第31話 まだまだ未熟
光人は衝撃に勢いよく咳き込み、吐き気を催しながら魔獣を見遣る。魔獣は首を天へと伸ばし、今も叫んでいる。そして――
「回、復っ……してる……!?」
光人が突き刺した首の傷は噴き出す血が止まり、肉が盛り上がり、みるみる内に修復されていく。しかし、その修復間、魔獣は動きを止めているらしい。
――でも。今なら無防備だ。
半分に折れた刀を握りしめた。杖代わりにして立ち上がり、両手で正面に構え、走って魔獣に接近する。半分になった刃が確実に届く、その間合いまで。その光人の姿を魔獣のトカゲ頭が睨むように見た。邪魔するなと、いらだたしげに見えた。構わずに魔獣の首の根元に向けて折れた刀を振りかぶる。
「っあああああああああああ!!」
無我夢中で力一杯振り下ろした刀身はまばゆい光を放つ。光は一度ほとばしった後急速に収束し、折れた刀の足りない部分を補うように形作られる。首元に傷をつけることを目的とした光人の見込みよりも大きくリーチを伸ばした刀は、そのまま、魔獣の首の片方を――一刀のもとに切り落とした。
「mm翫eeeeeee縲Yaaaaaa――――――!?」
一拍遅れて噴き出した魔獣の血がかかるのも構わず、肩で息をしながら光人は再び刀を振り上げる――否、上げようとした。異常な疲労がのしかかるように襲いかかり、肩を上げるどころか今にも崩れ落ちてしまいそうだった。刀身を補っていた光は霧散し、再び刀は折れた姿に戻る。魔獣は怒気を放出するかのごとき叫び声と共に残った首で光人を睨んだ。がくん、と膝の力が抜ける。
「あ――――。」
異様に生臭い血しぶきと、怒れる鋭い牙の魔獣の頭。動かない体。今魔獣が文字通り牙を剥けば、もう光人にそれを回避する術はない。心臓の音が大きくなる。
「よう。生きてるか我が弟子。」
緊張を壊したのは力強い、自信に満ちあふれた声。動けない光人の背後に立った
「まだまだどうしようもねーくらい弱っちぃけどよぉ。なかなかやるじゃねぇか。」
「ししょぉ……。」
「褒めてんだから情けねぇ声出すんじゃねーよ。」
火燕焔神は言いながら光人の前へと進み出て背中の長刀を抜いた。
「今回は助けてやっから見てろ。お師匠様が軽くあの化け物を伸すところをな。」
光人が返事をする間もなく、魔獣は突如現れた火燕焔神へと残った首を向ける。火燕焔神は長刀の切っ先を迷い無く魔獣に向け、不敵に笑った。
「弟子が世話になったな!今度は俺が相手だぜ!」
「QuuuuraaaY縺aaaaWLaa――――――!!」
「活きがいいってのが最高だよなぁ!」
叫び声と共に突っ込んできたトカゲ頭を、火燕焔神は喜色満面の笑みで迎え撃つ。持ち主の興奮に同調するかのごとく刀身が熱を帯び、魔獣の皮膚をわずかに焦がした。火燕焔神は攻撃の手を緩めない。そのまま魔獣の首を――一閃。断面を焦がす音と、立ち上る異臭に光人は思わず眉を寄せた。動きを止めた魔獣に、火燕焔神はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「つまんねぇ。いくら回復するからって守りを疎かにするってのはどうなんだ?つーか回復もおせーな。切り刻むぞオイ。」
「やっぱり回復してたんですね……。」
「おう。レベッカが気づいてジズに連絡したら、基本親玉潰さない限り不死身だとよ。」
「先に言ってください……。」
「知らなかったんだよ。ま、知ってたところでやることも変わんねーし。いいじゃねぇか。」
「はぁ……。」
暇つぶしのつもりか、未だに回復しようと傷を蠢かせる魔獣を切り裂く。その光景から思わず目をそらすと今度は自分が断ち斬った方の首の断面が視界に入り、結局光人の視線は下を向いた。――そしてすぐに光人は自分の斬った傷へと視線を戻した。思わず直視したそこは蠢くことはなく、ただ血を流し続けていた。
「師匠……なんでこっちの傷は修復しようとしないんでしょうか……。」
「あん?……なんでだ?そういやお前、一瞬エフェクト使ってたみてーだし、その時になんかしたんじゃねぇのか。」
「え、俺エフェクト使ってたんですか?」
「無自覚かよ。今お前が動けない原因はそれだろ。だが、そっちの傷が修復されない原因は分からねぇな。」
そこで、光人の体は柔らかい風に包まれた。レベッカだ。振り向くと、やはりレベッカが険しい顔で立っていた。しかし、その目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。光人はぎょっとして疲労した体をわずかに跳ねさせた。
「どうしたの、レベッカ。」
「どうしたのじゃないわよっ!無茶して!エフェクトまで使って!」
「ご、ごめん。何度も治してくれてありがとう。助かった。」
「バカ!助けなきゃ死んでたわよ!」
「いやぁ、連れてきて正解だったな。師匠としても礼を言うぞ!」
「焔神さんも!今後修行はもうちょっと他の方法でやってください!」
「はっはっは!今回の修行は終わったし、さっさと帰るか!」
決して頷きはしない火燕焔神に一抹の不安を感じ、光人はどっと疲労感が増す思いであった。レベッカの手を借りてなんとか立ち上がり、彼女に支えられる形で未だ体を修復させている魔獣から徐々に距離を取る。
「なぁレベッカ、ジズはアイツが不死身だってこと以外なんか言ってたか?」
「いえ……なんでですか?」
「いや、大したことじゃねぇんだけどな。まぁいいか、俺も考えるのめんどくせぇし。帰還処理すんぞ。」
「はぁ……。」
火燕焔神が栞を取り出すのを見て、光人は自身のポケットを探る。幸い無くしてはおらず、折れ曲がったりなどもしていないことにほっと息をついた。
「零番書庫・火燕焔神、及び弐番書庫・篠宮光人、参番書庫・レベッカ・シトロン!帰還する!」
――意識が光に飲まれていく。その間、かすかにあの魔獣が咆吼を上げたような気がするのだった。
●●●
がたがたという物音に、ジズベルトは重い腰を上げた。通信機でレベッカから連絡があったために無事なのは知っているが、それでも一応確認をしておく必要はある。それなりに危険な修行向かわせたというほんのごくわずかな罪悪感と、いつも使っている部屋で死人が出たら寝覚めが悪いという気持ちからの行動であった。扉を開けると、そこには目立つ外傷こそ少ないものの、気を失ってレベッカに支えられている光人と、それを気遣うレベッカ。そして満足そうかつ上機嫌な
「生き残ったか。……気絶はしてるみたいだが。」
「疲れもあるだろうけど、これは単に慣れの問題だろうな。」
「言ってる場合ですか!早く四番書庫に連れて行かないとっ……!」
「わかったわかった。そっちは頼む。いや、そのへんにウチのでかいヤツがいるだろうから手伝わせよう。」
ジズベルトは図書館のカウンターに繋がる方の扉を開くと、コナツを呼びつけた。
「おいコナツ、篠宮たちが戻ってきた。太陽呼んでこい。」
「えっ、なんで太陽君?」
「篠宮が気絶してるんで運ばせる。シトロンだけじゃキツそうだからな。」
「気絶ーーーー!?」
「うるせぇ!!」
「書庫長に言われたくないですー!レベッカちゃんちょっと待っててね!太陽くーーーーん!」
一瞬だけジズベルトの背後へと顔を出してレベッカへと声を掛けた後、急いでコナツは去って行く。その後ですぐに男の声で返事が聞こえたのを確認してジズベルトは振り返る。
「つーわけだ。シトロンは外のカウンターで待っててくれ。」
「了解しました。」
光人を引きずって部屋を後にしたレベッカを見送り、ジズベルトは火燕焔神に問いかける。
「修行の成果はどうなんだ。」
「お前そういうの気にするんだな。」
「うるせぇ。とっとと結論を言え。」
「そうだなぁ……。」
火燕焔神の手には、折れた刀が一振り握られていた。それを眺め、にんまりと好戦的に笑う。
「将来的に、本気の一騎打ちとかできたら面白そうだよなぁ。」
「……俺は本気で篠宮が不憫に思えてきた。」
「明日槍でも降るんじゃねぇか?」
「どういう意味だこのクソ神。」
「そのまんまの意味だろ。降らすなら刀にしてくれ。いや、降ってきた槍を端から打ち返すってのも面白そうだな。」
「なんで降る前提なんだ!」
ジズベルトは付き合っていられないとばかりに首を横に振った。火燕焔神はその様子になおも笑う。
「冗談はともかく、なかなか骨のあるヤツだと見たね。多少捨て身なところが気にはなるが。」
「どっからどこまでが冗談なんだ?……ただのガキじゃねぇってか。」
「いんや、ただのガキだな。刀もまともに扱えないガキだ。ちょっとだけ譲れねぇもんってのを知ってるだけなんだろうよ。だが――なぁジズ。あいつ、ただのキャストか?」
「……オレの知る限りはな。」
「……お前の知る限りは、か。ま、俺の勘違いかもしれねーな。」
咄嗟に嘘をついたジズベルトをこれといって追求することもなく、火燕焔神はずかずかと部屋を進み、先ほどレベッカが出て行った扉へと向かう。
「何かあったのか。」
「アイツがエフェクトで斬った魔獣の傷、修復しない箇所があってな。それがどういうことなのか、俺には分からねぇ。だが、アイツは何かこれからめんどくせぇことに巻き込まれる気がすんだよな。」
「神様の直感か?」
「神様の直感だ。お告げなんてのは柄じゃねぇが、な。」
今度こそ火燕焔神は部屋を出て行った。ジズベルトはすぐに先ほど光人たちが修行のために干渉した物語を確認する。書見台に広げられたままのその本を取り、ソファに座って広げると、確かにそこには自分が見逃した記述――即ち、魔獣はこの物語の主人公である勇者の扱う光の聖剣以外では殺せないという『制約』が書かれていた。聖剣以外でつけた傷は多少時間はかかるものの傷は修復され、再び獲物を狙うとも。
「……勘の鋭いヤツ。」
火燕焔神の直感は間違っていないだろう。ジズベルトの脳裏に刻まれた物語の数々――その、いくつもの疑似体験に似た記憶を元に考えても確実に光人は何かに巻き込まれる。
「――主人公の宿命、ってやつか……。」
ジズベルトは本を閉じる。そして普段どおりの業務へと戻っていくのであった。
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