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 オニールは今日の船長日誌を記録していた。

「船長日誌二〇三七年八月八日 水星着陸より既に一週間あまりが経過した。ゲーテ盆地の調査、サンプル採取作業はほぼ完了した。期待していたエイリアンどころか、小動物、微生物すら居ない。ここは月と同様死の星だ。カウフマン博士が担当のチリウム鉱石調査は未だめぼしい結果が得られて無い。幸い、エクセルシオールによる上空からのレーザー探査により、極地域にあるペトロニウスクレーターに強い反応が見られた。そこでドローンを使って探査を実施する事にする。ただし、ここからはドローンの航続距離ぎりぎりであるため、成功する可能性は五分五分だ。調査には丸三日は掛かるだろう。滞在時間は後五日。時間はあまりない」

 着陸当初は目新しさと新発見の連続で成果が出ていたが、五日目以降目立った成果は出ていなかった。

 優先度一番のチリウム鉱石探査はまったく痕跡も見つからず、担当しているカウフマン博士の顔に日を追って焦りの色が出ているのが判る。

 博士は今朝もドローンが採取したデータとサンプルを必死に分析しているが、また無駄骨だろう。ただ一つの望みは、さっき届いたばかりのペトロニウスクレーターの観測結果だ。今はこの調査に賭けるしかない。

「オニール大佐」

博士は分析ルームから出るなり、彼に話しかけてきた。

「今からドローンを飛ばせば明日の夕方には結果が見れるんだが、どうかね?」

焦りで焦燥している博士は居ても立っても居られない様だ。

「ドローンは一回毎に整備点検することになっているはずです。前回飛行後の整備は未だの筈ですが?」

 オニールは博士の気持ちは痛いほど分かっていたが、このような特殊なミッションでは、慎重に事を運ばないと後でとんでもないしっぺ返しにあう。

「そこをなんとかしたいのだよ。一応ドローン関連の責任者は私なんだから、私がオーケーと言えば良い筈。もちろん形式上は船長のあなたに許可を得なければならないが」

 博士は手順を踏まない調査に対するオニールの杓子定規の反応に辟易していた。

「判りました。あまり賛成出来ませんが、あなたが良いというなら今回は目は瞑りましょう。いかし何か事故が起きても私は責任は持てませんよ。あなたが独断でやったと言うことなら、何も言いません」

オニールは根負けして、博士に言った。

「ありがとう! たすかるよ では早速準備にとり掛からせてもらうよ」博士は目を輝かせてエアロックに向かった。


 翌朝 本部への定時連絡が終了した後、カーター少佐から無線で緊急連絡が入る。

「どうした? ダニエル?」

 モニタ上のカーターの顔は、マルチディスプレイの反射でぼうっと照らされていた。かすかな光でも何か緊急事態であることは表情から伺えた。

「大佐! カウフマン博士にローバーの使用許可出しましたか?」

「いや、出していないが?」

 オニールはカウフマンが無断でローバーを持ち出したとすぐ理解した。

「すこし前に、大佐の命令だと言って乗って行きました。 そのあと連絡もとれません」

 オニールは顔から血の気が引いていくのを感じた。

「いったい何が起こったんだ?」

と、オニールはカーターを問いただすが、彼は首を振るだけだった。

「ドローンの位置を調べろ!」

 カーターはオニールの命令に従い、ドローンの位置を調べたが、結果は芳しくなかった。

「大佐、ドローンはロストしています。おそらく一時間ほど前のようです。場所はペトロニウスクレータの手前二十キロのところです。サンプル採取の後のようですね。おそらく博士は回収に行ったんでしょう」

 くそ、追いかけようにも、こっちには足がないぞ。

 おそらくドローンになにか有ったに違いない、墜落したか、もしくは何か重大な発見をしたか。いったい、規律違反を起こすくらいの発見てなんだったんだろうか。

「カウフマン博士、こちらオニールだ。聞こえていたら返事を頼む」

無言。

「カウフマン。返事をしてくれ」

無言。

 オニールはとりあえず無線で呼びかけたが、反応が無かった。おそらく無線を切っているのだろう。空電がむなしく聞こえるだけで、返事はなかった。

 彼はその後何回か無線でのコミュニケーションを試みたが、やはり返答は無かった。

「エクセルシオール、オニールだ聞こえるか?」

「こ、こ、こちらエクセルシオール、ハモンドです。た、た、大佐どうしましたか?」

 急な連絡でびっくりしたハモンド少佐がどもりながら慌てて、返事をした。少し居眠りをしていたらしい。

「カウフマン博士がローバーを奪って逃走した。おそらくペトロニウスクレータに向かったと思う。上空から赤外線スキャンで探してくれ」

「了解しました。見つかり次第座標を送ります」

 オニールは通信を切るとカウフマンの捜索方法を考えた。何しろ移動手段のローバーを奪われてしまった。

 ローバーは太陽光パネルを付けていれば、走行距離はほぼ無限だが、予備の酸素カセットを持って行かないと、クレーターに着く前に酸素切れで死ぬだろう。カウフマンの事だ、余分に酸素カセットは持って行くだろうが。

 ローバーはドローンよりもスピードがかなり遅いから、クレーターに着くまで昼夜ぶっ通しでとばして丸一日かかる。


「大佐、ハモンドです。聞こえますか?」

金髪碧眼の青年がモニタからこちらを見ている。

「こちら、オニールだ。博士は見つかったか?」

オニールは気の焦りからか、声を荒げて反応した。

「はい。ローバーからの熱源と思われますが、大佐たちがいる拠点から北へおよそ五十キロメートルの地点にいるようです。なおも時速三十キロ程度で北上中です」

「よしわかった、至急座標を送ってくれ」

オニールはエクセルシオールからの通信を切り、カーターを呼び出した。

「ダニエル、エクセルシオールからの報告だと、彼は此処から五十キロ北に居てまだ移動中だ。やはり予想通りドローンの回収だと思う。どうにか此処から追いかける手段はないか?」

 船内に戻っていたダニエルはしかめ面をして考えていた。

「ローバーがないので厳しいですね。歩きではとうてい追いつけませんし。この船で直接行くこともできますが、帰りの燃料を考えるとあまりやりたくはありません」

「ロボは使えないか?」

「スピードが出ません。基本的に作業用のロボです。ローバーの時速三十キロには間に合いませんよ。それに充電式ですので、一回の充電で走行できる距離は五十キロがいいところです」

「なんとか改造とかできないのか?」

「発電用太陽光パネルの一部をはずして、ロボに搭載できるかもしれませんが、モーターがそもそもローバーと同じなのでパワーアップなんてせいぜい五割り増しがいいところですよ。変圧器でそれ以上あげればパワーアップは可能ですが、その分耐久性は落ちます。下手をすると博士に追いつく前に故障なんて事になりかねません。そうしたら本当に帰れなくなりますよ」

彼は褐色の頭髪を両手で撫でつけながら言った。

 どうすればいいのか? しかしこうしている間にもカウフマンはさらに遠ざかっていく。

 オニールはふと思いついた。

「ロボの胴体を外してみたらどうだ。ずいぶん軽くなるはずだ」

 あまりにも突拍子もない提案にカーターは怪訝な顔をして、オニールの意見に賛成しながらも、問題点をがあることを示唆した。

「悪くないですね。でも作業に二時間はかかりますよ。その間に博士はさらに遠くに行ってしまいますが」

 オニールは電子機器エンジニアの義弟が昔言っていた話を思い出し、

「モーターに供給する電圧を定格ぎりぎりまで、いや定格の五割り増しまであげてくれ。ああいう機器は信頼性のため五割くらい電圧が高くても壊れないように設計されているはずだ」と、カーターに提案をした。

 カーターはオニールの話に少なからず納得して、

「わかりました。僕も大学時代にそんな話を聞いたことを思い出しました。ただし何かあっても保証はできませんよ」と一応の賛同はした

「では早速作業に取りかかろう。 私も手伝うよ」

 二人は一刻も早く事態を打開するため、休むまもなく作業に取り掛かった。


 ロボは水星での土木運搬や穴掘りなどの一般作業を行うために二台用意されている。脚部はローバーと部品を共用するモーター付きの台車で、その上に上半身だけのロボットが載っている。

 オニールとカーターはこのロボの一台を改造して、ローバーのかわりに仕立てて、カウフマンの捜索に利用しようとしていた。

 まず、ロボの上半身と台車を分離する作業を行っていた。この部分の接続はごく簡単で、数カ所の金属のジョイントと数本のケーブルがあるのみだ。

「よし最後のジョイントはずしたぞ。カーターケーブルはもうはずしたか?」

オニールは作業場代わりのコンテナ内で息を切らせながらカーターに言う。

「大佐、こっちは大丈夫です」

カーターははずしたケーブルを彼に見せるとそう言った。

「よし、『コマンド 貨物三フィートアップ 六フィート左へ移動』」

 オニールがそう言うと、ロボはもう一体の分解されたロボの上半身を持ち上げ、左に二メートルほど移動させた。

 次に、彼らは太陽光パネルを固定する作業に入った。

 パネル数枚をロボの上半身が乗っていた台座にボルトで止め、ケーブルをバッテリーに取り付けた。半田ごてなんて使えないから、ボルトで締め付けるだけの簡易な配線だ。こいつを遠目で見るとまるでゴルフ場のカートのように見えるだろう。

「さてこれをどうやって運転する」とオニールはカーターに言った。

「大佐、これを」

カーターはオニールにデータパッドを渡した。

「作業中にジャックにちょっとハックしてもらって、プログラムを改造しました。モーターには倍の三百ボルトを供給できます。ただし、運行は二百六十ボルトまでにしてください。スピードなら時速五十キロ程度です。下手をするとモーターが焼けてしまいますから」

カーターはデータパッドを操作しながら説明を続ける。

「あとこのパッドでスタートとブレーキ、スピード調整ができます。 ボイスコマンドも可能です。 コマンド フォワード」とカーターが声をだすとローバーが前に進み始めた。

「コマンド ストップ。これで停止です。あとはバック、ライト、レフト、ストップ、ここまでそのままの意味です。スピードはアップで加速、ダウンで減速です。あと、ブレーキだけは物理コントロールできた方がいいですね」

 カーターは台車部分底のメンテナンスカバーをあけると本来ブレーキレバー装着される部分を指し示した。今はただパッキンで塞がれた穴が有るだけだ。

「ここに適当な棒を差し込んで不可逆性樹脂で固めましょう。液体アルミペーストの方がいいかもしれませんが、在庫があるかどうか」カーターはコンテナの奥の方に行くと備品置き場の中をごそごそ漁り始めた。

「有りました。液体アルミペーストです。樹脂だと熱が心配でしたが。これなら大丈夫でしょう」

 カーターはメンテナンスカバーを開け、ロボを分解する時に外した金属の支柱をブレーキレバー装着部分に差し込むと、その部分にチューブから液体アルミペーストを流し込む。アルミが溶け込んでいる溶剤が、あっという間に薄い大気に飛んでしまうとアルミはかちかちに固まってしまった。

「これでいいでしょう。あとはメンテナンスカバーを閉めて隙間をテープでぐるぐる巻きにすれば、取り敢えずレゴリスが入り込むことも無いでしょう」

 カーターはテープでメンテナンスカバーの隙間をきっちり塞いだ。彼は金属の棒切れを持ってきて、台車前方部分に固定すると先ほどの操縦用パッドをテープでぐるぐる巻きにして取り付けた。

「大佐、簡易では有りますが操作卓をつくりました。これで運転はずいぶん楽になるはずです。あとこれは酸素カートリッジです」

と、コンテナボックスを開けて箱にあるカートリッジを見せた。

「現状用意できるのはこれだけですが、博士に追いついて戻ってくるまでは間に合うでしょう。これは台車の上に縛っておきますからイス代わりにでもしてください。動力は太陽光があるかぎり無限ですが、酸素はそうも行きません。カートリッジが半分に近づいたら何が何でも途中で戻ってください。あと、大佐の位置がモニターできるようにビーコンもコンテナに入れておきました。それとブドウ糖のカートリッジも。もし腹が減ったら使ってください。もう博士が出て行ってから五時間経ちます。計算によると多少の誤差は有るかもしれませんが大佐が追いつくのはだいたい八時間後です。間に合えばいいのですが」

 カーターがコンテナを急ごしらえのローバーに乗せると、オニールは、

「良いか、もし俺と連絡取れなくなり、母船への帰投時刻になったら迷わず、離陸しろ。捜索はするな。これは命令だ」と言いローバーに乗り込んだ。

「了解しました。命令に従います。どうかお気を付けてください」

カーターはそう言うと、親指を立てて見せ、

「神のご加護があらんことを」と言った。

 オニールも彼にサムアップを返すとローバーを北に向けて発進させた。


 どこまでもつづく黒色の平原。オニールはすでに五時間以上走っていた。ときどきカーターやハモンドと通信で会話しながら。そうでもしないとたった一人でこの距離を移動するのは気が滅入る。

 すでに酸素カセット二個を使い切った。残りのカセットは六個。

 計算上では、あと三時間で博士に追いつけることになる。しかし、そもそも博士を追う必要はあったのか? それになんのために追う必要があるのか? 糾弾するためか? 逮捕して命令違反の償いを追わせるためか? 

 いっそ見捨てて此処に置き去りにするという選択肢もあったかもしれない。しかし、それを選択せず追い続けるのはやはり、エゴなのかもしれない。

 彼をここに置き去りにせず追うのは、彼を逮捕して罪を償わせるためだけじゃない。彼が命令違反までして駆り立てたことに対して、何故なのか知るべきだからだ。

「ハモンドです」

ヘルメット内のマルチディスプレイモニタ画面にハモンドの姿が映し出された。

「どうした?」

オニールはいつもの楽観的な彼と違う表情に不安がよぎった。

「どうもカウフマン博士の移動が止まったようです。一時間ほど全く座標が変わってません。ローバーの故障かもしれませんし、意図的に止まったか…」

「通信は相変わらず不通か?」

「ええ。全く呼びかけに応答ありませんね。太陽光パネルが機能していればバッテリ切れという事も無いのでしょうが。それにエクセルシオールと通信しなければ位置情報も得られませんし、博士にとってもあまり良くない状況です」

「そうか、ところで私のローバーは博士のいる位置まであとどのくらいだね? 計算だと

あと二百キロも無いはずだが」

「そうです。あと百二十キロと言ったところです」

「そうか。それならあと二時間で追いつけるな。博士が其の侭、其所に留まっているとしたらの話だが。とにかく現在の進行方向は特に問題ないな? 進路にズレが生じたら連絡してくれ」

「了解しました。お気を付けて」

「ありがとう。通信終了」

 オニールは通信を終了すると、またローバーの運転に集中した。ナビゲーションシステムも何もないローバーで進むには、とにかく前をよく見ていなければいけない。そうしなければ、いつ岩石にぶつかったり、クレバスに落ちるか判らない。

「カウフマン博士、聞こえるか?オニールだ」

オニールは何十回目か判らないが、博士の呼び出しを繰り返した。しかし相変わらず応答は無い。

 左手に大きい山脈が見える。たぶんクレータだろう。いままでの走行距離ではペトロニウスクレーターまでは達してないはずだから、ラクスネスクレーターかフラークレーターだ。

 小型のラクネウスクレーターですらあの大きさだ。ペトロニウスクレーターなんてそれの数倍はある。

 もし、あの中に行くとしたらどれだけの労力が必要か。考えただけでもぞっとした。

 それにしてもあれほどの大きさの山脈まで探査に行ったドローンも途中で力尽きたとはいえ、よく外まで出られたものだ。確かに、そのデータを持って帰らないのは罪かもしれない。

 オニールはしばらく考えるのをやめ、漆黒の中の黒い砂漠を疾走し続けた。


 ラクネウスクレーター脇を通り過ぎてから一時間、そろそろカウフマン博士に追いつく頃だ。

 エクセルシオールのハモンド少佐の連絡より博士のローバーは三時間前から移動していない、おそらくカウフマンも同じはずだ。

 これほどの長期間動いていなかったとするとやはり何らかのトラブルが有ったと考えられる。

「大佐、カウフマン博士のローバーは今の位置から一キロメートル北東です」

ハモンドから通信だ。

 オニールはローバーを北東に向けると速度を三十キロに減速して進み始めた。

 しばらく進むと小高い丘が見えてきた。そして、その上で何かが太陽光を反射して光っていた。博士はきっとあそこに居るに違いない。彼は自分の感を信じた。

 彼はローバーで丘をのぼろうとしたが、うまく上ることが出来なかった。地球上の車では難なく上れる坂道だったが、どうもこのローバーにとっては傾斜が急すぎるのだ。

「クソっ」と彼は悪態をついた。

 もう目と鼻の先なのにどうしたものか。こんな丘陵を博士はローバーで登っていったのか。それとも、もっと緩やかな場所がから登っていったのかもしれない。しかしここまで来たからには何として逃がすわけに行かない。

 オニールは仕方なしにローバーを丘の麓に置き去りにして歩くことにした。

 それにしても、この重量の宇宙服で山を登るのは辛い。いくらアポロ計画から技術が進歩したとは言えまだまだ宇宙服は重かった。たとえ地球の三分の一の重力であってもだ。地球では七十ポンド近くあるのこの服も水星では二十数ポンドだ。しかし二十ポンドを越える荷物なんて並大抵の重さじゃない。三ガロンの水より少し軽いくらいなのだ!

 オニールは重い宇宙服を呪いながら丘を登っていった。


 二十分くらい歩いただろうか、ついにカウフマンに奪われたローバーを見つけた。

 それはつい先ほどまで動いてたかのようにそこに佇んでいた。しかし、カウフマン博士の姿はない。

 オニールはローバーに近づいて、それの状態を確認する。どうやら電気系統はまだ生きているようだ。

 運転席のスイッチを押して電源を入れた。コンピュータも問題なく起動する。コンピュータ上の記録を見ると一旦北上して、少し戻って此処にたどり着いたようだ。オニールの推察どおり、逆側の緩やかな部分から登ったらしい。

「カウフマン、聞こえるか?」

オニールは念のため、博士に呼びかけたが、無駄だった。

「くそ、どこに行ったんだ?」

オニールは丘の上で周りを見回してみた。

 ふとみると右手になにか不思議なものが見えた。この荒れくれた台地に似つかわしくない、幾何学的な正三角形の岩だ。いや、岩というには不自然な代物だ。なにか金属のように太陽の光を反射している。氷か何かだろうか。氷にしては不自然だと思った。そこはクレータや岩陰ではなく、丘の上の平たい地面の上につき出しているからだ。

 彼は何かに憑かれたように一心不乱でそこに進んでいった。


 オニールはその物体に近づくにつれ、それが人工物ではないかという疑念が確信に変わっていった。

「これはいったい…」

 その構造物は正確に言うと三角形ではなく、飛行機の翼のような形をしていた。そして他にも尾翼のような構造物も地面から突き出していた。

 どうやら宇宙船のようだ。大きさは攻撃用ヘリコプターほどだ。無人探査機としては大きいが、有人船としてはさほど大きくない。 それにしてもどこの宇宙船だろうか? ロシアも中国も有人探査機を送り込んだという話は聞いたことない。

 しかしこの大きさの有人機を飛ばせる技術はアメリカ以外はヨーロッパ連合と先の二国以外はない。可能性として日本というのもあるだろうが、彼らの技術はまだ数世代前のもので、ここまで航宙可能な物はまだ製造できない。

 近くに寄って見るとハッチかコックピットか、ガラスと思われる透明な部分がある。それは殆ど地中に埋まっているが、部分的に砂が掻き出され、中の様子が見て取れそうだった。

 オニールがライトを点灯させ、その中をのぞき込んで見るとガラス窓の奥で何かが蠢いて居るのがわかった。どうやら人間のようだ。ライトの光量を増大させ、さらに見ると、それは、見慣れた自分と同じNASAの宇宙服だった。カウフマンだ。

 太陽の光が届かない、この誰のものか判らない宇宙船の中に、不自然な強い光が注ぎ込だ所為で彼も気がついたようだ。窓に向かって手を振って、通信で話しかけてきた。

「やあ、大佐。付いて来たね。ところで此れは何だと思う?」

博士はまるで他人事のようにオニールに言った。

 オニールはそんな博士の態度に少しイラッとなった。

「おい、カウフマン! なぜこんなことしたんだ? 私はおまえを逮捕しなければいけない」

 しかし彼は、そんなオニールの言葉に臆せず、

「ははは、逮捕ねえ。この世紀の大発見を前にして、今はそんなことを言っている場合じゃないと思うがね。判らないかい? この世紀の大発見を」と、言い放った。

「大発見は判るが、君のやったことは重大な規律違反だ。逮捕して地球に帰還するまで監禁しなければいけない」

オニールは気密服のグローブの中でこぶしを握りしめて言った。

「わかった、わかった、規則は判った。でもその前に聞いて欲しい。これは本物の異星人の遺物だ」

 オニールは彼が何を言ったのか理解できず、彼に聞き直した。

「博士? 何を言っている?」

しかし、彼は落ち着いて、

「異星人の遺物だよ。紛れもなくね」

と言った。

 この男は何を言っているのだ? 俺をからかっているのか?

 オニールは博士が逃亡をした事に対して、へ理屈で誤魔化しているに違いないと考えたが、とりあえず話に乗って当たり障り無い質問をした。

「ロシアか中国のものではないのか?」

すると、博士は冗談のかけらもないほどの真剣な表情で、

「彼らが水星に探査機の類いを飛ばした事実は無いよ。それに見てくれ、このデータパッドの数値を。これは紛れもなく高純度のチリウムの反応だ。この宇宙船はチリウムを燃料にしているのだ。燃料に出来るほどのチリウムは地球上には無い。これが何を意味するか、子供でもわかる」と、語った。

 オニールは彼がとても嘘を言っているように思えなかったが、広大なこの地でのは偶然これを見つけたとは思い難い。彼は博士に疑問をぶつけた。

「しかし、何故こんな代物が此処に有ると判ったんだ?」

 だが彼はよほど自信があったと見えて戸惑いもせず、

「ドローンのデータからだよ。エクセルシオールは測定結果からペトロニウスクレーターにチリウム鉱石鉱脈があると判断した。 しかし実際はこの宇宙船のチリウム反応がクレーターにエコーしていて誤認識しただけだったんだよ。

 私はドローンの送ってきた測定結果に矛盾があったので若しやとは思ったのだ。

 そこで申し訳ないと思ったが、ローバーを拝借してここにたどり着いたわけだ。

 しかし何かの故障で長距離通信が出来なかったのは申し訳ない。今こうして話しているのはあくまでもBTによる近距離通信機能だけだから。正直通信が壊れたのは誤算だったよ。

 しかし気がついたときはもう出発して相当時間経ってたからね。そのまま突っ走ってしまった訳だ。まあ、結果的には命令違反になってしまったわけだが」と、語った。

 しかし、オニールは話の真意を問う前に、規律違反を問う必要が有った。

彼は博士に、

「とにかく規律違反を反故にするわけにはいかないのだ。規則に従ってもらう」と、厳しい口調で言った。

 この件に関しては博士も自覚していたようで、

「判った。でもこの発見を見過ごすわけにはいかない。さすがに掘り起こすわけにはいかないが正確な座標の測定と、サンプル採取、写真撮影などはやらせてくれ。それが終了すれば、素直に大佐の命令に従う」と、彼は素直に処罰を甘んじて受ける態度を見せた。

 オニールは彼がこんな最果ての地で逃げることは無かろうと思い、ここで直ぐ逮捕はする必要は無いと判断した。

「判った。あなたを信用しよう。しかし酸素も少ない。一時間だ。一時間以内に作業を完了してくれ」と、調査のために猶予を与えた。

「ありがとう。大佐。感謝するよ」

カウフマンはそう言うと、船内の調査を続けた。

 しかし、こんなものが見つかるとは想像もしなかった。火星にも人面岩や、ピラミッド、モノリス、いろいろな人工物の痕跡らしきものが探査機の撮影から見つかったが、しょせんは光の加減による錯覚で、そういった人工物は結局はなかった。

 だが、水星では探査機の撮影では、全く探知できなかったのに、こんなものが存在していた。これがロシアや中国の物では無い事は確かだ。彼ら秘密主義だが、単独で水星に行く技術を持ち合わせていないことは調査済みだ。

 しかもこんなアメリカ合衆国でさえ持っていない、小型飛行機のようなな宇宙船は持っていないはずだ。今迄の様々な情報からでも、もっと稚拙で簡素なものしか持っていない事は明らかだった。

「博士。この宇宙船は起動することはできないのか」

 オニールはこの機体の状態から、すぐにでも動かすことが出来るのではないかと思った。

 しかし、博士は、

「判らない。もう四時間もこうやって粘っているんだが、起動どころかスイッチさえ入れられないんだ」と答えた。

 オニールは好奇心から、コクピットをのぞき込んでみた。驚いたことに複雑ではあるが、見た感じは地球のものと大差なかった。ディスプレイ、スイッチ、レバー、操縦桿などだ。

 計器やスイッチの文字さえ、フォントが異なるだけで、ただのアルファベットのように見える。まるで未来人が作った物のようだった。

「だめだお手上げだ。とりあえず写真だけ撮って、サンプルとして部品をいくつか取り外して持ち帰ろう。ダッシュボード、と呼んでいいかどうか、わからないが、マニュアルらしき書類と床下に工具箱もある。地球に持って帰って、解析してもらおう」

カウフマンはそういうとダッシュボードから書類と取出しオニールに渡した。

 書類は異星人たちのカルチャーなのだろうか、どれも長方形の四隅が切り落とされた形状をしている。良く見ればコックピットのディスプレイさえも同じ形だった。

「此れだけの物を手で持っていくのは無理だよ、博士。私はローバーを回収してくるから此処で待機してくれないか。くれぐれも逃げたりするようなことは止めるように。どうせ逃げても酸素切れで死ぬだけだ」

オニールはそう言うと、書類を一束だけ携えて奪われたローバーまで戻っていった。


 博士の乗っていたローバーまで戻ると書類をトランクに納め、電源のスイッチを入れる。しかし、無反応だった。配線など細部をチェックしてスイッチを入れるがやはり無反応だ。

 くそっ、こんなところで故障か。仕方ない自分の乗ってきたローバーを回収するか。

「カウフマン、聞こえるか? オニールだ」

 無音。

 どうやら近距離通信機能しか機能していないというのは本当のようだった。

 仕方ない、一度丘の麓まで降りるか。

「ジャック。私だ。聞こえるか?」

オニールはエクセルシオールのハモンド少佐を呼び出した。

「こちらエクセルシオール、ハモンドです。聞こえます。どうしましたか? 全く状況が判らず心配していたところです」

眠そうな目のハモンド少佐が応答した。

「すまない、ちょっとしたことがあって通信できなかった。ところで、私のいるところはちょうど丘になっているんだが判るか?」

ハモンド小差は隣のモニタとにらめっこし、データを確認した。

「レーザー反射測定で周りより数十メートル高くなっていることは判ります」

ハモンドの顔にモニターの情報が写り込み、青白いまだらもようになっている。

「よし、では大至急この周辺の高低差マップを作成して一番緩やかな部分を探してくれ、現在地からだと高低差がきつすぎてローバーで登ることができない」

オニールがこの若い士官に命令すると、彼は、

「了解です、大佐。三十分ほどいただけますか?」と答えた。

 だが、とてもそんなには待てない。

「余計なデータや装飾は要らない。十五分でやれ」とオニールが強い口調で命令すると、

「りょ、了解」

ハモンドは面食らって少し吃り気味に返事をした。

 オニールは少しでも早くローバーを回収しようと丘を転げるように下りた。おかげで書類を抱え何度も転びそうになりながらも、麓にたどり着くまでさほど時間はかからなかった。

 オニールが抱えた書類をローバーにある箱に仕舞った時、エクセルシオールから通信が入った。

「大佐、ハモンドです。マップ完成しました。大急ぎで作成したので、必要部分しかレンダリングしていませんが」

 オニールはマップを受け取り確認すると、「よしこれで充分だ。ありがとう。私は、これより北緯81°25′17.91"  西経57° 33' 47.44" に向かう。次回定時連絡は標準時間で十五時だ」

オニールはそうハモンドに伝え、ローバーを始動した。


 丘の周りを半周ほどして、登頂し始めたとき、どーんと大きな地響きがした。あまりにも大きな地響きだったので、彼はローバーのコントロールを失いそうになった。

 オニールは状況確認のため、すぐさまエクセルシオールを呼び出した。

「ジャック、今水星で地震があった。状況を確認してくれ」

 ハモンド少佐はコンピュータのデータを呼び出すと、

「先ほど大佐がおっしゃった座標付近で高いエネルギー反応がありました」とオニールに報告した。

 一瞬事態を理解できなかったオニールは、

「どういうことだ」とハモンドに聞き直した。

 彼も状況を良く把握できていなかったらしく、

「判りません。どうやら何か爆発したようです」と報告するのみだった。

 オニールはカウフマンと遺物の宇宙船になにかあったに違いないと直感した。

「まずいな。スキャンできるか」

ハモンドはコンピュータから目を離さず、

「今行っています」と言うのみだった。

 しばらくしてデータが取得できたので、ハモンドは、

「なにかのエネルギー反応ですね。放射線値がかなり大きいです。今映像おくります」

と報告すると、データを送信してきた。

 オニールが見た該当地点の映像には、大きなクレーターとがらくたのようなものが散らばっているのが写っているだけで、所属不明の宇宙船は跡形もなくなっていた。


 ようやく丘の上まで登頂できたオニールは、所属不明船が埋まっていた所へ、ローバーを全速力まで加速させて急いだ。

 十分ほど走らせると辺り一面にガラス、金属片がちらばっていた。そしてその先にはエクセルシオールから送られてきた空撮写真と同じクレータが見えた。

 あまりにも破片が散らばりすぎて、前に進むのも困難になってきたので、オニールはローバーを停め、クレーターまで歩いた。

 そこには直径十から二十メートルほどの大きなクレーターが開いていた。やはり何かの爆発があったようだ。

「おい、カウフマン聞こえるか!」

 無音。

「カウフマン! 聞こえたら返事をしろ!」

 無音

「くそ、だめか」

 オニールはあたりを見回し、人影を探す。

ふとクレータの先を見ると何かが光っている。ヘルメットだ。

 走ってそこまで行ったが、あるのはヘルメットだけだった。しかもシールドはヒビが入って割れている。

「くそ、なんてことだ」

 それでも彼は遺体だけでも見つけようとそれから一時間ほど探し回ったが、ついに見つけることは出来なかった。

 酸素カートリッジはもう残り少ない。彼は少しばかりの破片をサンプルとして回収し、ローバーに押し込むとエルメスへ帰還の途についた。


「大佐、ご無事で何よりです」エルメスの船内で待機していたカーターはオニールを見るとそう言った。

「ダニエル、持ってきたお土産サンプルを至急調べて欲しい。特にフライトマニュアルと思われる書類だ。あと時間が有ったら鉄くずとガラス片もここにある測定器で調べられるだけ調べて欲しい。私はしばらく休みたい」

 オニールは丸一日寝ていないので早く寝たかった。もう疲れ果てて、くたくただった。

 オニールが目が覚めたのは、午後一時だった。帰ってきてから六時間余り過ぎている。デッキに戻ると、カーターが机の上に書類を広げて待っていた。

「大佐、指示された書類を分析しました。表紙からもわかりますが英語で書かれています。しかし、内容は既知の技術ではないものが散見されます。たとえば、ジャンプと言う言葉です。あいにくジャンプが何をさすのか、このマニュアルには記述がありません。ただ、座標を入力しキーをひねるとだけで」

カーターは困惑していた。

「では、やはり地球上のどこかの国のものか?」

オニールも頭が混乱してきた。

「判りません。しかし、英語が母国語なのはアメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドくらいです。しかし、その国のいずれかの船だとは思えませんが」

 カーター少佐はオニールと同じく、その宇宙船の出自について、お手上げ状態だっただった。

「まさか、エイリアンが英語を使っていたと思うのか?」

 オニールはサンプルの文字から宇宙船がエイリアンのものという考えは端から否定的だった。しかしカーターは少し違うようだった。

「判りません。あるいはタイムトラベルしてきた、未来人かもしれません。非現実的ですが、そう考えたほうがしっくり来ます。それから、金属片についてですが、ここの分析機では何だか判りませんね。いろいろな金属の複合体なのは確かですが、それが合金なのか、多層構造なのかも判りません。これは地球に有る分析機で調べなければなりません」

 カーターは疲労困ぱいでもう限界という体だったので、オニールはこれ以上の解析を諦めて、

「そうか、ご苦労。今日は休んでいいぞ。明日は予定を繰り上げて帰還する」とだけ言った。

 カーターはオニールに一礼すると、自分の居住スペースに戻っていった。

 オニールは着陸船のコクピットで昨日からの出来事を航海日誌に記録を始めた。

「航海日誌、二〇三六年八月十二日。地球時間二〇三六年八月九日十時カウフマン博士の失踪。

 彼の目的は不明だが、状況から推察するに故障したドローンの回収が主目的と思われる。

 我々は規則違反のカウフマン博士逮捕のため、作業用ロボットを追跡用に急遽ローバーにしたて、十二時より博士の捜索活動を行う。

 地球時間二十二時に北緯81°25′17.91"  西経57° 33' 47.44" 付近にて、カウフマン博士を発見。と同時に他国のものと思われる、宇宙船を発見するが八月十日二時原因不明の爆発で消失。

 カウフマン博士も行方不明になってしまった。現場付近で一時間の捜索を行ったが、博士の物と思われるヘルメットを発見したのみで、遺体は未発見。残り酸素も少ないため、それ以上の捜索は断念した。

 現場で宇宙船の物と見られる書類と破片を回収。書類は英語で記されており、地球上から送り込まれたものであることが示唆される。

 しかし、私の知る限り水星まで宇宙船を送り込める技術のある国は限られており、更なる調査が必要と考える。

 ローバーとドローン一台ずつ消失。ロボも二台中一台が機能不全の為、これ以上のミッション継続は不可能と判断し、二日前倒しで明日、本船へ帰還して次のミッションへ備える。以上」

オニールはスイッチを切るとため息をついて、電子タバコをくわえた。


 翌日、午前十時エルメスは何事もなく水星を離陸した。水星の重力圏を離脱中、眼下のペトロニウスクレータ見えてくると、オニールはカウフマン博士がいた地点を確認する。

 遠すぎて爆発の痕跡のクレーターは他の無数のクレーターに紛れて見えなかった。オニールは諦めて水星表面から目を反らした。

 しかし、あの宇宙船どこの国の物だろう?ロシア、中国の物ではない。ダニエルの言うとおり未来人の物なのか? 

 そして、あの爆発。特に隕石などの兆候は見られなかったという事だ。なのになぜ爆発? エンジンになにか引火したのだろうか? それともカウフマンが誤って何かのスイッチに触ってしまったか。

 サンプルのため何か機材を取り外すと言っていたがそれが原因なのか? 全てが謎だった。明らかなのはクルーの一人が犠牲になったという事だ。

 確かに世紀の大発見だったかもしれないが、今となっては証拠は英文のフライトマニュアルと鉄くず。これがなんの証拠になるというのだ?

 オニールは重力圏離脱のための水星軌道周回中様々な事に思いを巡らせていた。


 水星を数回周回し、ようやくエルメスはエクセルシオールと同じ周回軌道に乗ると、ドッキングに備えるため徐々にその距離を詰めていく。

 ドッキング用のベイ(それは大きなチューリップと言うよりサメが口を開けているように見えた)を開けて、エルメスの帰還を待っていた。

 エルメスはエクセルシオールから発せされているドッキング用レーザー補正シグナルを捕らえると、それまで向けていた機首をくるっとボディと共に反転させ、後部を母船に向けた。太陽に照らされギラギラと輝く船体はスラスターによる姿勢制御を行いながら徐々に母船に吸い寄せられたいく。

 しばらくするとドッキングアームがするすると延びてきてエルメスをがっちりと掴もうとする。ガクっという衝撃が船内を走るがそれはとくに大きなものではなく、列車の連結とさほど変わらず心配するほどの物でもない。

 そしてドッキングアームにより機体が固定されると、格納扉がゆっくりと閉まり、まるでハエとり草に捕らえられた獲物のように見えなくなった。

 扉が閉まりシールが完了するが、格納ベイが予圧されるまで降りることはできない。 

 大した時間ではないが時間になるまで、オニールは電子たばこで一息ついた。

「よううやく終わりましたね」

カーターは一仕事終えた安心感で満足そうに笑みを浮かべた。

「いや、まだヴァルカン帯の調査があるさ。逆にこっちの方が重要なミッションだ」

「ああ、そうでしたね。しかし小惑星への着陸なんてうまく行くんでしょうか?」

「わからないが、長官は全てコンピュータがオペレーションするから問題ないって言ってたよ。むしろ着陸してからが心配だ」

「しかし遠隔からの観測ではだめなんでしょうか?」

「真意はわからんが上層部は水星より重要だと思っているようだ。長官の口振りではそんな感じだったよ」

オニールがそう言い終わらないうちに、船内にブザーが響く。予圧が完了したようだ。

「さ、例のサンプル博士たちに解析してもらおう」

オニールはそう言うと操縦席から立った。


「見たところ変哲もない金属片ですね」

ヴァンダイク博士は言った。

「チタン、鉄、アルミ、ジェラルミンの複合素材ですよ」

 ヴァンダイク博士はエアスクリーンに表示されたX線スペクトル分析装置の計測結果を指差して言った。

「このピークとこのピークはチタンと鉄です。こっちのやや小さいピークはアルミですね。それと銅、マグネシウム。ピークの比率から言ってジェラルミンで間違いないでしょう。

 すこし気になるのはこのスペクトルですが、既知の元素では当てはまる物はないですが、まあ、測定上のノイズかなんかでしょ。気にする物ではありません」

 やはりエイリアンの物では無かったようだ。有る程度は想定していた結果だが、それでも一抹の期待はあった。

 カウフマン博士があれほど興奮していたのに単に先駆者の置き土産か何かだったのだろうか。

「やはりロシアか中国の機体ですか?」

「中国ではないでしょう彼らは水星などを目指すよりは、まずは火星を征服するでしょう。学術的な興味より実利を重視する国民ですから。

 可能性があるのはロシアでしょうが、彼らは有人惑星探査など、はなから興味ないですから、疑問ですね。

 残る可能性の一つとしては、民間の宇宙旅行用のポッドか何かが失敗して、偶然流れ着いたのかもしれませんね。実際に今世紀序盤にいくつかの民間宇宙旅行会社が何機も打ち上げていますし、事故で放棄されたポッドもあります。

 地球の重力圏外をさまよっているうちに、月やほかの惑星の重力に捕らえられたりして、偶然スイングバイでここまでたどり着いたのかもしれません。証拠もないので、いずれにせよ推定ですが」

ヴァンダイク博士は資料を閉じるとそう言って、オニールの方を伺った。

「とにかく破片だけではなんとも言えません。せめて写真だけでも残っていればまだよかったのですが」

 残念ながらカメラはカウフマン博士が持っていた為、爆発とともに飛ばされ、残っていなかった。せめて解像度が低くてもヘルメットのカメラで撮影しておくべきだった。

「わかりました。ありがとうございます。本部にはエイリアンの遺物ではなく、他国、あるいは民間の廃棄された船が流れ着いたものの可能性が高いと報告しておきます」

 オニールは再び皆を見ると、

「本船は地球時間の八月十日十二時にヴァルカン帯調査に向かう。その前にカウフマン博士の葬儀を執り行いたい。全員明日十時に第三エアロックの前に集まってほしい」

とクルーに伝えた。


 翌朝、エアロックの前に集まった五人のクルーはそれぞれ、ナカムラ博士の作った折り紙の花を持って、エアロックに集まった。遺体は無いので生前のカウフマン博士の写真を遺影にしてエアロック中央においた台にかざり、折り紙の花、宇宙食(博士は不味いと言ってあまり食べなかったが)、宇宙用ワイン(ビニールパックに入った味気ないもの)など置いて、博士の為に祈りを捧げた。

 長年の付き合いがあるナカムラ博士は時折嗚咽をもらしながら別れの挨拶を述べた。

 最後にオニールが、

「カウフマン博士のマーキュリー計画ににおける多大な貢献に感謝し敬礼!」と述べると、全員が博士の写真に向かい敬礼をする。

 そしてオニールがエアロックの解放スイッチをひねるとカウフマンの写真、供物などエアロック内の空気とともに飛ばされ宇宙の闇に消えていった。

「ヴァンダイク博士。博士の私物をまとめておいてくれないか。地球に帰還したら家族に渡さなければならない」

「ダニエルとジャックはコクピットへ私と一緒に来てほしい。ヴァルカンに行くための調整をしたい」

「了解です、大佐」カーター少佐とハモンド少佐は、オニールに答えた。


 ヴァルカン帯は水星から、およそ〇.一パーセクの距離にあるため、エクセルシオールでもおよそ一ヶ月の航行期間が必要となる。

 オニールとカーター、ハモンド両少佐が戻ると、博士たちは採取したサンプルの分析結果について議論をしていた。

「どうしたんだ?」オニールは喧々諤々している二人を見て、何事かと思い二人に問う。

「いや、今ナカムラ博士がこのサンプルはどうも不自然なところが有るって言うんだ。

私は、何お変哲もない金属片だと言ったのだがね」とヴァンダイク博士は腕組みをしながらしかめ面をしている。

「博士、何が不自然なんだね?」とオニールはナカムラ博士に聞く。

「はい、この金属片なんですが、何年か判りませんけど長期間宇宙放射線にさらされ続けてはずですわ。でも、そのわりには計測値が低いですの。まるで、つい最近持ち込まれたもののようですわ。仮にこれが長い間宇宙をさまよっていたものなら、もう少し放射線を帯びていてもいいと思いますの」

 ナカムラ博士はサンプルケースに入った金属片をピンセットで持ちながら疑念を浮かべて表情をしている。

「いや、それが外壁部分の部品ならそうかもしれんが、そうでない可能性も有る。別に放射線値が低くても不思議じゃないよ」

 ヴァンダイク博士はメンツを潰されて面白くないようだ。しかしナカムラ博士も負けていなかった。

「でも、そんな偶然サンプルがすべて放射線値が低いなんてことなんて有りますの?」

 ヴァンダイク博士は語気を荒げ、

「では、これはただの爆発事故じゃなくなにか作為的なものというのかね? そうだとすると、オニール大佐が見たという、宇宙船はどこに行ったのだね?」とまくし立てる。

「そうは言ってないですわ。なにか不自然なものを感じるといってますの」とナカムラ博士は比較的落ち着いた様子で語った。

「わかった、わかった。その議論は地球に帰って向こうの分析機で調べるまでおあずけにしましょう」

 オニールは口論寸前の二人を静めた。二人はまだ先ほどの件で遺恨が有るようだったが、オニールの手前、争いは中断したようだ。暫くすれば忘れてしまうだろう。

 オニールはそう思いながら、ラウンジを出た。


「エクセルシオール、まもなく自動航行に入ります」

カーターはそうオニールに伝えると、オニールにサムアップして見せた。

 ハモンドも肩の荷が下りたのか両手を組んで後頭部にまわすと大きく伸びをした。

「みんなご苦労。楽にしていいぞ」とオニールが言う。

「しばらくは普段通りこのまま本でも読みたいですね」とカーターが言う。

「まあ仕方ないさ。半年分の食料なんて無いんだ。とりあえず二人は休憩をとってくれ」

「アイアイサー!」

二人はオニールに敬礼するとコックピットを出てラウンジに向かった。

「さて、私はどうするかな」

 オニールは差し迫ってやることは無かったが、今後のスケジュールを確認し、残タスクをチェックした。

「航宙日誌の作成、ミッションプランの復習、食料在庫確認、プラントファクトリーの確認、そのほか諸々」

やることは盛りだくさんだ。

 オニールは航宙日誌を記録し終えラウンジに向かうと既にカーターとハモンドは酒を飲んでいい気分になっていた。

「大佐、こっちに来て一杯どうです?」

カーターが顔を真っ赤にして言った。

「ああ、そうだな。バーボン貰おう」

「おい!ハモンド、そっちにバーボンあったろ。大佐にわたしてくれ」

「バーボン? あったかな? こっちにはワインしかないぞ」

「そんなはずはない。白いパッケージのやつだ」

「白いのはそっちにしかないぞ」

「ああ、そうか?」

カーターは身をよじり右にあるバッグをごそごそとさがした。

「ああ、あったあった。大佐どうぞ」

 カーターはバーボンの入っているパックをオニールに放ったが、勢い余って彼の頭上を超えて飛んでしまった。しかしオニールははそれを軽くジャンプして上手く受け取ることが出来た。

「カーター、ありがとう」

 彼は受け取ったパック入りのバーボンのキャップを開け、ラウンジのイスにどかっと腰掛けると足を組み、バーボンをチューチューと飲み始めた。

 せめて氷入りのグラスでもあればいいのだが、まったく雰囲気もへったくれもない。

こういうときは重力のありがたみを痛切に感じる。

「さて、ここからはまじめな話だ。次の着陸ミッションはカーターとジャック、君たちを考えている」

「やっぱりそうなりますよね」

ハモンドは飲み干したワインのパックを脇のゴミ箱に入れるとそう言った。

「覚悟はしてましたよ。大佐」

カーターも真剣な表情でそう言った。

 彼はは妻子持ちであるので成功率の低いこのミッションはあまり乗り気ではなかった。

「すまない。当初の計画と違って訓練もまともにやってない、このミッションは民間人と一緒の訳には行かないのだ。特にダニエル。君は地球に奥さんと子供が居ることは知っている。できれば君にはこの危険な任務からは外したかった」

「大佐、何を言っているんです。私が行かなきゃ着陸だって難しいでしょう? この中では俺が一番発着陸は上手い。これだけはジャックには任せられませんよ」

「くやしいけどその通りだ。ダニエルにはかなわないよ。でもドクター二人にエクセルシオールを任せるのかい? そっちの方がよほど危険だよ。もしもの時に彼らじゃオペレーションも難しい。 地球から通信だって往復十分は掛かるから、指示を待っている間に致命的な問題が起こるかもしれませんよ。やはり現場にはちゃんと判断できるパイロットが一人必要だよ」

 カーターはハモンド少佐が妻子持ちの自分に気を遣っているのが十分判っていた。しかし、ここでそれに甘んじるのは我慢ならなかった。彼は口を開くと、

「ジャック、其れなら、おまえが残れば良い」とハモンドに言った。

 だが、ハモンドも黙ってはいなかった。

「今回のミッションは僕も参加したいんだ。水星にも降りられずまた船の中で閉じこもっていろと言うのかい? 僕にはもう無理だ。僕だって此処まで来たっていう足跡を残したいんだよ」

 オニールは二人の気持ちは痛いほど判っていた。そして二人に、

「もういい、わかった。二人の気持ちは。 とにかくナカムラ博士とヴァンダイク博士に着陸ミッションに加わりたいか確認してみよう。どちらか二人が希望するならダニエル、君に残ってもらう。理由は二つ。君には地球に家族がいる、それとジャックも十分発着陸は上手い。それは何回も訓練を見ているからわかるよ。 わかったな?」と言った。

カーター少佐は、毅然とした表情で、

「大佐がそう言うなら仕方有りません。でも私が必要でしたら、いつでも呼んでください。きっとご期待に添えると思います」と答えた。

 わがままを言わなかった彼に感謝しつつ、

「ありがとう、ダニエル。さ、もう夜も遅い。明日の準備に備えるとしよう」と、オニールはそう言って、膝をぽんとたたいて立上がり、バーボンのはいったパックを、ゴミ箱に放り込んだ。

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