第28話 修行の旅(?)へ
カウンターにいたのはこの九番書庫の副書庫長、飯嶋コナツ。彼女に
「おいコナツ!ジズいるか?」
「ほたるちゃん、館内は静かにねー。」
「キレたときのジズよかマシだろ。つーかお前いい加減そのほたるちゃんって呼ぶのやめろ。なんかゾワゾワする。」
「いいじゃーん。かわいいよ?ほたるちゃん。」
「知るか。で、ジズは?」
「定位置にいるよー。あ、光人君もいるの?お疲れー。」
「お疲れ様です。お邪魔します。」
飯嶋コナツに光人が挨拶している間に火燕焔神はノックもせずにカウンターの奥へと突き進んでいく。そう、あの疲労の権化――ジズベルトの元に。
「ジズ、久しぶりだな!生きてっか?」
「死んではいねぇよ。」
「なら生きてんな。お前に用があってよぉ。」
「外にコナツがいるだろ。仕事を増やすんじゃねぇ。」
相変わらず室内は古書の臭いに混ざってうっすらとカビとたばこの臭いが漂っている。火燕焔神の背中から、周囲の積み上がった本に触らぬように光人が顔を出すと、ジズベルトは部屋の隅に追いやられるようにして置かれているソファに横になったまま、本から視線を外すことなく返事をしているのが見えた。
「コナツはお前ほど人間性捨ててねぇからな。お前に頼んだ方がいいと思った。」
「褒めてんのかそれ。」
「褒めてるぞ!」
「そうかよ!ありがとな!でも仕事は増やすな!つーかお前も司書長のくせになんで他の書庫の新人連れて歩いてんだよ。」
「俺こいつの師匠になったんだよ。迅雷に許可取ったし、零番書庫のことなら俺より上の二人がいつもどおりなんとかするだろ。俺普段からなんにもしてねぇから。」
「業務の偏りについて何回館長殿に進言すればいいんだろうなぁ!?」
叫ぶように悪態をつきながら体全体を重そうに起こす姿から察するに、本当に業務が偏っているのだろう。扉の外からコナツの声で書庫長うるさいですよー、と聞こえた気がしたがジズベルトには届いていないらしい。それにしても人間性を捨てている方が適任な頼みとはなんなのか――火燕焔神とジズベルトの顔を交互に見ていると、ジズベルトはそんな光人に大げさなまでのため息を吐き出した。
「篠宮お前、どう考えても師匠選び間違えてるだろ。他にもいくらでもブックマーカーはいるんだぞ。……いや、俺の知ったことじゃねぇな。用はなんだ火燕焔神。」
「今すぐ干渉してもよくて、こいつが死にかけるような物語紹介してくれ。」
「えっ。」
「俺の知ったことじゃねぇが篠宮、命が惜しけりゃさっさと別のヤツを師匠にしろ。」
「あぁ!?テメェ人の弟子に何言ってんだ!」
「お前こそ何言ってんだ!?」
勢いよく光人が火燕焔神を振り返ると、その拍子に軽くぶつかったらしく近くに積まれていた本の山がわずかに崩れた。それを慌てて拾おうとすると更に崩れる。本に埋もれていく感覚は、タイムイーターに囲まれた時のことを彷彿とさせた。
「うわ!ちょ、えぇ……っ!?」
「……ああいう感じのガキだぞ!?分かってんのか!?」
「おう!扱き甲斐があるってもんだ。」
「せめて救護担当を一人連れて行け!この火力馬鹿!」
辛うじて聞こえたジズベルトの言葉に深く頷きつつ、なんとか腕を出して頭の上に降り注いだ本を摘まみ上げる。それと同時に――部屋の扉が開く音がした。
「お取り込み中にすみません、参番書庫です――、え、なんですか?」
扉の前に立っていたのは艶やかな金色の髪を肩のあたりでゆったりと二つ結びにした少女であった。すっと通った鼻筋と、やや尖り気味の目尻が印象的である。――美人だ、と光人は率直に思った。片手に古びた本を携えた彼女は一気に室内にいた三人の視線を注がれ、困惑した様子でわずかに後退った。動きやすそうな短めの白いプリーツスカートが揺れる。
「……ジズよ、俺はいいことを思いついた。」
「奇遇だな。俺もだ。……おい、お前、レベッカ・シトロン。まず先に用件を先に聞こう。」
「……ここに来る途中で九番書庫管轄の本を持って行くように頼まれたので、持ってきました。」
レベッカと呼ばれた少女は、気の強そうな顔を嫌な予感に染めつつも手にしていた本を胸の位置まで持ち上げて見せた。ジズベルトはふむ、と頷いていまだ半身が本の山に埋まったままの光人の頭上でそれを受け取る。ひとまずこの山から抜け出す作業は自分でやれということだろうと判断して、光人は本を退ける作業を再開した。
光人には目もくれず、ジズベルトはパラパラと受け取った本を捲る。その隙にレベッカがこっそりと部屋を出て行こうとするのが見えたが、
「ふむ……。シトロン、この後の業務は何がある?」
「……急に用事を思い出しました。とか言っても信じてはもらえないんですよね?」
「ああ。なんならすぐに参番書庫長に確認を取る。まさか嘘なんてつかないだろうけど、念のため。」
「……時間が空いたので図書館の本を読もうと思ってます。」
「なるほど、仕事熱心でよろしい。ウチの書庫の連中に見習わせたいな。まぁ、それは次の機会にでもお願いしよう。時間が空いているならちょうどいい。そこでやっと本の山から出てきたガキの修行に付き合ってやってくれ。参番書庫には俺から連絡する。」
「修行って……あたし、戦闘訓練なんて担当したことないですよ?」
ジズベルトの言うとおり、やっと本を押しのけて立ち上がろうとしている光人をレベッカは困惑した面持ちで見る。確かにレベッカに戦闘向きの人物という印象はなく、白いカーディガンと同じ色のプリーツスカートを纏う姿は女子高生然としていた。
「救護担当だ。この火力馬鹿を師匠に据えた修行なんでな。回復術は使えるな?」
「使えます。……わかりました。トレーニングルームで準備しておきます。」
「いや、場所はここだ。」
トン、とジズベルトは先ほどレベッカが持ってきた本を軽く指で叩いた。
「じ、実戦……!?それならまず、四番書庫に声をかけるべきでは!?」
「確実に止められるんでな。たった今丁度良く巻き込めるお前を巻き込むのが一番手っ取り早い。物語の方も難易度そこそこで丁度いいだろう。」
「そんなっ――……いえ、分かりました。同行します。栞と武器と通信機が揃ってればいいですか?」
「ああ。それでいい。決まりだな。」
「いいんですか……?」
明らかに反発しようとしたレベッカが諦めたように頷くのに、光人は思わず声を発していた。レベッカは少しだけ口を尖らせた。
「だって……明らかにやるって決定してる上に、そもそもあたしが何か言ったところで方針を変えるような人たちじゃないし……。」
「……あぁ……なるほど……。」
「まぁいいわ。せめて、なんとかアンタが生き残れるように協力してあげる。」
「ありがとうございます。」
「なんか恥ずかしくなるから丁寧に話すのやめて。名前は?」
――ロデリックにも言われたけど、そんなに俺って敬語似合わないのかな。
今まで言われたことが無かっただけに妙な不安を感じるが、今はそれどころではない。レベッカに光人が名乗ると、彼女はあぁ、と言った。
「ジェンが連れてきたのってアンタ?」
「うん。他にいないならそうだと思う。」
「じゃ、なおさら死なせないようにしなきゃいけないのね。アイツ、アンタが死んだら泣くかも。」
「優しいよね、ジェン。」
「お人好しっていうのよ。」
レベッカと光人が話す間に物語の概要は火燕焔神に告げられたらしく、その手に本があった。少々不服そうなのは、自分が望んだ難易度ではなかったからだろうと予測する。きっと、もっと過酷な物語がよかったと思っているのだろう。
「物語に干渉するには、本来ちゃんと本館に戻って専用の部屋で本を広げておくように言われてるんだが――、今日は特別に、ここに併設されてる部屋でやらせてもらえるぞ。やったな。」
「そんな部屋があるんですね。」
「この部屋は特別なんだっけ?」
「俺は見ての通り、他の職員としてる仕事が少し違うからな。……ここにあるような消えかけの物語の様子を、実際に干渉することで記憶に追加して補完する場合もある。そのたびに本館に戻るんじゃめんどくせぇから作らせた。今日はこの俺の厚意で使わせてやる。感謝しろ。」
「んじゃ、行くか!ジズ、あとのことは頼んだ!」
「感謝しろっつってんだろ。」
半ば既に諦めたのだろうわかる声音で見送られた三人は、本に制圧されかけた奥へと繋がる扉を開く。扉をくぐる前に振り返って小さく頭を下げる光人に、ジズベルトは虚を突かれたような顔をした。
奥の部屋は薄暗く、少し背の高い書見台が部屋の中央に設置されている。その周りもやはり白い壁を隠すように本が積まれているのが、ジズベルトの激務を物語っていた。火燕焔神はその中でも遠慮無く歩き、さっさと本を書見台に設置するとすぐ、光人とレベッカを振り返った。
「んじゃ、今から修行を始める。栞をここに挟め。」
「一応お尋ねしたいんですけど、あたしが持ってきたその本、一体どういう内容なんですか?」
「なんだ、読んでなかったのか。停止はしてねぇし、タイムイーターの被害も無さそうだな。話としては、一般的な冒険譚っつーのか?ま、詳しいことは干渉してみてのお楽しみだ。」
「はぁ……。」
「ほら、二人ともさっさと栞挟め。行くぞ。」
妙に楽しそうな火燕焔神にせかされるまま光人とレベッカは栞を本に挟む。そしてすぐに、火燕焔神はそのよく通るまっすぐな声で高らかに宣言する。
「零番書庫・火燕焔神、及び弐番書庫・篠宮光人、参番書庫・レベッカ・シトロン!物語への干渉を開始する!」
三枚の栞が放つ光に包まれ、光人たち三人の意識は一時的に途切れることとなるのであった――。
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