも動くようになっているようです」

「オーケー。こちらはすごい物を見つけたぞ! 人間ヒューマンだ!」

「え? 何ですって?」

彼らの驚きは通話口のこちら側でもわかるくらいだった。

「人間だよ、人間! 三十代前後の男性だ」

と、オニールが伝えると彼らも、

「本当ですか? それって耳がとがってたり、しっぽが有ったりしない本物の人間という意味ですか?」興味津々であれこれ尋ねてくる。

「ああ、そうだ。紛れもなくにん…」

とオニールが言いかけたとき、

『おい、ちょっとまて。今なんか動いたぞ』

と、通話口の向こうからハモンドのどなり声が聞こえた。

「大佐、奥の方で何か動きました。どうも人間ヒューマノイドの様です」ハモンドの声を裏付けるようになにが起こっているか、カーターがオニールに報告した。

「なんだと?」オニールが彼の報告を聞き直そうとしたとき、突然鈍い音が通話口の向こう側から聞こえたが、すぐさま無音になった。

「ダニエル、ダニエル!おい、聞こえるか?」オニールは必死に話しかけるが、通信機から聞こえるのは雑音だけだった。


「ダニエルたちに何かあったらしい」無線機をオフにしてオニールは言った。

「ここの乗組員に襲撃されたのでしょうか?」ナカムラ博士は不安げな顔をしてオニールを見た。

「わからない。ただの事故と言うことも考えられる」オニールは胸騒ぎがした。

「彼らを助けに行かなくて良ろしいのですか?」ナカムラ博士が言う。

「いや、状況が判らない。二人ともやられたとしたら、助けに行くのは危険だ」オニールは士官二人を瞬時に倒すような敵はとてつもなく危険だである事を理解していた。ましてやは状況も判らない場所だ。自分一人で戦うのはとても不利だ。状況から考えてあれはどう考えても事故ではない。まったく事故のような衝撃音が聞こえなかった。なにかエイリアンかなにかの未知の敵にやられたような様子だった。

「博士はここに居てください。ジョンドウ《名無しの権兵衛》、この男のことですが、何か異変がないか見ててくれると助かる。私は、入り口を閉めてきます」オニールはそう言って、下のフロアに降りていく。侵入者を防ぐためだ。

「下界は危険、機械はためらわない、敵は目の前」とジョンドウはまたしても意味にならない言葉をつぶやいた。

 博士はぎょっとして、ジョンドウ…、浴槽にいるこの船の最後の生き残りを見た。彼は先ほどまでオニールたちに無反応だったが、何故かこの時だけ博士を一瞥した。

「なに? 何がいいたいの?」ナカムラ博士が彼に問いかけると、彼はナカムラ博士を見据えて口を開いた。

「走れ《ラン》!」

「バン!」とその時、鼓膜がイカレるほどの金属音がした。何者かがオニールが閉じかけていた扉を開いたのだ。ガシャーンと大きなガラスの割れる音がする。オニールは扉を開かれた勢いで後方にとばされ、モニターの壁にぶち当たったのだ、そしてドクドクと頭から血を流して動かなくなった。

「あなたは?」ナカムラ博士は目の前の意外な人物に驚いて口を抑えながら言った。

「やあ、博士久しぶり。お元気ですか」

無機質で抑揚のない声で彼が言うと、ナカムラ博士は、

「あなた、お亡くなりになったと聞きましたわ」と、声を震わせる。

「いえ、死んではいませんよ」

「でもカウフマン博士は水星で廃棄された宇宙船の爆発に巻き込まれたって」

「爆発? ああ、FTLの衝撃波ですね。あれはジャンプするときに空間を歪めるのでね。爆発に見えるのですよ」

「FTLって?」

「ああ、超光速Faster Than Lightのことですよ。水星で見つけた、あの宇宙船ですよ。あれはこの宇宙船と同じ民族の持ち物です。彼らは貴方たち人類には持っていないテクノロジーを持っています。そのテクノロジーのうちの一つですよ」

機械のように正確無比な発音とそれと比較して抑揚の無い言葉は不気味さを通り越して、恐怖さえ感じた。不思議なことに最後に言葉を交わした際までの酷いドイツ訛りは無かった。

 血を流して倒れているオニールを見て、居ても立っても居られなかったが足がすくんで動けない。入り口を見ると無理矢理あけた扉は、大きくひしゃげていた。やはりこの男は何処かおかしいと感じた。そして博士は彼に尋ねた。

「あなた、なんでそんなに詳しいのですの? それに、この扉。あなたの所為ですの? それに水星の爆発現場にはあなたのヘルメットが落ちてたって聞きましたわ。実際私も大佐が持ってきたヘルメットを見ましたし。あなたはいったい何者なの?」

「私は紛れもなくアドルフカウフマン…」

とカウフマンが言い掛けたところで、

「嘘よ、ヘルメット無しで生きれるわけ無いじゃない! あなたアンドロイドね?」

と、ナカムラ博士が遮った。

「お察しの通り、私はアンドロイドです」

「最初から私たちを騙してたのですね? かわいそうなヴァンダイク博士。あなたのことを信頼していたわ」

「彼はとても興味深かった。出来れば我々の陣営に入ってくれれば良かったが」

「我々の陣営って…。いったいどこの国のアンドロイドですの?」

「それは貴方たちにはお伝えすることは禁じられています」

「誰かに指示されてやっているのね? だれに禁じられているの?」

「それを伝えることも禁じられています」

おそらく、ロシアか中国のアンドロイドね。と彼女は思った。彼らのスパイだったんだわ。

「私も殺すつもり?」

「いいえ。殺すつもりは有りません。人を殺すことはミッションに有りません」

「でも、大佐やカーター少佐達は殺したじゃない!」

「ミッションに障害となるものは排除します。そこに人命を優先というプログラムはされていません。それにそこのオニール大佐と呼ばれる個体はまだ機能しています」

まだ、大佐は生きている! 博士はオニールのことが気になり、いてもたってもいられずタラップを降り彼のところに駆け寄った。

「大佐、大丈夫?」ナカムラ博士はオニールを抱きかかえ、彼の傷の具合をみる。とりあえず、脈はある。頭の出血も止まっているようだ。

「あなたの目的は何ですの?」と、彼女はかつてアドルフ・カウフマンと呼ばれていた人物、いや人だと思われていたにたずねた。

「この船を地球に持ち帰ります」

「どうやってやるつもりですの? 人骨が化石化するほどの前の時代のものですわよ」

「あそこのナビゲーターにダイレクトリンクして、情報を吸い出します。その後、この宇宙船のシステムにハックしてFTLで地球に戻ります。至極簡単なことです」と、マシーンの様に抑揚の無い口調で答えた。

「地球に戻ったら、私たちを殺すつもりですの? そうでないとあなたの存在もあなたの陣営も明らかになるでしょうね。簡単に解放してくれるとは思えなくてよ」

「私はそのことに関する命令は受けていない。この船を地球に持ち帰り我々の陣営に渡すだけです。よって君たちは我々の陣営が船を引き取る際に、ヘッドオフィスでその処遇が判断されます。私自身はミッション終了後にデータを転送し自動的に分解されます。証拠は残りません」

 よくできているわね。いずれにしろ私たちの運命は限られている。おそらく彼のボスかなにかが船を引き取ったら、良くても捕虜、最悪はエアロックおくりなのね。彼女はオニールにモルヒネを打った。

「これで痛みも収まるわ」

 オニールはうっすらと目をあけた。わき腹と足が痛い。背中と頭もだ。

 カウフマン博士、いやかつてカウフマンと呼ばれていたアンドロイドはタラップをのぼり、ジョンドウに近づく。

「あいつは何をしているんだ?」オニールはやっとのことで口を開いた。まだ視力が回復していないらしく、ジョンドウに近づくものの正体に気がついていなかった。

「ジョンドウ、彼が言うにはこの船のナビゲーターらしいけど、ハッキングしてこの船を動かすつもりらしいわ」と彼女は瀕死のオニールに答えた。

「なに? そんなことができるのか? あいつは何者なんだ?」とオニールは驚いて尋ねた。彼女は、

「彼は、カウフマン博士よ。正確に言えばカウフマン博士って呼ばれていた物ですわ」と答えたが、オニールはまだ状況を理解出来ていなかった。

「カウフマン博士? 彼は水星で廃棄された宇宙船の爆発に巻き込まれて死んだはずだ。残骸もヘルメットも見た」

「彼はアンドロイドよ。人じゃないですわ」

彼女は静かに訂正した。

「アンドロイド? 何だって?」彼は思わぬ事実に驚愕した。

「彼は最初から人間の振りをして私たちのミッションに紛れ込んでいたのですわ。ひょっとしたらカウフマン博士と言う人は実際に居たのかもしれないけど、途中で入れ替わったのかもしれないですわ。可哀想に本物のカウフマン博士はもうとっくに死んでいるかもしれませんわね」

「奴は船をハックして動かしてどうするつもりだ?」とオニールは声を上げた。彼女はカウフマン博士と呼ばれていた物が先ほど語った事をオニールに説明し始めた。

「良くは分からないけど、地球まで飛ばして私たちと一緒に彼の陣営のボスに引き渡すらしいですわ」

「引き渡す?」彼は思わず彼女に聞き返した。

「ええ、おそらくロシアか中国ね。こんな大がかりなことをしでかすのは…」

「阻止しなければ。これがロシアや中国、あるいはイスラム帝国に渡るととんでもないことになるぞ」とオニールは立ち上がろうとしたが、ナカムラ博士は、

「そんなに怪我をしているのに無理ですわ。ここはおとなしく様子を見ましょう。それにもし彼がこの船を動かせたら、願ってもいないチャンスですわよ」と彼を制止した。オニールは、

「何故そう思う?」と彼女に言った。

「私たちではこの船は飛ばすことはできませんわよ。それを彼がやってくれるのですから。それにあの扉を見てください」ナカムラ博士はオニールに扉を見るように促した。するとオニールは悟るように、

「ふっ、なるほど、あのパワーをまともに食らったら今度こそ死ぬな。しかし、この船を地球まで持っていくとは何年かかると思ってるのだ?」といった。

「彼がさっき言ってましたわ。この船には超光速Faster Than Lightの機能があるって。それで一気に地球まで戻るつもりらしいですわよ」とナカムラ博士は言った。

「ああ、なる程。この異星人は既に超光速航行を可能にしているのか。これは世紀の発見だな。地球外知的生命体だけでなく光を越える早さで移動できる手段を手に入れたのだからな」しかし、何故そんな情報も持っているのだろう。こっちは今回のミッションでようやくこの宇宙船群の存在を知ったというのに。

 一方、アンドロイドのカウフマンは指先からいくつものプローブ端子のワイヤーをウネウネと蛇のようにくねらせながら、ジョンドウと彼の傍にある機械に這わせる。ハッキングするポイントを探しているようだ。

 オニールはふと状況を打破するアイデアを思いつき、博士に話し始めた。

「いいか、奴がこの船をドライブしている間は、あの線は中枢部に結線され続けているに違いない。船をドライブしている間は演算能力をすべてをそちらに回しているだろう。その間奴は無防備だ。きっと俺とカーターたちをったのは俺たちに邪魔されるとマズいからだ。だが君は女性だから何もしなかった。君からは危害を加えられないと判断したのだろう。だが彼奴は俺と君を見くびった。おれの怪我は酷いがまだぜんぜん動ける。彼奴がこの船とつながっている間に隙を突けば勝てる。なんとか地球に着くまでは彼奴に頑張ってもらうが地球に着いたら、こっちの物だ。奴がプラグアウトする前に、けりをつける」

 カウフマンとかつて呼ばれていたアンドロイドは、ようやくハッキングのスイートスポットを見つけたらしく、指先から延びた光ファイバーの線をナビゲーター機器群のある一転に集中し始めた。そして彼は無事にハックを開始し始めた。それを証拠に処理のほとんどを演算にとられぐったりとし始めた。

しばらくするエンジンが機動しはじめ、ズズズンという振動が船全体に響きわたった。

そして、船内の照明が一斉に点灯し、さっきまで薄暗かった室内がぱっと明るくなる。CIC内の機器に電源が入りでブーンと一斉に起動する音で室内が埋め尽くされた。

「いよいよだな」オニールは苦しそうに息をしながら言った。

 カチカチカチ。なにかの機械が動く音がする。CIC中央部のモニターにレーダーらしきものが作動している。モニターは万全でないようで、たまにノイズで画面が乱れた。もっともそれを見ている人間はオニールたち以外誰もいない。中二階に目をやるとジョンドウとアンドロイドはぴくりとも動いていなかった。

 しばらくした後、一瞬酷い耳鳴りがしたかと思うとくらくらとめまいがして、意識を失った。


 気がつくと、ナカムラ博士も気を失っていたようで頭をうなだれていた。

「博士、博士!」オニールはナカムラ博士を揺すって起こした。

「ああ、ごめんなさい、すごくめまいがして。気を失ってしまったようですわ。なんか疲れているのですわね」ナカムラ博士は、疲れで気を失ったと勘違いをしているようだった。

「博士、これは違うぞ。 私も気を失っていた。 私も血液不足か何かで気を失ったと思った。だが、なにかこの船に起きたらしい。 ひょっとすると既に超光速ジャンプを決行したのかもしれない」とオニールが言うと、博士は、

「何の合図もなくいきなりですの?」

と言った。オニールは、

「どうせ私たちに気を使うようにはプログラムされてないのだろう」と言うと、立ち上がりカウフマンとジョンドウに向かって叫んだ。

「おい! もう地球に着いたのか!」

無言。

「どうやら、聞く耳も持たないらしい」

オニールの顔には少し焦りの色が見えてきた。このまま、こちらで地球に着いたかどうかの判断が付かなければ反撃の機会もないまま地球に着いてしまう。

「大佐、あそこ見てください」

 部屋中央部のモニターに惑星とその衛星らしきものが映し出されている。

「地球と月だ」

 倍率は分からないが、ここまで鮮明だとかなり近い距離だろう。ランデブーポイントはわからないが、おそらく地球と月の中間点ぐらいに違いない。そこなら国連の宇宙船も米国の宇宙船も直ぐにはやって来れない。

「博士、あれを見てくれ」オニールは乗組員だったと思われる化石化した遺骸を指さした。

「さっき見て気がついたんだが、あの長細いものはライフルか機関銃のたぐいじゃないか?」たしかに骸骨は機関銃のようなものを携えている。

「使い物になるかどうか分からないが、一か八かだ」オニールは様子を伺いながら遺骸にソロリソロリと近づいていった。やはり思った通りだ。奴は船の操縦にめいっぱいリソースを割いている。こっちの動きにまで気が回らない様だ。

 オニールはついに遺骸までたどり着き、彼らの持っているマシンガンとショットガン、それに弾丸をいくつか拝借した。途中、アンドロイドの様子を伺ったが、気づく様子はなかった。しかし、あまりにも簡単に行き過ぎたので、オニールはすこし油断してしまった。

 チャっ。何か異物を踏んで鈍い音が響いた。アンドロイドは一瞬ピクリと身体を動かした。

「大佐!」ナカムラ博士がささやくような声で叫んだが、オニールも気が付いていた。彼は次の瞬間ナカムラ博士のいる物陰にばっとジャンプして転がり込んだ。アンドロイドは同時にオニールの居たところに頭を向けたが彼を認識できなかったようで、それ以上は無反応だった。

「痛つつ、なんとかもってこれたぞ」オニールは顔をゆがめながらも、目的を達成できたという達成感で満足していた。しかし、喜ぶには早い、本番はこれからだ。オニールは銃を一通りチェックすると、

「驚いたぞ。こいつはまだどこも錆び付いていない。新品同様って訳ではないが、まだ十分使える」と言った。

「あとは火薬が湿気っていないことを祈るだけだ」かれは銃のうち大型のマシンガンタイプの物を選び、拳銃タイプのものをナカムラ博士に渡し、

「博士、拳銃を使ったことはあるか?」と、彼女に言った。彼女は少しびっくりした顔でこう言った。

「子供の頃、弟のエアガンを少し…」

オニールは彼女の肩をぽんとたたくと、

「なら大丈夫だ。おもちゃと少し違うところは反動が少し大きい。あと音がでかい。それ以外はおなじだ」と言った。

「安全装置はこれだ。ここをはずして、引き金を引く、いいね。ただ、何百年も前の物だ、ひょっとしたら正常に動作しないかもしれない。だから安易には使わないでほしい。ほんとにいざという時だけ使ってくれ」

「判りましたわ」ナカムラ博士は言った。

「私は船が減速し始めたら、やつの背後に行って頭を打ち抜く。もし失敗したら素直に降伏してくれ、いいね」オニールはそういうと、反撃するチャンスを窺った。もうしばらくすると減速が始まるはずだ。そうしたら奴を急襲する、それだけだ。やがてオニールの想定通り船が減速を始めた。慣性で体が傾く。

 オニールはアンドロイドの様子をうかがいながら一歩ずつ彼に近づいていった。途中何度も減速による慣性運動に悩まされながら、アンドロイドの傍まで近づいていった。

「もうこのあたりでいいだろう」オニールは心の中でつぶやきながら、銃を構えアンドロイドの頭を狙った。そして彼はついに構えた銃でアンドロイドを狙撃しようと引き金に指をかけるが、生憎また減速が始まってしまった。今度の減速はかなり長いし大きい。きっと最後の減速だ。これを逃したらもうチャンスはこないだろう。

 オニールは意を決して引き金を引く。しかし、虚しくカチリという引き金の音が響くばかりだった。だが、幸運なことにその音はエンジンの騒音にかき消され、アンドロイドの耳には入らなかったようで気が付かれなかった。銃が使い物にならなかったら、素手でやるしかない。この銃の枝で頭をぶったたけばかなりのダメージがあるだろう。彼はそう決断すると弾を抜き、銃身をもってアンドロイドの背後にそろりそろりと近づいていった。

 アンドロイドに1メートルまで近づき、オニールは銃の砲身を手にして、思い切り頭の上まで銃を振りかざすと、渾身の力を込めてそれを振り下ろした。ガツッ! オニールの作戦はそこで潰えてしまった。

「くっ…」

 アンドロイドはすべてお見通しだったようだ。振り下ろされた銃を、アンドロイドはしっかりと持っていた。

「大佐。少しばかり遅かったようだ。すでに船のコントロールは終了しているのだよ」アンドロイドは指先からのびたコードをシュルシュルと引き込むと、オニールから銃を奪いぐしゃっと折り曲げてしまった。

「残念だな。君の聡明さには敬意をもっていたが、意外にも愚か者だったようだ」アンドロイドが彼を平手打ちにすると彼は数メートル飛ばされ、積んであるダンボール箱(のような物)にぶつかった。アンドロイドはスタスタとオニールに近づき、彼の胸ぐらをつかんで立たせると、彼の首に両手をそえた。

「君ほどの人間なら、我々の組織のしかるべき要職に付くこともできただろう。もし君が望めばだが。だがそれも叶う事もなくなった。さあ、お別れの時間だ」アンドロイドはオニールの首をギリギリと締め始めた。

「くそったれめ!」オニールは毒つくが、アンドロイドは容赦なく彼の首を締め上げる。

オニールの断末魔の叫びが部屋中に響き渡った。

もうだめかと思った瞬間。パンっと銃声とともにアンドロイドはぐったりとなった。オニールは首を抑え息も絶え絶えに銃声の聞こえた方を振り向くと、拳銃を構えたナカムラ博士が立っていた。


「大佐!」ナカムラ博士は中二階への階段を駆け上ると、オニールのところに走り寄り彼に抱きついた。

「お体、大丈夫ですの?」

「ああ、大丈夫だぴんぴんしてるよ」オニールはアンドロイドに絞められた首がまだ痛かったが虚勢をはる。彼の悪い癖だ。

「現在の船の位置は?」オニールはモニターで船の位置を確認したが、さっきまで映っていた月は見えず、地球はより大きくなっていた。それは船はまだ周回軌道に入っているわけではなく、かと言って静止している訳でもないことを意味していた。

「ヤバイぞ! このままでは地球に落下するぞ」かといっても船の操縦なんて判らない。

オニールはジョンドウに気付いた。もう一か八か彼に賭けるしかない。

「おい! 聞こえるか!」オニールはジョンドウの肩を持ってぐらぐらとゆする。

「?」ジョンドウはかっと目を見開くが、すぐに閉じてしまう。

「おい、おまえの船がやばいんだ! このままだと地球に落ちる! 今すぐエンジンを動かして軌道に乗ってくれ!」オニールはジョンドウに懇願するように言った。だが、彼は少し目を開けいぶかしげに、

「地球?」と言っただけだった。

オニールはさらに、

「そうだ、地球だ!百億以上の人間が住んでいるんこの船が都市に落ちたら、何千万と人が死ぬ。お願いだなんとか動かしてくれ!」と、大声で懇願すると、

「人は地球、騒音は有意、船は堕落、機械が修正、すべて平静」とジョンドウが、また意味不明な言葉を羅列し始めた。やがてゴゴゴと音を出して船が動きはじめた。今度は彼の言葉を聞き入れたようだ。

「やったぞ、なんとか通じたみたいだ」オニールはその場にへたり込んだ。今までの疲労が一気にでたのだろう。

「大佐、良かったですわ。あとは地球と連絡をとって救助に来てもらえばいいですわね」

ナカムラ博士の顔もぱあっと明るくなった。二人ともグシャグシャな髪の毛と汚れた顔。

オニールは顔と首、それにわき腹から血がにじんでいる。

「大佐、そこに寝てください! 手当しないと」ナカムラ博士は怪我に気付いて慌てて言った。

「いや、なに大したこと無いさ。NASAに連絡しないと。今頃は謎の物体が地球に近づいていると大騒ぎだぞ。なにしろ全長二キロメートルだ。肉眼でも観察できる大きさだ」

オニールはそう笑いながら言ったが、モニターを見て顔が凍り付いた。

 見たこともない宇宙船が近付いてきたのだ。あれはNASAでもロシアでも、中国でも無い。未知の宇宙船だ。しかしそのフォームをみる限りそれは地球の誰かがデザインしたものだった。

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