第27話 師匠と上司に挟まれて

 

「そうだ。お前、名前は。」

「篠宮光人です。」

「おうおう、光人な。ああ、俺の名前も教えておいてやろう。俺は火燕焔神カエンホタル。火の神だ。好きに呼べ。」

「じゃあ、師匠って呼んでもいいですか?」

 

 火燕焔神はその大きな瞳をさらに見開いた。そして満足そうに頷く。

 

「師匠、師匠か。悪くねぇな。よし、じゃあ俺のこと呼ぶときは師匠な。」

「はい、師匠。師匠は火の神様なんですか?」

「今じゃこんな人間の小せぇ体に押し込まれてるがな。元の物語では無敵の炎だったのさ。ああ、キャストっつったけか。わりとここに来てなげぇけど、どうもあのへんのことって覚えるのめんどくせぇんだよな。まぁ俺にとっちゃ大した問題じゃねぇ。俺は俺が強くあればそれでいい。んで、お前所属は。」

「えー……弐番書庫、です。」

 

 光人が自分の記憶を確認するように言うと、その目の前で火燕焔神は動きを止めた。そして、先ほどまでの清々しいものとは別種の笑みを浮かべる。好戦的な表情の背景に、炎がゆらめいたような気がした。ぎらぎらとした目で愉快そうに口元をゆがませる。

 

「弐番か……こりゃあいい。迅雷のジジイに目に物見せてやる。」

「書庫長となにかあったんですか……?」

「俺のこの傷。」

 

 自身の顔を横断する傷を、火燕焔神は人差し指でとんとんと叩いた。

 

「あのジジイとやりあった時につけられた傷でな。その内絶対リベンジしてやろうと思ってんだよ。」

「!?」

「悔しいが迅雷は強い。真っ向勝負で負けたのは生まれて初めてだった。いつか絶対倒す。殺すといろんな奴に怒られそうだからな。倒す。」

「一応聞きたいんですけど……その、縦の傷は……?」

「こっちか?これはいつか忘れたがタイムイーター・コアに不意打ちでやられたヤツだ。そいつはぶっ殺したからもういい。」

「そうですか……。」

 

 本当に自分が「強くあること」以外にはあまり興味が無いのだろう。火燕焔神は部屋の奥からやたらと長い刀を取り出して背負った。

 

「まずはお前を連れ回す許可を出させる。俺は迅雷のジジイ見ると斬りたくなっちまうから自分で話してこい。ジジイがいなきゃシャルロッテだ。」

「わかりました。ちなみにどこを連れ回されるんですか?」

「まだ決めてねぇ。あぁでも、他の物語に入り込むことになるだろうから栞は持ってこい。あと武器な。」

「はい。……あ、栞はありますけど、武器無いです。」

「はぁ!?マジかよ!なんでだ!」

 

 振り返って詰め寄る火燕焔神の威圧感に思わず仰け反る。光人が今までに使った武器はテトラの物語に入った時にサジェに持たされたサーベルだけだ。それ以外は全てトレーニングルームのものだった。正直にそれを話すと、火燕焔神は唸る。

 

「適性はなんだったんだ?いや、ロデリックが俺のところに連れてきたくらいだから剣でいいんだよな?」

「はい。飛び道具以外は適性があるって言われて、中でも片手剣だって……。」

「なるほどな。……そんならしょうがねぇ、これ使え。片手剣じゃねぇが、くれてやる。折れたら次はサジェにでも頼んで作らせろ。」

 

 再び自室の奥へと戻り、拾い上げて光人に寄越したのは一振りの打刀であった。ずしりとした重みが腕にかかる。

 

「いいんですか?」

「おう。大した刀じゃねぇがな。」

「ありがとうございます。」

「ん。じゃ、気を取り直して弐番書庫行くぞ。付いてこい弟子よ。」

「はい、師匠。」

 

 ふふん、と火燕焔神はやはり満足げであった。

 

 

 ●

 

 

 迅雷は元からの厳しい顔立ちを更に険しくした。デスクに肘をついて睨むように見上げる彼とは対照的に、火燕焔神は得意げに腕を組んで仁王立ちしている。当初、火燕焔神は迅雷には会わないという話のとおりに光人一人で話しに来たのだが、当の迅雷が火燕焔神を連れてこいと言うので連れてきた。そして今に至るのである。

 

「篠宮。確かに師となる人物を探せとは言ったが、なぜこいつなんだ。」

「ロデリックにおすすめされて……?」

「……そうか……。あいつか……。」

「別にいいだろうがよ。テメェの部下はこの火燕焔神様が鍛え上げてやるっつってんだ。」

「それが問題なんだろう。お前にやらせると死にかねん。」

「本人は了承済みだぜ?死んでも強くなるってよ。」

 

 迅雷の視線は火燕焔神から光人へと移る。光人が恐る恐る頷くと、ため息と共に目を伏せた。そして一拍の後、再び火燕焔神を睨め上げる。

 

「将来有望な新入りだ。極力死なせるな。」

「決まりだな。光人、行くぞ。」

「はい。あ、書庫長。」

「なんだ。」

「さっき、師匠に会う前にルッツとちょっと練習してたら怒らせちゃったみたいで……。」

「そこにジェンはいなかったのか?」

「いました。追いかけたみたいです。」

「ならいい。……ジェンでもどうしようもなければ俺かシャルロッテのところに来るだろう。お前は自分のことに集中していい。気を抜くと死ぬぞ。」

「は、はいっ。じゃあ、えー……行ってきます。」

「……ん。」

 

 自分の部屋へと栞を取りに行くと言い残して去った光人を見送り、その場に残った火燕焔神は迅雷を小さく鼻で笑った。

 

「アンタ、行ってきますとか言われたの初めてか?」

「違う。……久々だっただけだ。」

「そうかよ。それにしても、なかなかイイ新人捕まえたな。」

「その良い新人を端っから潰そうとするような奴に引き渡すことになろうとはな。」

「人聞きの悪ぃジジイだな。別に見殺しにしやしねーよ。つまんねーからな。」

「面白ければ見殺しにするのだろう?」

「時と場合によるってヤツだろ。ま、アイツが生きて帰ってくることを。」

。」

 

 苦々しげに、迅雷は吐き捨てる。そんな様子をけらけらとからかうように笑って火燕焔神は光人を追って弐番書庫長室を後にするのだった。自分が貸した日本刀を抱えたまま栞を手にしている光人を見て、一層笑みを深める。

 

「よし、次は九番書庫だ。干渉していい物語を紹介してもらう。ジズのヤツもヤニ切れでイラついてっといいなぁ。」

「イラついてる方がいいんですか?」

「おう。その方がアイツは自制が無くなってヤベー案件寄越すからな。」

「はぁ……。」

 

 意気揚々と、足取り軽く進む火燕焔神の後ろで、どう持ったらいいか分からずに光人は相変わらず日本刀を抱えていた。火燕焔神は慣れない様子で刀を両手で抱える光人をちらりと見遣った。

 

「その刀使い続けるにしてもなんにしても、武器くっつけられる装備ってのは必要だな。帰ってきたらサジェに頼め。専用のベルトかなんか作ってくれるだろ。」

「師匠みたいに背負うのもいいかもしれないですね。」

「おお、そうだな。師弟っぽくていいかもしれん。ま、体とか戦い方に合うのが一番いい。それもやってみなきゃわかんねぇしな。経験だ経験。これからたくさん積ませてやるからな。喜べ。」

「……ありがとうございます。」

「素直でいいよなぁ、お前。」

 

 笑いながらがつがつと進む火燕焔神の歩調に合わせるので既に息が上がりつつある光人は、自身の体力の無さに危機感を覚えていた。迅雷もロデリックも歩くのが速かったところを踏まえると、ここの――ディークス私立図書館の職員は皆歩くのが速いのかもしれない。いかにミシュリーやジェンがゆっくり歩いてくれていたかを思い知らされる。

 九番書庫――真っ白な外壁のその建物に辿り着くと、火燕焔神が扉を勢いよく開け放つ。無遠慮にカウンターへと突き進み、何か作業をしていたコナツの前に仁王立ちした。

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