第34話 武器の重さ

 光人が皿とトレーを返却すると、スマートフォンから聞き慣れた通知音がした。ポケットから取り出すと、ロック画面で機械の魚が悠然と泳いでいる。通知音は彼女が鳴らしたらしい。一応周囲の様子に気を配りつつ、光人は所謂歩きスマホ状態でロックを解除する。


「光人、予定変更ですか?」

「うん。先に師匠に会ってくる。」

「師匠……先程の話から察するに、火燕焔神カエンホタルなる人物でしょうか。」

「そうだよ。元は火の神様なんだって。テトラのこと見たら師匠もびっくりするかなぁ。」

「どうでしょうか。どちらにしても、新しい人物のデータが収集できるのは私にとっても望むところです。」


 そもそもテトラにとって今、情報の収集は全て光人の役に立ちたいという、その想い一点のみで行われている。あなたの役に立ちたい――そう言っていたのを思い出して光人は心臓が温かくなった。 そっとスマートフォンの画面に指を置くと、テトラは指の周りをくるくると泳ぐ。それをふと止めると、テトラは澄んだ声を再び発した。


「光人、ワタシの情報が間違いでなければ、あそこにいるのは火燕焔神ではないでしょうか。」

「え?あ、本当だ。ちょうどよかった。――師匠!」


 階段を降りてきた火燕焔神。真っ白なホールで黒い和服を纏い、長い刀を背負った長身は相変わらず目立つ。駆け寄る光人に振り向いた火燕焔神は、愉快そうに唇の端を持ち上げた。


「よう。随分な寝坊だな?」

「すみません。あの、ありがとうございました。」

「いい。頭上げな。ある程度これから自分がどういうことしなきゃいけないかはわかっただろ。今日も実戦を、と言いてぇところだが、今日は俺もこれから仕事なんでな。暇なら今日は筋トレでもしてろ。あと素振りか。」

「その、先に武器の発注をしないといけないみたいなんですが……。」

「おお。」


 火燕焔神は盲点だったと言わんばかりに目を見開く。実際盲点だったらしく、腕を組むと、目を閉じてしばらく黙った。


「し、師匠……?」

「光人よ。俺の貸した刀、あれじゃ多分お前には長すぎる。間合いの取り方もこれから学習してくところだろうが、意外と恐れ知らずで踏み込んでるのを見る限り、これからもああいう場面は少なくないだろう。」


 魔獣の首元に飛び込んだのを思い出す。ああいうことは極力したくない――そう思うのと同時に、確かにまたやりそうだ、という確信もあった。


「相手の懐であの長さは当然もてあます。大小一振りずつ用意してもらうといいだろうな。んで、それを佩いても体のバランスが悪くならねぇように日々鍛錬。場面ごとに使い分けられるように、実戦訓練も忘れんなよ。まぁ、ある程度付き合ってやるけどな。」

「よろしくお願いします。」

「おう。じゃ、大小一振りずつだぞ。そう言えばサジェのヤツはわかるだろ。いいな?」

「はい。」


 火燕焔神カエンホタルはじゃあな、と後ろ手に手を振って去って行った。よし、とサジェの待つ五番書庫へとつま先を向ける。その一瞬後で、手の中で握ったままのスマートフォンに気づく。


「あ、テトラのこと紹介するの忘れた……!」

「構いません、光人。火燕焔神はワタシに気づいていました。」

「そうなの?」

「はい。気配や動きに敏感なのでしょう。さぁ、サジェの元へ急ぎましょう。ワタシはそれまで、引き続き端末の損傷を確認します。」


 こともなげに言うテトラに従い、気を取り直してホールを横切りサジェの元へと向かう。もう何度か訪れたことのあるその部屋までは、流石に迷うこともない。ノックに対する返事を確認してから、施設内を案内してくれた迅雷を真似て扉横の端末に手をかざすと、あっさりと扉は開いた。室内にはサジェが一人、こちらに背を向けてディスプレイに張り付いているのが分かった。


「サジェさん、光人です。」

「おー……。あ、テトラちゃんもおんね?」

「います。」

「うし。んじゃちょいと、やりますかね。」


 やっと振り返ったサジェは、以前見たときよりも目の下のクマが薄い。少しは休めているのだろう。とはいえそもそもの状態がジズベルトよりもマシであることを考えると、光人は不思議と複雑な気持ちになるのだが。


「聞いてるとは思うけど、今回するのは武器の発注だに。前にサトル君に適性検査してもらったべ?あの後発注かけたらもうちょい詳細決めてから注文せぇ言うて、断られてんな。」

「そうだったんですか。あ、師匠が大小一振りずつ用意してもらえって言ってました。」

「師匠……?」

「火燕焔神さんです。」


 サジェはぽかん、と口を開けて止まった。


「あの俺様神様火燕焔神様に弟子ができるってだけでびっくりしたに、まっさか師匠ば呼ばせてっとはなぁ……。」

「あ、いや……俺が勝手に言い出しただけなんです。なんか気に入っちゃったみたいで。他になんて呼んだらいいかもわかんないし……。」

「特殊な名前じゃき、確かにその方が楽かもなぁ。あれ、名字と名前に区切られてるわけとちゃうんよ。火燕焔神、で一単語。焔神、だけで呼ぶのも多いけんど、本人が頓着なが。からかってなきゃ、基本的になんでもいいんだら。」

「神様だからですかね。一応ちゃん付けはやめろって言ってた気がしますけど。」

「そうかもの。ま、火燕焔神談義はここまでにして、本題な。大小一振りずつ、だっけ?」

「はい。」

「じゃ、これ持って。」

 

 光人の言うことをメモしながらサジェに渡されたのは、テトラを救出したあの日に持たされたサーベルと同じ形の剣だった。言われるまま鞘から抜くと、滑らかな刀身が輝く。


「やっぱちょっと刃が長いか。わかった、考慮しよう。んで、光人君、好きな色は何色かな?」

「好きな色?そうですね……あー、青、とか。ちょっと緑寄りの。」

「なるほど。ふむ、あとはなるべくの軽量化と言いたいところだけど、耐久が落ちるのはネックだねぃ……。上手く調整しますとも。」

「よろしくお願いします。」


 とはいえ、光人は火燕焔神の言う「大小一振りずつ」というのがどういうものを指すのかを知らない。あの人が言うのだから恐らくは刀だろう、という曖昧な印象である。メモ帳に更に何かを書き殴るサジェの背後で、光人は剣をしまう。いつまでもこの刃物を持っているのが、いつか慣れる日が来るのだろうか。


「テトラは武器とか無くていいんですか?」

「おん。その子は戦闘適性ゼロでなぁ。私のサポート要員としての配属に決まったぞよ。」

「そうだったんだ。」

「はい。しかし、逆にサジェがワタシのメンテナンスを担当するだけで、特別ワタシのサポートの必要を感じません。更に、サジェは迅雷と連絡を取り、光人のサポートとしてワタシを運用する方針を決定しました。」

「……それでも配属はサジェさんのところなんですね。」

「おん。君の居る弐番書庫、戦闘適性の無い子は基本配属不可なんよ。この子のスキルを考えれば内勤部署はどこも欲しいだろうけど、何かしら不具合があった時に対応できるのがほぼ私しかおらんもんでな。ここに配属になったんよ。」


 つまるところ、テトラのスキル――「電子回遊の魚」を適切に運用できるのはサジェだけだった。このスキルについて光人が寝ている間に各書庫長たちと話し合った所、一番テトラを書庫員に欲したのは九番書庫長・ジズベルトであった。しかし、結局テトラ本人が光人への同行を希望している旨を考慮した結果、九番書庫への配属は無くなったのであるが――これはまた、別の話である。

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